第十話

 琢朗が「ちょっと待てよ正臣、お前さっきは『女の子には無理』って言ったじゃないか」と反論はんろんすると、こちらにきていた宇梶が聞いてきた。

「どういうことだい?」


 琢朗が説明すると、宇梶は呟いた。

「なるほど。確かに剛士君のような大きな男の首を、縄で絞めて殺すのは典子さんには難しいと思うが……」


 俺は二人に、はっきりと告げた。

「それは、何の武器も持っていない女の子の話ですよ」


 琢朗は、訳が分からないという表情で聞いた。

「武器?」


 俺は、説明を始めた。

「ああ、さっき政夫君の左袖の中でスマホが鳴ったのを見て思い出したんだが、似たようなことがもう一回あったんだ」

「何だ、それは?」

「京三さんの誕生日を祝うから典子さんが皆に、おでんを配ったろう?」

「ああ、そうだったな」


「その時、典子さんの左袖が、おでんの鍋にぶつかって鈍い音がしたんだ。

 皆、典子さんから、おでんを配られている時だったから気にしていなかったみたいだけど」

「ああ、そういえば、そんな音がしたような気がするな……」

「そして、さっき触って確認して分かった。典子さんの左袖には武器が入っていると」


 少し苛立いらだった琢朗が、聞いた。

「だから、それは何だ?」

「おそらく、スタンガンだ」

「スタンガン? 何で典子さんが、そんな物を持っているんだ?」

「もちろん、剛士さんを殺すためだ」

「うーん、でもどうして?」


 俺は説明を、続けた。

動機どうきは分からないが、そう考えると、すべてのつじつまが合うんだ」

「どういうことだ?」

「まずは剛士さんの着物の後ろにあった、二つの焦げ跡だよ」


 琢朗は、思わず叫んだ。

「ああ、そうか! あれはスタンガンを押しつけられた時に、できた物か!

 そういえばテレビドラマとかで、見たことがあるな……」

「ああ。俺も、さっきそれを思い出した。そしてそうして考えると、剛士さんの首に引っかき傷が無いことも説明できるんだ」


 再び琢朗は、叫んだ。

「そうか! 剛士さんはスタンガンで感電かんでんさせられ、動けなくさせられてから首をめられたのか! だから首に、引っかき傷が無かったということか!」

「そういうこと。そして感電させ動けなくすれば、どんな大男でも女の子が縄で首を絞めることができる……」

「なるほど……」と呟いて、琢朗は典子を見た。いや、その場にいた全員が彼女を見た。


 彼女はだまってうつむいていたが優子に「典子さん?……」と聞かれると、黙って左袖の中からスタンガンを取り出した。そして「あーあ、バレちゃったかあ。やっぱり悪いことはできないわね……」と残念そうに告げて、顔を上げた。


