第九話:ルナマリア先生の夜間授業

 時刻は夜8時前、過酷な初訓練を終え、イワヤト訓練学校での最初の1日が終わろうとしていた。


午後の訓練が6時半に終わり、そこから1時間半は夕食、シャワーの時間として設けられている。そして夜8時からの1時間が唯一の自由時間として訓練兵達に休息を許される。


シャワールームのシャワーの数は限られており、男女での使用時間も分けられているためシャワールームのみは夜8時半、更衣室は50分まで解放されている。


シャワーと食事どちらを先にしても良いが、食堂は夜7時半に閉まるらしく、それを過ぎると食事は朝まで一切取れなくなる。


男女の使用時間は5日ごとに順番が入れ替わっており、今は男子が先に入る事ができるらしい。ちなみに6時30分〜7時30分、7時30分〜8時30分の1時間間隔で区切られている。


シャワータイムが1時間と多く取られているが、シャワーの数が限られているため全員が浴びるために1人当たりの使用時間は5分が目安とされている。シャワーを長く占領する奴は周りから疎まれやすいとのこと。


という話を夕食中ルナマリアとロックに一通り聞かされた。


夕食を終え、シャワーを済ませることができた俺は、予定より十数分早く自由時間を手にする事ができた。


今は自身の寝床である第3室の2段ベッドの上で寝転がりながら壁をぼーと眺めながら過ごしている。


ベッドに上がる前、部屋にいる人間を一通り観察したが部屋の奥にあるトレーニングウェアで筋トレをする者、書き物をしている者、家族からかの手紙を読んでいる者、靴磨きをする者、座学の復習をする者、自由時間の使い方は様々だった。


勿論、友人同士でお喋りに興じる者もいるが、基本的に室内での私語は厳禁らしく、教官が巡回をしている自由時間に部屋で会話に花を咲かせる者は居らず、トイレなどで話しているらしい。(ルナマリア談)


