第九話

 豊島屋をちらりと見た宇梶は「なるほど……」と頷き、俺に先を促した。俺は説明を、続けた。

「それから呉服屋の主人の事件を、参考にして考えました。琢朗には『おいおい、呉服屋の主人の事件て、あれは……』と言われました。あれは台本の中だけの事件だぞ、と言いたかったんでしょう。


 でも僕は『言いたいことは分かる。でもあの事件は良くできていた。参考にしてもいいと思う』と答えました。

 琢朗が犯人じゃないかって言ったけど、それは『今の時点で……』って言ったじゃないか」


 それを聞いた宇梶は、聞いてみた。

「どうなんだ琢朗君、君が殺したのか?」

「違いますよ、俺は殺していませんよ!」と琢朗が叫んだ時、近藤が戻ってきて説明した。


「さっきスマホで警察に、連絡をした。すぐに、くるそうだ。そして死体や犯行現場には誰も近づかず、皆もここに残ってくれとのことだった……」


 それを聞いた皆は、力なく頷いた。


   ●


 すると宇梶は、右手を俺の右肩に優しく置き告げた。

「ご苦労くろうさん、よく話してくれたね。おかげで練習の様子が、だいぶくわしく分かったよ。警察がきたら、私が話をするつもりだ。だから少し休んだらいい」


 俺は確かに少し話し疲れていたが、答えた。

「はい、お役に立てれば何よりです。警察とのお話は、お願いします」


 琢朗にも、「お疲れさん」と優しく声をかけられた。宇梶は近藤の所へ行き、練習の様子を話し始めたようだった。

 ふと周りを見ると疲れているのだろう、皆も、しゃがみこんでいた。


 俺は「ふうー」と長い息をき、スタジオの天井を見上げて思った。

 これでいい、後は警察と宇梶さんたちに任せよう。殺人事件の捜査そうさなんて、素人しろうとの俺が出る幕じゃない……。

 だが心に引っかかるものがあった。練習の時、事件が起きて剛士さんの死体を観察した時、『ああ、俺は右近さんを尊敬していた。だから死因を知りたいし、もし殺されたんだったらその犯人を捕まえたい』と琢朗に言った言葉にウソは無かった。


 でも、どうすればいい? 俺はただの半人前の役者……。いや、今は岡っ引きか……と考え、苦笑にがわらいした。

 しかし自分には、犯人を捕まえるだけの力は無いと思った。練習の時、犯人は琢朗だと思いそう言ったが、琢朗は明らかに否定した。その様子はウソをついているようには、とても見えなかった。


 それに琢朗が犯人であっては少し困る、とも考えた。琢朗とはこの映画の脇役のオーディションで知り合ったのだが、年が近いせいもあってすぐに意気投合いきとうごうして、今では酒を一緒いっしょに飲んだり、その後カラオケに行ったりしていた。感情的になることもあるが、大事な友達だ。


 俺は、考え始めた。それじゃあ一体、誰が剛士さんを殺したんだ? 剛士さんの死体を観察して思ったこと、これは事故や自殺ではない、誰かに殺されたんだ、という考えは当たっていると思う。そして犯人も自分たち六人の中にいる、という考えも当たっていると思う。


 俺はふと、すすり泣きが聞こえた方向に顔を向けた。見るとショックを受け、すすり泣いている優子を典子がなぐさめていた。豊島屋の女主人、おこんを演じている時はしっかり者に見えたが、実は気持ちが弱いのかもしれないと思った。年下の典子の方が、よっぽどしっかりしているように見えた。


 次に京三を見た。彼はおそらく今まで一度も、遭遇そうぐうしたことがないであろう殺人現場で、ただただ、困惑こんわくしていた。


 また、政夫も見た。彼は今日、停電の時、ブレーカーを見に行こうとしたり、宇梶さんと近藤さんを呼んできたりしたので、見かけよりもだいぶ行動力があるように思えた。しかしさすがに今はやることがなく、ひまを持てあましているようだった。


 自分はどうだろうか? 俺は自分は、人よりも正義感が強いほうだと思っている。 

 まわりもそう思ったのか、今回の岡っ引きの役の前は、刑事ドラマで脇役の刑事の部下、という役に選ばれていた。


 そして思い出したことがあった。この映画の台本のセリフと、設定だ。脚本家はオーディションで選ばれた俺たちを参考にしていたと言っていた。つまり典子は、目がぱっちりしていて可愛い。優子は背が高くて目が細い。ちなみに二人は、いとこでも何でもない。京三は白髪で好好爺。琢朗は色男。政夫は童顔。剛士さんは身長百九十センチメートルで、いかつい顔。そして俺の顔は、中の上らしい……。


 俺は、もう一度考えた。剛士さんを殺した犯人は、この中にいるはずだ。しかし一体、だれだ?……。


 その時、政夫の左袖の中から、また風鈴のような音がした。


 琢朗は、怒鳴どなった。

「またかよ! お前、練習の時もらしていたじゃないか!」

「すいません、これメールの着信音なんですよ。あれ、おかしいなあ。練習の時、琢朗さんに『宗一、お前ねえ』って言われた時、豊島屋の外に出てスマホの電源を切ったと思ったんですけど……。切れていませんでした。すいません、今、切ります」

「大体そういうものは、控室ひかえしつに置いておくもんなんだよ!」

「緊張して、置いてくるのを忘れていました。すいません、すいません」


 それを見た俺は、ハッとして呟いた。

「そういえば、あの時の『あれ』は何だったんだ……」


 そして考えていると、ある一つの結論に達した。スタジオの天井を見上げ放心ほうしんしている俺を見て琢朗は、訝しげに声をかけた。

「どうした、正臣?」


 俺は、ゆっくりと答えた。

「俺、犯人が分かっちゃったかも……」


   ●


 琢朗が、「おいおい、また犯人は俺だなんて、言うんじゃないだろうな?」と聞いてきたので、俺は首を横に振って答えた。

「違うって。あの時は『今の時点で……』って言っただろう? それに不審ふしんな点の謎も解けていなかった」


 琢朗は驚いて、聞いてきた。

「謎が解けたのか?」

「ああ、でもその前に一つ確認したいことがある」と俺は答え、優子の背中を右腕で抱いている典子に近づいた。そして、「ちょっとごめん」と典子の左袖をさわった。俺の右手に、固い物の感触かんしょくがあった。

 

 典子は、意表を突かれたような表情を浮かべた。


 俺は、黙り込んだ。信じたくなかった、これは何かの間違いであってほしいと思った。

 映画では俺が典子にちょっかいを出す役だったが、彼女がひたむきに役を演じる姿に好感こうかんおぼえ、この撮影が終わったら本気で彼女に告白し、付き合いたいと思っていたからだ。


 今はだまっておこうか、とも考えた。それはもし彼女が本当に犯人だとしたら、彼女の今後の役者人生はどうなるだろう?

 これがきっかけで、終わってしまうかもしれない。そう考えると彼女を告発こくはつすることに、ためらいが生じた。


 しかし、ダメだ。尊敬する剛士さんが殺された真相しんそうを知るため、また彼女には自分が犯した罪と向き合ってもらうため、くじけそうになる心をふるい立たせて俺は、必死に右腕に力を込め彼女を指差ゆびさして言った。

「剛士さんを殺したのはあんただ、長塚典子!」

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