番外編:夜勤

 イワヤト訓練学校にやってきてから早数週間が立つ。


未だに訓練は厳しく辛いものだが、人間慣れるというものでこの生活にも順応し出してきた。


この異世界に来てから1ヶ月以上経つ6月の終わり。もうすぐ基礎訓練期間が終わり、7月より専門的な訓練に入ろうとしていた時の出来事である。







 「夜間警備?」


「そう」


早朝のウォーミングアップの後、いつも通り班で朝食を取っているとルナマリアが突然話を切り出してきた。


ここ数日、朝食は人口レーションという地獄の日々が続いている。


「訓練兵は、10日に1回の休息日以外、毎日班ごとに夜間警備を行わなければいけないの」


「その夜間警備を明日俺たちがやると?」


「そう。基本的に1日2人一組の4時間交代で行うけれど、私達の班は5人しかいないから2人と3人に分かれてやって良いそうよ」


2人一組で4時間交代だから…消灯時間の夜9時から深夜0時の前半組とそこから起床1時間前の4時までの後半組に分かれるって事か。


夜間警備と聞いて徹夜を想定してしまったが、次の日も訓練があるのだから最低限仮眠の時間は設けられているか。良かった。


13班以外の班は一班大体20人ぐらい、1日4人警備で回して行けば一班の担当期間は大体5日間…


もしかして…これから5日間ずっと睡眠時間が4時間削られるのか…?


「その…警備って何日やる必要があるの?」


恐る恐る聞いてみる。


「?、警備は明日だけよ。基本的に1人1回やれば訓練兵全員一周するまでやる必要はないわ」


「なんだ、良かった…」


一安心する。が、それでも明日の睡眠時間が半分削られるのは痛いところ…


仕方ないか。一度やれば当分回ってこないのだし。


よくよく思い出してみれば、部屋で寝る際にたまに消灯時間になってもベッドにいなかった人間が朝には普通にいたりした事があった。あれは夜間警備の当番だったのかと今合点がいった。


「で、警備のペアはどうするんだい?」


同じく一緒に食事を取るロックがルナマリアに聞く。


「単純に"ジッケン"で2人と3人に分かれた者同士でペアを組みましょう」


「「「ジッケン?」」」


俺だけでなくその場に居る亜人3人も疑問符を浮かべる。


「…説明するわ」


いつも通りの無表情を崩さないまでも、自分の常識が通用せず困惑してる事が目に見えてわかった。


そりゃなんたって我ら13班は亜人3人と異世界人1人で構成されているデンジャラスパーティーだからな! 