その為多少の話し声は聞こえはすれど、室内は静かだった。


今日は15年生きた人生の中で一番身体を酷似した気がする。


既に全身筋肉痛で身体を動かす気が起きなかった。


まあ、特にやらなければいけない事もないし、消灯より1時間以上早いがこのまま寝てしまおう。


部屋の電気はまだ着いているが、疲れた身体でベッドに横になっていると段々と電球の眩しさが心地良いものになってきて、徐々にまぶたが閉じられていく。


「アキト」


段々と深い眠りに就こうと微睡まどろんでいた時、突然、横から誰かに呼ばれた気がして瞳が大きく開かれた。


誰だ…良い感じに寝そうだった時に…


眠りを邪魔されて多少の怒りを覚えながらも顔だけ声がした方向に向ける。


すぐ横には2段ベッドから顔だけ覗かせる長身の青年マイケルことマイクがいた。


「……何?」


寝起きの様な声が返答する。


「寝るのも良いけど、ちゃんとストレッチしないと明日に響くよ。ハートル教官にかなりしごかれたみたいだしね」


マイクはそれだけ言って2段ベッドの階段を降りて戻って行った。


確かに…このまま寝たら明日は確実に全身筋肉痛で動けなくなる自信がある。そうなればまたハートル軍曹の怒鳴り声を浴びなければならない。


流石にそこまで酷かったら休ませてくれるか?いや、ないか。


それに明日がどんな訓練があるかは知らないが、また今日みたいに班のメンバーに迷惑を掛けるのは気が引ける。


そうとなれば早速始めよう。


ベッドの上で行うのは下にいるマイクに迷惑なので、丁度同じようにストレッチをしている人間と同じようにベッドから降りて床でやろう。


そう思いベッドに張り付いてしまったのではないかと言うレベルで重い身体をなんとか起こし、2段ベッドの階段を降りた。


そうして中学時代に教わったストレッチ法を一通りこなしていると


「手伝おうか」


ベッドで寝転がって何かを読んでいたマイクが出てきて声を掛けてきた。


「いいのか?」


「自分もやるついでさ。別にいいよ」


「ありがとう。なら、お前の方も手伝うよ」


「それはいいね。お言葉に甘えさせてもらおう」


と言う事でマイクには最初に太ももをほぐすのを手伝ってもらった。


一応私語厳禁のため、会話はなく黙々と続けていく。


肩の疲れをほぐすため、マイクに後ろから両腕を取ってもらい肩甲骨周辺を足で押し出してもらっている時、俺達の前に見知らぬ青年が近づいてきた。


多分同室の訓練兵なのだろうが、まだ来て初日の俺はマイク以外は顔も名前もわかるはずもない。


「どうしたサガット?」


両足で背中を押し続けてくれているマイクがサガットと呼ぶ青年に声をかける。


「いや、お前じゃなくてそいつが呼ばれてる…」


少し動揺した様な口調で俺を指差すサガット。


「俺?」


そう言うとサガットは俺に向けた指を第3室の開け放たれたドアに向かって差した。


ハートル軍曹が呼んでいるのだろうか?それならサガット君とやらはそう言うはずだし一体誰だろう。


俺とマイクは一旦ストレッチを中断し、2人とも指差された方向に顔を向ける。


第3室の前の廊下にはルナマリアが立っていた。風呂上がりなのか濡れた髪をタオルで拭いている。


「ルナマリアさんだね。なんの用だろう?」


マイクが問いかけてくる。


「わからない。からちょっと行ってくる」


「いってらっしゃい」


ルナマリアのいる方へ歩いていく。


横目で周りを見ると、他の訓練兵達も彼女の事を見ていた。


その目は、こんな時間に女子が男子部屋になんの用だという好奇心や疑いの目ではなく、恋慕や憧れの目に近かった。


なるほど。どうやら彼女は男子の中で人気者の様だ。


まあ一目見てわかるほどの美貌だ。その上運動神経も抜群となれば当然の結果か。


どうやら俺の女性を見るセンスは間違っていなかったらしい。


「な、何か用?」


ドアの前に立ち、廊下にいるルナマリアに要件を聞く。


共に一つ屋根の下の宿舎にいるとは言え、夜に女子に尋ねられるなんて初めての事なので若干声がどもる。


「今からちょっと来て欲しい」


「良いけど、どこに?」


「勉強を教えて欲しいと言われた」


「勉強?誰に?」


人に勉強を見てもらわなければいけないほど俺は馬鹿ではない。ましてや同年代に。


と、思ったがこの世界での勉強と言えば魔法に関する事だろう。それなら確かに別の世界から来た俺の知識は赤子も同然だった。


今日の座学も何を言っているのかさっぱり分からなかった。いや、それは別の意味で頭に入ってこなかっただけだが…


「少佐。とにかく来てほしい」


俺の質問に答えるルナマリア。


少佐と言えば、昼前にルナマリアが少佐からの手紙を貰っていた。そこに俺に勉強を教えるようにと文面に添えられていたのだろうか?


「わかった。ちょっと待ってて」


俺は断りを入れるため、一旦自身のベッドの横でストレッチを続けているマイクのもとまで戻った。


「なんか呼び出されてしまった。ごめん、俺だけやってもらってマイクの方は手伝えそうにないかも」


「いいよ。それより用なら早く行ったほうがいいんじゃない?」


「ありがとう。後日また手伝うから」


「そうしてくれよ」


マイクが手を振って見送るのを尻目に俺はルナマリアの方にまた戻っていった。


「待たせた。勉強するってことだけど教材や筆記用具とか持ってきた方がいい?」


俺が来るのをルナマリアは無表情で見つめていたが、俺が来ると同時に歩きだしてしまった。


「いらない。もう用意してあるし」


そう言って歩き続ける彼女についていく。


宿舎を出て、中央校舎に繋がる通路を通る。宿舎もそうだが、この時間通路の明かりは消されていた。


だが、まだ部屋の明かりがいくつか漏れている宿舎と違い、校舎は完全な闇に包まれており2人でいるとはいえ若干の恐怖を感じた。


まるで夜中の学校に侵入している気分だった。


「な、なあ。俺達こんな時間に男女で二人きりでいるけど、こんな所巡回中の教官にでも見つかったら厳罰を受けないか?」


恐怖を紛らわすため、冗談交じりでそんなことを言った。


夕食中、この訓練学校でのルールはあらかた教えてもらったが、その中に『男女での不純異性交遊が発覚した場合、厳罰に処す。場合によっては除隊とする。』という事をルナマリアの口から聞いていた。


