第十一話

 優子が、「いくら脅かされたからって人を殺すのに、ためらいは無かった?」と聞くと典子は、無表情で答えた。

「いいえ。殺せば写真をネットにばらまかれずに済む、と思ったら縄を握る手にも力が入りました」


 俺は典子の隠された冷酷れいこくさを、見たような気がした。


 そして俺は、表情をくもらせて告げた。

「やれやれ、剛士さんもひどいけど、あんたも相当そうとう酷いよ。つまり他人につみを、なすり付けようって思ったんだろ。実際、俺は最初、琢朗が犯人だと思ったよ」


 琢朗は「いや、いいよ、それは……」と答えたが、俺は語気を強めて告げた。

「いいや、よくない! 他人に罪をなすり付けようとするなんて、あんたはある意味、剛士さんより酷い!」


 典子は、うなだれて答えた。

「はい……」


 そして俺は、思い出した。典子が剛士に対応した時のことを。奈緒は、お客さんの目を見て対応するという設定だった。事実、俺が豊島屋に入った時に典子は、俺の目を見て挨拶あいさつをした。

 だが剛士に対応する時には、目をせていた。やはりリベンジポルノのような脅迫をする男の目を見ることは、できなかったのだろう。


 俺は、つい言ってしまった。

「ちぇっ、どうせなら剛士さんが自殺したように見せかけて、殺せばよかったんだ……。

 いや、俺も滅茶苦茶めちゃくちゃを言っているな……。でも何で今日、殺そうと思ったんだ?」

「はい、もう二人で会うのが嫌だったので、この映画の練習がチャンスだと思って……」

「そうか……」


 優子が何も言わずに典子を抱きしめていると、男性刑事が現れた。警察手帳を見せた刑事は「えー、ここで殺人事件が起きたと聞いたのですが……」と聞き、周りを見渡したので、俺は答えた。

「はい、殺されたのは向こうで倒れている山崎剛士、そして殺したのは……」


 典子は優子から離れ、立ち上がり告げた。

「私です……」


 それを聞いた刑事は「そうですか。詳しい話を伺いたいので、署までご同行願います」と典子の背中に右腕を回し、歩くように促した。

 二、三歩、歩いたところで典子は振り返り、「京三さんの誕生日に、こんなことをしてしまって、本当に申し訳ありません」と頭を下げた。


 京三は目をうるませながら、答えた。

「うん、うん。しっかり罪をつぐなってくるんだよ」


   ●


 刑事と一緒にスタジオを出て行く典子の姿を見つめていると、入れわりに明日の本番の調整のために大道具、小道具、録音技術、助監督、撮影助手等のスタッフが入ってきた。


 それでも俺は琢朗に、感想をらした。

「あーあ。典子ちゃん、結構、可愛いかったのになあ……」


 すると琢朗が、聞いてきた。

「まあな。でもこんなことに、なっちまうとはなあ……。っていうかこの映画どうなるんだ? 剛士さんの役って結構、重要だよな」

「ああ、主人公、由蔵の敵役の一人、右近だろ。どうすんのかな? またオーディション、すんのかな?」

「かもな。今回、俺たちみたいな脇役は、宇梶監督とキャスティング担当スタッフが簡単なオーディションで決めたけど、右近は準主役と言ってもいいからな……。

 近藤プロデューサーも入れて、ちゃんとしたオーディションをするんじゃないかな……。でも取りあえず女関係でトラブってない奴が、選ばれることを祈るぜ」


 俺は思わず、琢朗の背中に抱きついた。

「同感だな……。でもなんか、やり切れねえや。琢朗、本物の居酒屋に行ってビールでも飲まないか? 

 まさかあの剛士さんが、典子ちゃんにあんなに酷いことをしていたなんて。

 それに俺は本気で典子ちゃんに惚れていたんだよう。この撮影が終わったら、告白しようと思っていたんだよう!」

「うわ、何だ? やめろって! 気持ち悪いって!」と返したが、琢朗は本気ではなかった。俺の声は、涙声なみだごえだったからだ。


 だから琢朗は、了解した。

「分かったって。さあ、飲みに行こうぜ」

「さすが琢朗だぜ。俺の親友だぜ。カラオケにも行こうぜ! あー、稲葉浩志の『CHAIN』を歌いてー!

 あ、ちょっと待った。取りあえず、豊島屋の入り口の引き戸を直してもらうように、大道具さんに頼んでくる!」

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【完結済】暮れ六つの絞殺~あなたにこのトリックが見破れますか?~ 久坂裕介 @cbrate

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