唯一帝国出身のルナマリアとはジェネレーションギャップならぬワールドギャップレベルで話が通じない。


それはさておきルナマリアが説明してくれたジッケンなるものは、簡単に言えば「グーとパーで別れましょ」だった。


「ジッ」が親指と人差し指を出して銃に見立て、「ケン」が人差しのみを出して剣に見立てているらしい。


また、ジャンケンのように第3の手「タテ」がある。パーを盾に見立てているらしい。 


銃が剣に勝ち、剣が盾に勝ち、盾が銃に勝つという謎の三すくみなジャンケンがこの世界での主流らしい。


一見すると盾が一番最強の手だと思うのだが、何故剣が盾に勝てるのか謎だ。


「待って、その方法じゃロメは参加できなくない?」


ニーアの指摘にハッとする。確かにニャロメの猫のような手では人間のように器用に手の形を作ることはできない。


「そうね…失念してた」


ルナマリアが新たな方法を考えようと思案した時、


「大丈夫ニャ!!ワタシだってそれぐらいできるニャ!!」


と言ってニャロメが自身の手を見せる。


確かに指の関節を曲げてそれらしい手を作っていた。だが、人間と違い第二第三関節が存在しないニャロメの手は長い黒い爪も相まってかなり不格好な形をしている。


「まあ、見えなくもないけど…」


俺が微妙な顔をしていると、


「ペアを決めるだけだし、指の数がわかればそれでいいわ」


という事で、ペア決めのジッケンが再び採用された。


「それじゃあ、私が掛け声をかけるから皆んな手を出して」


その声と共に5人ともテーブルの真ん中にこぶしを突き出す。


「ジッケン、ポン」


ルナマリアのなんとも盛り上がりのない掛け声と同時に5人がこぶしを振り上げ手を出す。


俺が出したのは一指し指のみを突き出す剣の手。他の手をみると一発で綺麗に剣2、銃3で分かれていた。ニャロメの手はわかりづらいが、多分銃の手だろう。


「一回で綺麗に分かれたわね」


「ああ」


ルナマリアに声に相槌を打ち、自分のペアが誰かと出された手の先の人物を見る。


そこには俺を方向を見ていかにも嫌そうな顔をするニーアがいた。


まあ、顔を確認しなくても肌の色で誰が何の手を出したなんてわかっていたが。


「うげッ…」


「何だよ。そのあからさまに嫌そうな反応は」


「別に…」


そう呟いてニーアはソッポを向いてしまう。


ニーアには未だ俺に対し快く思われていないようだ。


ライトの一件で少しは打ち解けたようにも思ったんだが…まだ初日に連帯責任で多く走らされたこと根に持っているのだろうか。それともまた別の原因でもあるのか…


「それじゃあ、どちらのペアが前半後半を回るかだけど」


「私は最初がいい…」


ルナマリアの言葉を遮り、そっぽを向いているニーアが呟く。


「別にいいけれど、2人はどう?」


「ボクはどちらでも問題ないよ」


「ワタシもおんなじニャ!!」


「アキトはどう?」


「別に俺もどっちでも良いよ。相方が先にやりたいならそれに従うさ」


そう言ったものの、本音では最初に終わらせたい気持ちがあった。


「そういう事なら、前半はニーアアキトペア、後半は私とニャロメとロックペアで周るという事でいいかしら?」


その言葉に4人とも頷く。


「なら、この話は以上で」


ルナマリアのその言葉を最後に、俺達は普段通りの朝食に戻った。


ニーアの俺に対しての接し方に思うところもあったが、別にニーアも心から俺を嫌っているわけではないだろう。多分。


そんなわけで明日、人生初となる夜間警備を行うことになった。





 「警備の仕事は、一時間ごとに校舎と宿舎の見回り。それ以外の時間はここで待機、その間に日誌に記録を付けておく事。不審な事があればその都度確認に行くという形よ。もし何かあった場合には非常ボタンを押せば教官達が駆けつけてくれるわ」


時刻は夜9時前。俺とニーアは宿直室の前でルナマリアに今夜行う夜間警備の仕事内容の説明を受けていた。


一通り説明が終わりルナマリアから俺ら2人にそれぞれ一個ずつ懐中電灯が渡された。


懐中電灯は、自分が見慣れた棒状の物ではなく、四角い立方体の上に持ち手が付けられ真ん中に電球が埋め込まれている物だった。


「なあ、一つ聞きたいんだがルナマリア。警備って言っても何に備えて警備をするんだ?この基地の周りなんて近くに山がある以外ほぼ更地じゃないか。人なんて侵入してこないだろ」


イワヤト訓練学校の周りは草も生えないほどの更地だ。外部からの人間が侵入しようものなら外から一発でわかるはずだ。


「万が一に備えての警備の仕事だけど、ここは訓練学校。主な理由は脱走兵の発見よ」


ルナマリアが答えてくれる。


「脱走兵…仮に訓練場を出れても外があんなんじゃまたすぐ連れ戻されると思うんだけど…」


しかし、俺も初日で訓練の厳しさに根をあげ、家に帰りたいと思ってしまうほど心が折れた。極限状態ならばなりふり構ってられないかもしれない…


「大抵の脱走兵は訓練場を出たらまず隠れるために山の方に隠れるらしいわ。地形を知り尽くしている教官達ならともかく訓練で数度訪れただけの訓練兵はすぐ遭難して最悪の結果、数ヶ月後に遺体になって発見されるみたいよ」


怖い話だ…もし訓練が辛くなったら脱走しようなんて考えず、素直に少佐にお願いしよう…


「じゃあ、私は仮眠室にいるから。時間になったら呼んで」


そう言ってルナマリアは奥の仮眠室に引っ込んでしまった。


「…。よし、俺たちも見回りに行きますか」


数秒の静寂の後、俺はそう言って隣にいるニーアを見る。


「え…ええ」


ニーアは妙に緊張した表情で答える。


さっきルナマリアが話していた時も終始無言だったが、どこか体調が悪いのだろうか。


「…気分でも悪いのか?」


「い、いや、別に…」


明らかに様子が変だった。


まあ本人が何もないと言うならこれ以上は詮索しないが。


若干の不安が残りつつも俺とニーアは見回りに向かった。


「夜だと、な、中々暗いわね…」


そう言って俺の横にぴたりとくっついてくるニーア。


今現在、宿舎を抜けて中央校舎の見回りをしようとしていた。


「まあ、電気付いてないしな」


夜なんだから暗いのは普通では?と思いつつも適当に返事をする。


まあ、夜の学校ってのは何か趣きがあって怖いのは確かだが…


ん?怖い?