そう考えるとこのシチュエーションに何か特別な興奮を覚える。


「事前に報告してるから何も問題ない」


ルナマリアは抑揚のない声でそう言った。


彼女にとってこの状況にこれっぽっちも特別な感情を抱いていない様だった。


まあそうですよね…


階段を上がり、2階に着くと教室の一角だけ明かりがついていた。


「あそこよ」


そう言って教室の扉を開け放ち入っていく。


俺もルナマリアに続いて教室に入る。


教室には一般的な教卓と黒板、いくつかの勉強机が立ち並ぶが、中央の一番前の席に教科書らしきものが一冊置かれていた。


「あの席に座って」


ルナマリアの言われた通りにその席に腰をかける。


机に置かれた教科書らしき本を見ると表紙に『魔法世界入門』と帝国語で書かれていた。


ルナマリアも別の席から椅子を持ってきて俺と対面になるように椅子についた。


「まず、あなたの事情については大筋は理解しているつもり。まだにわかには信じられないけど…」


互いに席に着き一瞬の静寂の後、最初に話を切り出すルナマリア。


「詳しいことは後日直接会って聞くとして、少佐が嘘をつくとも思えないからあなたが別の世界から来たという話はとりあえず信じる。」


「手紙にはあなたに一般人程度の魔法常識と軍の授業に追いつけるよう軍用魔法の基礎を教えてくれと頼まれたわ」


「は…はあ?」


「なのでこれから毎日消灯までの1時間、私が勉強を教えてあげる」


どうやら魔法についての勉強はルナマリアが直々に教えてくれるらしい。


美女と誰もいない教室で1時間、個別指導というのも中々良さそうだが…


「申し出は嬉しいが、他の教官にお願いすることはできないのか?俺なんかのためにルナマリアの休息時間を奪うことはできないよ」


この発言は遠慮などではなく素直な気持ちだ。通常の訓練でも迷惑をかけているのに、その上自由時間まで奪うのは申し訳なさすぎる。


「できないわ。あなたの正体を知っているのはこの訓練学校では私と、あと正体は知らないまでも少佐の関わる計画を知っていて事情を察してくれているハートル教官だけ。仮に他の教官達に任せて、あなたが一般常識も知らないことがバレて不審がられると後々厄介なことになる。だそうよ」


その言い方を察するに少佐の手紙にそう書いてあったのか。


「だから、唯一あなたの正体を知る私が教える」


理由は理解できた。


以前、初めてニーア達会った時少佐は普通に俺が異世界人であることを打ち明けていた気がするから、俺の正体を知っているのは正確には4人な気がするが…まあ、その時は3人とも頭に?マークを浮かべていたしちゃんと理解はしていないだろう。


だが、やはりルナマリアの自由時間を俺のために拘束するのは申し訳なく感じる。


彼女の顔を見る。


美しい顔立ちで見惚れてしまうが、朝と変わらず無表情のままだ。


この訓練場に来て、常に表情を変えることがない彼女が一体何を考えているのか読み取ることは出来ない。


初めて基地で会った時の方がまだ敵意や警戒心、驚愕といった感情とは言え彼女の表情が垣間見えたものだ。


しかし今の彼女の瞳を覗く限り義務感や命令で渋々やってくれてるといったわけではなさそう。


ここは素直に彼女の善意を受け取っておくか…


「わかった。じゃあ当分よろしく頼むよ、ルナマリア先生」


「先生はやめて」


先生呼びは却下されてしまった。しかも秒で…


「教える前に先に確認しておきたいのだけど、あなたは…この世界…についてどれくらい知っているの?」


自分達の住む世界を「この世界」と呼ぶことに若干の違和感を覚えているかのような言い方で聞いてきた。


「えーと、約100年前に亜人が突如現れて、亜人達の絶大な力に人類は絶滅の危機にいること、それで長年禁忌とされてきた魔法が亜人に有効だとわかり兵器として流用されるようになった。現在ネノカタス帝国では一部友好関係を築いているものの複数の亜人種族とは戦争状態にあるってことくらいだな」