   ●


 優子は左手を典子の肩に置き、優しく聞いた。

「どうして、そんなことをしたの?」

「私、剛士さんにおどされていたんです……」

「脅されていた? どうして?」


 典子は、決心した表情で話し出した。

 典子と剛士は一カ月前まで、付き合っていた。以前、あるテレビドラマで共演したのがきっかけだった。

 典子はセリフが一つあるだけのエキストラみたいなものだったが、剛士はセリフがたくさんある脇役だった。

 剛士はいわゆるイケメンではなかったが、高い演技力で既に役者として成功しつつあった。そんな剛士を典子が尊敬していたのが、付き合った理由だった。


 優子は続きを、促した。

「そう、それからどうしたの?」

「付き合ってしばらくは、うまく行っていたんですけど、だんだん剛士さんの束縛そくばくが強くなってきて……」

「束縛?」

「はい……。女の子の友達と遊びに行っても『男と会っていたんだろう? もう遊びに行くのは止めろ』って全然、私のことを信用しなくなって……」

「それで別れることにしたの?」

「はい、それで別れ話を切り出したら、『写真をネットにばらまくぞ』って言われて……」

「写真?」

「はい……」

「どんな写真?」


 だが典子は、答えなかった。沈黙する彼女に、俺はせまった。

「俺もあんたと同じ理由で、剛士さんを尊敬していた。その写真のせいで剛士さんは殺されたんだろう? 一体どんな写真だ?!」


 すると典子は、重い口を開いた。

「はい、付き合ってうまく行っていた時に撮られた、上半身裸じょうはんしんはだかの写真です……」


 琢朗が、口をはさんだ。

「なるほど、リベンジポルノみたいな脅迫きょうはくだな。最低だな」


   ●


 リベンジポルノとは、離婚した元配偶者もとはいぐうしゃや別れた元交際相手が、相手から拒否きょひされたことへの仕返しかえしを行うこと。その方法は相手の裸の写真や動画など、相手が公開するつもりのない私的な性的動画を、無断でネットの掲示板などに公開することである。


   ●


 そして琢朗は、続けた。

「そしたら、警察に相談したら良かったのに。今じゃ『リベンジポルノ防止法』ってのがあって、それは立派な犯罪だぞ」


 すると典子は、つらそうな表情で答えた。

「私も、そうしようと思いました。でもそのことを剛士さんに話したら、『警察に相談した時点じてんで写真をばらまく。嫌なら俺と別れるな』って言われて……」


 琢朗は、いきどおった。

「くそっ、本当に最低な奴だな!」


 俺は、ショックを受けた。

「まさか剛士さんが、そんな人だったなんて……」

 しかし、事実なのだろう。そのために典子は、剛士を殺したのだから。


 優子は左手で典子を抱き寄せ、「そう、それはつらかったわね……」と慈愛じあいを込めた目で見つめ、慰めた。


 典子は、絞り出すような声で告げた。

「だからもう、殺すしかないと思って……」


 俺は、確認した。

「それで、スタンガンを用意したのか?」


 典子は、説明した。

「はい。私はもともと、護身用ごしんようにスタンガンを持っていました。使ったことはありませんけど……。

 それであらためてネットで調べてみたら、スタンガンで気絶きぜつさせることは難しいけど、感電させ硬直こうちょくさせて動けなくすることができると、ありました。

 そうすれば大きくて力もある剛士さんを殺せるチャンスができると思い、持ってきました」


「感電させたのは台本通りに、酒が少なくなったから、豊島屋の外へ大きめのひょうたんを二つ持って、出て行った時か?」

「はい、そこに出番が終わった剛士さんが、こちらに背を向けて立っていたので、やるなら今しかないと思いました」


 俺は、この話は最後まで聞かなければならないと思い、聞いた。

「詳しく聞かせて、くれないか?」


「はい……。まず剛士さんは出番が終わって豊島屋から出たら練習が終わるまで、どこで待つのだろうかと考えました。

 剛士さんは人間嫌にんげんぎらいなところがあるので、人がいない場所で待つのではないか、と考えました。

 まず豊島屋の右側は、琢朗さんと政夫さんが出番を待っているのでそこは無い。

 次に入り口付近も、琢朗さんと政夫さんが入ってくるのでそこも無い。

 更に裏側は京三さんが出てくるので、そこも無いと考えました。

 結局、私しかこないであろう、豊島屋と長屋のセットの間で待つのではないかと考えたら、その通りでした」


「そして着物の袖から隠し持っていたスタンガンを取り出して、背中に当て感電させたって訳か……」

「はい……」

「なるほど、それで?」


「はい、剛士さんがうつぶせに倒れたので、背中に馬乗りになり両手で首を絞めようと思いました。返り血が気になるので、ナイフ等を使おうとは思いませんでした。

 でも後ろから首を絞めるのは、ちょっとやりずらかったです……。

 その時ふと、あたりを見ると小道具の縄があったので、これなら確実に殺せると思い、それで首を絞めました。

 ちょうど手袋もしていたので、縄から私の指紋が出ることは無い、とも考えました。

 映画のストーリーで板崎の親分が、『か弱い女が男を縄で絞め殺すのは無理』っていうのがあったので私は容疑者から外れる、という思いもありました」

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