第13話 快楽主義者と謁見を(2)

「柳崎です。客人を案内してきました。入室許可願います」

「ああ、かなでか。いーよ、入っておいで」

 柳崎の堅っ苦しい挨拶の後に、温度差の激しいぬる~い口調で返答が来た。快楽主義だか何だか忘れたけど、王様がそんなにゆるくていいのか?あと柳崎、お前の下の名前、奏って言うのか…

「失礼します」

 そういって彼女は扉に手を当てる。押すのか引くのかと思っていたら、まさかのスライド。まあ、ここまで東洋風なら可笑しい話じゃないのかもしれないけど・・・

 空けた先にいたのは、背景に溶け込みそうなほど白い集団だった。

 王も女王も髪の毛は真っ白。着ている服からマントまで真っ白で、頭に載っている王冠やティアラだけが白黒のツートーン。肌の色は確かに肌色だけど、尋常じゃないくらいの色白具合だ。お体大丈夫ですか?ってつい確認したくなるレベル。

 更にその奥に控えている人物も真っ白だった。そして彼こそが、柳崎の言っていた「あいつ」だと解る。

 白の騎士、最強の男、雉野きじのつるぎである。

 置物のように動いていないのだが、しっかりとこっちを睨んでいるから怖い。ろう人形に見つめられる方が、まだ怖くないって・・・!

 そんな雉野に比べ、逆に白の王は砕けすぎだった。「客人を連れてきた」と柳崎が言ったのにも関わらず、彼は未だに俺の目の前で女王に膝枕をしてもらっている。女王も起こすそぶりを見せず、頭をなでたりしているのだから憎い。リア充見せつけんな!ってか、雉野はここにずっといるのかよ、すげぇな!!

 彼はごろりと寝がえりを打つと、起き上がりもせず俺を視界に入れた。

「・・・で?君は誰?」

 誰?と来たか。そう聞かれたら、何とか誤魔化して紹介するしかない。アリスだとバレるのはデメリットが大きいっていうのは、赤の城で散々味わった。さて、ではどうやって誤魔化そうか・・・。と、思ったその時だった。

「ひゃはははははっ」

 聞いた本人がいきなり笑いだした。え?何?何が起きたんだ?斜め前にいる柳崎は呆れた様子を見せているが、残りの二人は表情一つ変えずに白の王を見ていた。もしかして、置き物なのか?いや、息してるだろ、してただろ!なんで誰も突っ込まねぇンだよ!

「いいねぇ、悩んでる!悩んでるよ!」

 悩むことの何がおかしいのか、俺には理解できないだが。白の王はひょいと身を起こすと、俺のことを指差した。

「君のことは知ってるよ、知らないはずがないだろう?」

 俺を指していた指で、そのまま柳崎と雉野を順に指す。

「奏と剣からしっかり情報をもらっているからね。彼らは僕に隠し事をしない」

 さいですか。この人死ぬほどマイペースだぞ。俺の苦手な部類の人種だぞ・・・!

「でも」と白の王は続ける。唯一色を持つ緋色の目が、ぐにゃりと歪んだ。

「君は悩んだ。何故か?」

 え、戻るの?どう繋がってんだ?

 解らずに、ぽかんと口を開けた間抜け顔で彼を見る。城の王はよっとラフに起き上がると、俺の前まで歩いてきた。

 背が高いけれど、赤の王のような健康的な長身ではなく、「剣を振るえるのか?」と疑問に思うほどの細さである。年齢は赤と同じく、普通に大人の人だ。たぶん赤の王と同じく30代くらいじゃないかなと。まぁやっぱり王というには、年齢体躯どっちを取っても少々不安が残る外見だ。

 彼は俺を見下ろす形で、ニッと笑った。不気味というより、妙に無邪気だ。

「君はつまり、誤魔化そうとしたわけだ」

 考えてることぐらい解るぞってアピールか?自慢じゃないけど、この世界に来てから皆が俺の心読めてるぞ!だからそれは自慢にはならない。・・・って言ってて悔しくなってきたけど。

 白の王の言葉は、しかし思わぬ方向に続いた。

「それって要は、僕を謀ろうとしたわけだ!」


 カチャッ


 白の王の背後で、雉野が剣に手をかける。いや待て、早まるな。俺は誤魔化そうとはしたけど謀ろうとはしてないって!

「ちょ、なんでそうなる!」

「ああ!なんて楽しいんだ!!」

 ダメだこいつ、話聞かねぇタイプだ。

「楽しい!楽しい!最高だよ!また僕に刃向かう奴が出てくるなんて」

 刃向かってない。断じて刃向かってない。俺はただ出たいだけなんだって。

「剣は何でも言うこと聞くし、六花りっかも全然止めてくれない。言うことを聞かないって言うから封印を解いたのに、奏も恩義がやたらに強いときた。本当にこの世はつまらないよ!」

 それは勝ち組のセリフだ。確かにつまらないと思う時もあるけど、それは意見が通らなかったり、止められて思い通りに動けなかったり、言うことを聞いてもらえない時に思うのが普通だろ。嫌味かこの野郎!