「あと、昨日少佐が話していた固有魔法とか魔力霊骸のことぐらいだ知っている事は」


以前、尋問室で少佐が俺に語った内容をなるべく簡潔にまとめて話した。それ以外だと『魔装』という初めて少佐達に会った時身に付けていた鎧の兵装がある事ぐらいは知っている。


まあ、知っているとは言っても名前ぐらいなのでほぼ知らないに等しいためややこしくするのもアレなので口には出さなかった。


それを聞いてルナマリアは数秒考えこんだ後、


「そうね、ならまずは魔法の歴史について大まかに話していきましょうか」


「よろしくお願いします」


仰々しく頭を下げる。


それを気にせずルナマリアは教科書のページを開いて俺の方へ向けてきた。


「魔法の成り立ちは、神話に登場する数々の奇蹟の再現が根底とされているわ。その試みは島歴以前から世界各所の様々な国や民族が行っていた事が確認されており、当時は魔力を使用して事象を引き起こす技術は魔術、占星術、呪術、超能力など様々な名で呼ばれていたけれど、亜人大戦を機に魔導師の最高機関である魔導院が名称を統一、現在の『魔法』と呼称」


「また、魔法は使用する弊害として魔力霊骸と呼ばれる有害物質が発生されるため、島歴1500年代に当時の世界的宗教機関に弾劾されたことをきっかけに魔法は亜人が襲来してくるまでの数百年間歴史の表舞台から消すこととなる」


ルナマリアは教科書に指を当てながら内容を黙々と解説してくれる。


一つの机越しに話を聞いていると、風呂上がりからか彼女から良い香りが漂ってくる。


共用のボディソープとシャンプーを使っているはずなのに何故彼女からは良い香りがするのか、謎だ。


また、机一つ挟んで見る彼女は風呂上がりでまだ髪が乾いておらず、上が軍で支給される黒のノースリーブシャツ1枚という事もあって艶やかさや甘美さを感じさせる。


…っていかん、いかん。真面目に話を聞かなければ。


「すまん。話に出てきた『魔導院』ってのは何なんだ?あと、『島歴』って言うのも暦であることはわかるのだが詳しく教えてほしい」


話を聞いてわからなかった部分を質問する。


「魔導院については次のページで関わってくるから、先に島歴について話すわ」


「わかった」


「今が何年かはわかる?」


「わからない」


キッパリと答えた。だって知らんものは知らんもん。


彼女は表情を崩さなかったものの、一瞬呆れられたように感じた。


「今は島歴1989年よ。島歴はアルビオン大王国が定めた暦のこと。約120年前、当時列強で最も勢いのあった大王国が国際会議で共通歴として採用したそうよ。」


『大王国』…聞いたことがある。


確か初めて少佐がこの世界の地図を見せてくれた時、俺の世界でのイギリスに相当する国だった気がする。


「ちなみに島歴以前のことは島歴前、又は神歴と呼ぶわ」


「ありがとう。このタイミングで知れなかったら、暦も知らない馬鹿になるとこだった。アハハ」


「本当ね」


「…」


冗談で言ったつもりが真顔で返されてしまった。


「話を戻すわ」


そう言って次のページをめくる。


「魔導院って言うのはアルビオン大王国の王都グラストンベリーに建立されている『王立魔導図書館』、『アーサー魔法大学』、『魔導最高評議会』の3大魔法機関を総称した呼び名よ。基本的にこの3つの機関の系列は全て同じなためどれか1つを差す場合でも魔導院と呼ばれる事が多いわ」