「なあ、ニーア。もしかしてだけど暗闇がダメなのか?」


そう聞いてみると


「ダ、ダメじゃないし!!全然平気だし…」


明らかに動揺していた。


「じゃあ、ここからは二手に分かれて見回りをしよう。俺は3階から4階、ニーアは1階と2階を担当してくれ」


そう言って俺は階段の方へ歩いて行った。


別にこれは意地悪とかではなく、単純に手分けして見回りをしろとルナマリアに説明されたからである。


嘘である。ただニーアを揶揄からかいたかっただけである。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!!」


すかさずニーアが俺の方へ向かってくる。


「なんだよ。手分けして回れってルナマリアにも言われただろ」


素っ気ない態度で答える。


「そ、そうだけど…」


もじもじと身を縮こまらせる彼女は可愛らしかった。


不安からか特徴的な長耳が下に垂れ下がっている事も興味深かった。


「やっぱ暗いの怖いじゃないないか」


したり顔でそう言う。我ながら性格が悪い。


「ち、違う…!」


尚も否定してくるニーア。


「じゃあ、幽霊が怖いとかか?」


「ユウレイ?何それ?」


おっと、幽霊がわからないか。


昨日の朝、ルナマリアに対して俺たちにはこの世界の人類の常識は通用しないなんて一瞬考えたが、俺とニーアもまた人種どころか種族すら違う事を思い出す。


「幽霊ってのは死んだ人間の魂が形となって化けて出るみたいな話だよ」


「魂…それって"ディング"のこと?」


「ディング?」


何だそれは。今度は俺が分からなくなってしまった。


「ディングって言うのは先祖のマナ…魔力が生前の形を再び成す現象のことよ」


よくわからない。


「つまり死んだ人間の魔力が人の形をして現れるって事か?というより死んだらそいつの体内の魔力ってどうなるんだ?」


人間に魔力がないのは当たり前として、亜人が死んだらそいつの魔力が体内から抜け出すとでもいうのだろうか?