ルナマリアが指差すページには三角形の図式で描かれた魔導院の組織構造と白黒だが荘厳な塔が建て並んでいる写真が印刷されていた。


「魔導院の基本理念は『魔法世界の発展と神代奇蹟の模倣』。創立は神歴50年とされており長年魔法技術の発展に大きく貢献してきたとされる」


「今帝国軍で採用されている軍用魔法の基礎も魔導院が編み出したもの。『魔導師』を名乗るには今でも最高評議会の直接的な認可が必要とされているわ」


教科書の文字を読み少し疑問を覚える。


「ちょっと待って。ここに書いてある『魔導師』と今日の朝授業で使った教材の『魔導師』の文字が違う気がするんだがどうしてなんだ?」


帝国語は日本語のひらがなとほぼ変わらないが、その場合文章にした時に同音異義語の問題が出てくる。そのため文章中で2つ以上の同音異義語が登場した場合2つ目以降の単語には濁点のようなものが足される。実際には文字の中央に曲線のようなものが足されるのだが、それによって同音異義語を見分けると少佐から教わった。3つ以上出てきた場合3つ目の単語も同様に同じ濁点が振られるためその時は文章の前後の流れで意味を理解するしかない。


そして今はこの『まどうし』という単語だ。真面目に受けていないので記憶が曖昧だが、この教科書に載っている文字とは違うものだったと記憶している。


俺の知る限り『まどうし』を魔導師と書く以外思いつかない。


「それは、この本に書かれている『魔導師』と軍の教材に書かれている『魔導士』は意味合いが違うからよ」


「どう違うんだ?」


「まず『魔導士』。正確には魔導院最高評議会が認可している資格の名称よ。端的に言えば魔法を使用する事を認可する資格。魔導士資格は4級から1級まで存在して、等級が下に行くにつれ使用できる魔法の難易度や範囲が広がっていくわ。訓練学校を卒業すれば自動的に魔導士資格3級が取得でき、同様に士官学校を卒業すれば魔導士資格2級が取得できる」


「それ以外の取得方法だと、魔法大学に通えば卒業と同時に魔導士2級の取得と1級の受験資格を得られるわ。4〜2級までと違って1級は資格試験でしか取得出来ないわ」


「軍隊もとい帝国国内で魔法を使用する人間の9割がこの魔導士に相当するわ。軍用魔法を扱う軍人だけじゃなく魔法技術の研究を行う研究者にもこの資格は必須。最高評議会で認可している資格と言ったけれど、実際には評議会が定めた認定基準を守っていれば自国の省庁で認可して良いことになってる」


なるほど。「魔法を扱う者」という意味で『魔導士』か。


魔法を使うのにも資格が必要だなんて、なんともロマンのない話だ。


「それにしても悠長すぎないか?人類存亡の危機なのに魔法を使うために資格だなんだ設けるなんて」


単純な疑問をぶつけてみる。


「だからこそ。魔法は強大な力よ。無秩序を許せば人類は内乱によって滅びるわ。だから資格を持たない者が魔法を使えば重い罪に問われ、最悪死刑を宣告される。軍も警察も常に魔力探知レーダーを国中に巡らせ、不正に行った者がいれば直ちに処罰されるわ」


それを話すルナマリアの言葉には若干ながらも熱が籠っているように感じた。


最もな意見だった。


俺が最初にこの世界に来た時、俺の体内の魔力だか、拾った魔装の残骸に俺の魔力が流れてしまって一時的に起動したのかは不明だが、あれも傍目から見たら魔法の不正利用に該当するのかもしれない。あの時、もし少佐以外の人間に捕まっていたら今頃俺は檻の中だったかもしれないわけだ。


「でも、帝国国民は男女問わず徴兵義務があるんだろ?ならその資格ってやつを誰でも持てることにならないか?」


「魔導士資格3級は『国家の命令なく魔法を扱う事を固く禁じる。』と法律で定められているわ。当然除隊後に魔法を使用した場合無資格者と同様重い罪が課せられる。基本的に3級までは自分の意志で魔法を使うことを許されていないわ」


俺がわざわざ突くまでもないことだったな。人類滅亡寸前とはいえ未だ長い歴史を持つであろう大国4国が生き残っているのだ。 


そういった法律周りにこんな単純な穴があるわけはないか。


「そのことについて疑問は解消できた。次は『魔導師』とは何か教えてほしい」


「ええ。話を元に戻しましょう」


そう言って教科書のページをめくっていく。


「『魔導師』、正式にはウィザードと言うわ。魔導院最高評議会が直接審議の下で選ばれた者が名乗る事が許される称号の事よ。魔法世界への発展に貢献した者が選ばれる称号だけれど、一般的には魔導士1級の更に上位の存在だと思ってくれればいい。主に魔法大学に所属する者がこの称号を得ることができるけれど、魔導師としての実績が認められれば国籍、人種関係なくこの栄誉を賜ることができるわ」


ルナマリアの話を聞く限りでは「魔法研究で実績を残したものが賜る栄誉」といった感じだがその場合、一般の研究者と何が違うのか気になった。


「さらに数少ない魔導師の中でも最高評議会に認められた最強の魔導師12人だけが持つくらい、『十二階位』が存在する」


また大層なのが出てきたな。最強の魔導師12人のみが持つ称号か…この世界にはそんな四天王的存在がいるのか。


「魔導師は魔法世界の発展に貢献した人間が賜る称号らしいが、これは普通の研究者とは何が違うんだ?」


さっき思った疑問を投げかける。


「研究者は魔法を利用しての兵器や機械の開発。魔導師は魔法世界、つまり魔法学問の発展に貢献した者、端的に言えば新たな魔法を創造する人間が魔導師に該当する」


「新たな魔法の創造…」


「新たな魔法の創造、一から術式構築をおこなえる人間は分野的には科学者や研究者と同じかもしれないけれど、魔法世界に置いては明確に『魔導師』として区分されるわ」


段々ややこしくなって来た…


「まあ、最初に言った通り魔導士1級の上が魔導師、その魔導師の中でも最上位12人は十二階位と認識しておけば良いと思う」


「その十二階位ってのは全員魔導院のある大王国にいるのか?」


「いえ。大半は魔導院に籍を置いているけれど、実力者ならどの国にいても任命される。この帝国にも十二階位の位を持つ人間が軍に2人在籍していたはずだし」


「そうなのか」


「ええ。帝国も魔導院の本拠地である大王国には及ばないけれど、魔法研究は盛んに行われているわ」


そう言い終えてルナマリアは教室に置かれている時計を見る。


もうすぐ消灯時間の夜9時を回ろうとしていた。


「今日はここまでにしてもう戻りましょうか」


「ああ、今日は色々と教えてくれてありがとう」

 

「ええ」


そう言ってルナマリアは教科書を教室にある棚の中にしまう。


「明日も時間が合えば同じ時間に教えるわ」


「わかった。よろしく頼むよ」


「それじゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


そう言って教室を出た後、宿舎で別れそれぞれの部屋に戻った。


部屋に戻ると皆寝る準備に入っていたがなぜか俺に対する視線が鋭かった。なぜだろう?


いや…よく考えれば男子達の憧れの的であろうルナマリアと1時間近く夜の時間を共にしたのだ。(ただ勉強を教えてもらっただけだが)


変に勘繰られて嫉妬なり敵意の視線を送られてもおかしくない…


いや、俺の考えすぎか。自意識過剰は良くないなー。


今日は長い1日だった。もう何も考えたくない。


そう思い、自分のベッドまで行く。


途中マイクに呼び止められたような気もしたが、身体も脳も限界が来ていたため気のせいだと思い速攻で布団にダイブした。


まぶたを閉じ眠りに就こうとする。


明日からの訓練に不安しかないが、なんとか乗り越えて行こう。


そう考えるも束の間、俺は深い眠りに落ちた。

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