「…私の故郷では、『ヒトは肉体が亡くなるとマナになって空に漂う』って言われてた。本当かどうかは分からないけど…」


「その漂っている魔力がたまにヒトの形を成して目に見える現象をディングって呼んでる」


ニーアが疑問に答えてくれた。


話ぶりからしてそのディングとやらも怖がっている様子はない。


「話を戻すけど、じゃあ何で暗いのが怖いんだ?」


「べ、別に怖がってない!!」


強い声で反論されてしまう。


「…別に、怖くない。ただ、暗闇の中にいると自分が何者か見失いそうな感覚に襲われるの。何か別の何かに飲み込まれるような…」


「ふーん」


言っていることはよく分からないが、普段自由奔放でマイペースそうな彼女でも悩みを抱えているということか。


「それはわかったから、1階と2階の見回りよろしくな」


そう言って俺は階段を上がろうとする。


「え、え!?ちょっと待って…!!」


ニーアは慌てて俺の服の裾を掴んでくる。


「なんだよ。このやり取り2回目だぞ」


「さっきの話を聞いて置いてくってある!?」


「だって怖くないんだろ。なら別にいいじゃん」


ニーアを無視してそのまま階段を登ろうとする。わざとである。さっきからニーアの反応が面白いのでつい揶揄からかってしまう。


「……べ、別に怖くはないけど…一緒にまわって…欲しい…」


俯きながからそう呟くニーアの耳には赤みがさしていた。


…もうイジメるはやめるか。


「わかったよ。一緒に回ろう。ただ、次からは1人で行けよ。そうしないと全部見回れないぞ多分」


「…わかった」


依然俯いたまま彼女は答える。


という事で2人で一緒に見回る事になった。


ニーアは俺の服の裾を掴みながらぴたりとくっついている。


この状況に悪い気はしないものの、実際は俺も暗闇の校舎が怖かった。


学校の怪談や幽霊なんて存在はいつもなら鼻で笑い飛ばしているが、いざそういった場を歩いていると謎の雰囲気に呑まれて悲鳴を上げてしまいそうになる。


だが、今は怖がっている少女が隣にいるのだ。さっき煽ってしまった手前ビビってるなんて絶対に隠し通さなければいけない…


両者とも無言で校舎の通路を歩いて行く。


「…」


「…」


「…ねぇ」


「な、何!?」


びっくりした…いきなり話しかけるからちょっとびっくりしてしまった。


「…?ねぇ、もしかして」


「な、なんだよ」


「…」


「…」


「…」


「…」


「わっ!!!!」


「ウオッ!!」


いきなりニーアが耳元で大きな声を出してきたので大仰しく驚いてしまった。


「やっぱあんたもビビってない?」


そう聞いてくるニーアの顔はいつものしたり顔だった。


「いや、いきなり大きな声出されれば誰でもビビるだろ!それよりも「あんた"も"」って事はやっぱりお前も怖がってるじゃねえか!」


「いや!!違うし…ただの言葉のあやだし…ワタシ、エルフ、ダカラ、ヒトノコトバヨクワカリマセン」


「嘘が下手か!」


わざとらしく片言でしゃべるニーア。


ニーアとはよくつまらない事で言い合っている気がする。


そんな会話をしたおかげが2人とも恐怖心が和らいだ。


そのおかげか最初の見回りも順調に終わりそうだ。


「なあ、その調子ならもう1人でも大丈夫なんじゃないのか?」


隣で懐中電灯を向けているニーアに話しかける。


さっきとは違い、もう俺の服にしがみついてくっ付いてはきてなかった。少し寂しい。


「いや、それはまだ…じゃなくて!!あんたが怖いだろうと思ってついて来てあげてるだけだから!」


「最初怖がってたのはお前なのにどの口が言うか」


「知りませーん」


とニーアはソッポを向いてしらばっくれる。


そんな軽口を叩き合っているある時、


「…イ、ス、タ…」


突然、聞き覚えのない女性の声が背後から聞こえた。


一瞬ニーアの声だと思い隣にいる彼女の方を見ると、ニーアもこちらの顔を見ていた。


ニーアの表情から彼女がさっき声の主ではなく、彼女も同様に声を聞いたようだった。


緊張が走る。


さっきまでの明るい雰囲気は変え、一気に闇の世界に包まれていくように感じた。


後ろを確認したくとも恐怖が勝り振り向く事が出来なかった。


ニーアと目を合わせる。彼女も振り向くことを躊躇してるようだった。


…それならば、男の俺が振り向かなければならない。


そもそも幽霊なんてこの世には存在しない。そうだ。逆にここで軍の物資を狙った窃盗犯か脱走兵だった場合、振り向いた後どう対処すれば良いか考えよう。


背後にあるものを人間だと思い込み、最近対人格闘訓練で教わった型を作れるよう腰を落とし、拳を作り腕を前に突き出した。


すぐさま後ろを振り向く。ゆっくり振り向くと躊躇って永遠と後ろを向けなさそうだったので勢いに任せて振り向いた。


背後の通路には、半透明のモヤのようなモノが空中に浮いていた。


そのモヤは、暗闇の校舎の通路の中で緑色に光っており、ゆらゆらと浮遊していた。


2秒ほど見つめる。情報の処理が追いつかない。


モヤを見つめているとそれは段々と白い服を着た長髪の女性のように見えてきた。


「…」


モヤが顔の形にくっきり見え、その口は何かを喋っているかのように動いていた。


…本物だ。


本物の幽霊を見てしまった…


「…あ、ああ、あ」


恐怖が最高潮に上がり、悲鳴を上げたかったが口がうまく動かない…


なんとか横目でニーアの方を見る。


いつの間にかニーアも後ろを振り向いていた。


だが、その顔には恐怖や怯えといったものはなく、ただただそこにいるモノを見つめているようだった。


「マザー……?」


そうぽつりとニーアが呟いた。


数秒の静寂、気がつくとそこにはさっきまで浮いていたモヤのようなモノは綺麗さっぱり無くなっていた。


さらに数十秒後、ようやく落ち着いてきたためか腰が抜けて地面にへたり込む。


一体今のは何だったんだ…?


未知の体験に俺は呆然としているも、ニーアだけは何か考えている風だった。


その後、俺達は足早に見回りを終えた。その際、ニーアは一言も話さなかった。


宿直室に着き、この事を教官に報告しようか迷った末、仮眠中のルナマリアを起こしてその出来事を話すも呆れられてしまった。


その際にもニーアは一言も話さなかったため、俺の見間違いという事になってしまった。


その後見回りでは特に何事も起こらなかった。


俺とニーアはルナマリア達と番を交代して、俺は自分の寝室に戻って行った。


次の日、朝食の場でニーアに昨晩の事について聞いたら「何のこと?」ととぼけられた。


何度聞いても「知らない」と答える彼女の瞳は本当に何も知らないようであった。


結局、あのモヤの真相について訓練学校を卒業した後も、判明する事はなかった。































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