 ・・・ん?待てよ?じゃあもしかして・・・


「あんた、この世界を支配したくないのか?」

 この世界を支配するには相手の王族が邪魔だ。で、その王族を配下に置くには、俺・・・というか、アリスの能力がカギになる。だから王族は俺を狙っているらしい。でも今の話じゃ全くの逆だ。刃向かう奴の筆頭が赤の王族なわけだから、この快楽主義者は戦争を止めたいなんて微塵も思っていないだろう。

 もちろん、返ってきたのは予想通りの言葉だった。

「ああ、愚問だね。支配なんてつまらないよ」

 やっぱり。ってことはつまり、アリスを捕える理由はないわけだ。宝亀ほうきがこっちを薦めていたのは、そういうことだったのか。

 が、俺は詰めが甘いらしい。白の王は笑顔でこう付け足した。

「だからさ、赤の手に渡らないよう、君は閉じ込めたおかないとね」

 ・・・は?

「ねぇ、六花?そう思うよね?」

「ええ、白政あきまさが言うのであれば、間違いはありませんわ」

 いや、間違ってる。間違ってるって。戦争を止めないのもおかしいし、俺を閉じ込めようとしていることもおかしいだろ!

 思わず後ずさると、白の王は驚いた顔をしてから、けらけらと笑いだした。明らかに場違いな声なのに、誰もとがめる様子が無い。

「面白い!ホントきみ面白いよ!まさかこの僕から逃げようとするなんて!」

 彼がそう叫んだ途端に、俺は踵を返した。柳崎が大声で何かを言いかけたが、白の王の声に消される。

「いいね!三分後、剣に君を追わせよう!その方が面白い!その前に逃げ出せたら君の勝ちだ」

 こっちは命ってか自由がかかってんだぞ?その必死の逃走を面白い?どこまでこいつは快楽主義者なんだ。

 ともかく三分後までに出ればいいんだ。そう思って王の間を出て出口を探す。が、解るわけがない。だよな、あんだけ迷ったんだもんな。

 来た道を戻るのが一番早い。幸い何となくでも道は覚えている。

 逆走し始めた時、同時に城の中に放送が流れる。

『あー、あー、みんな聞こえる?』

 白の王の声だ。どうやら城全体に放送されているそうだ。思い出しながらだから危ないけど、気になるから一応耳を澄ましとくか。

『今城の中にアリスがいるんだけど、逃げ出そうとしてるんだよね。だから・・・』

 嫌な予感。悪寒がぞわっと走った。

『アリスを見つけたら、僕から褒賞をあげるから、みんな一生懸命捕まえてね』

『殺すのだけはダメってことで』とあまりにも軽い口調で付け足すと、大きな雑音と共に放送が乱暴に切られた。途端に、ガタガタと出入りのする音が耳に届く。え、マジで?

 ともかく捕まる前に逃げればいいんだとか考えていた俺が甘かった。道は一本道、俺が王の間から逃げたことはさっきの放送で瞭然であり、こっちに向かって人が来るのは当然だった。

 幸い来たのは一般兵たちだったんだが・・・


 人数が半端ねぇ!


 なんだよこの人数どこにいたんだよ、この城四次元だったわけ?

 目の前に広がる人の波に、思わず中庭に飛び出す。枯山水ってわけじゃないけど、それに近い様相の中庭は、明らかに入っていい場所じゃない。けれど、そんな遠慮なんてしてられる場合でもなかった。

 流石に少し抵抗があるのか、兵士たちが怯んだ。その隙に卵を取り出して櫂に変えて、再び走り出す。

「待て!アリスが逃げたぞ!」

 誰かも解らない群れの一人が叫ぶと、それを皮切りに兵士たちが中庭に入ってきた。

「くそ、退け!」

 大きく櫂を振ると、勢いよく風が吹いた。が、誰も飛ばない。なんでだ?と疑問に思ったのも一瞬で、すぐに気付いた。


 人数だ。

 俺の櫂の能力は風だ。カマイタチとか、そういうのだったらいいけど、ただの風なんだ。つまり。とても残念なことだけど。

 人数がいて、後ろに支えてくれる人たちがいる今のような状況では意味がない・・・

 どうする俺、どうするんだ俺!

 わたわたしていても誰も助けてくれないことくらい解ってる。この状況をどうにかしないといけないんだ。でもどうすればいいのかなんて全然思いつかない。

 と、その時だった。


 クォオオン・・・


 不思議な音が聞こえた。何の音かは解らないけど、何か…生き物の鳴き声のように聞こえたけど……

 バッと声のした方向を見ると、何かが飛んでいた。なんだあれ?馬?ペガサス?いや、もっと違うような・・・

 と、それから何かが下りてくる。え?何あれ?何あの丸いの?


 ガキィ・・・ッ


 疑問が多く浮かんだものだが、勢いよく俺の目の前に降り立った姿を見て、一気に安堵した。

「ほ、宝亀ほうき!」

 いつも背負っていた盾を足元に敷いて、すっと立ち上がっているのは、だいぶ前に分かれた宝亀だった。彼女はバッとこちらを向くなり、俺の肩を掴んで激しく揺する。

「大丈夫か?怪我はしてないか?手脚と耳は付いているな?」

 最後の一つに激しく違和感を抱いたが、まあいいか。

「だ、大丈夫」

「そうか、良かった」

 相変わらずこう、可愛いとか美人とかって言うよりも、カッコいいお姉さんだ。

 宝亀の登場に驚いた一般兵達だったが、すぐに我に返った。流石プロだ。いや、感心してる場合じゃないんだけど、それが事実なんだけどっ!

「か…・・亀まがいだ!捕えろ!」

助けに来た途端狙われてんじゃん!完全に俺と併せてカモネギじゃん!!!

羊元のところでもそうだったけど、能力者と非能力者では力に大きな差がある。すっと細剣の柄に手をかけた宝亀は、しかし俺の顔を見てその手を離す。

 そうだ。俺は血が苦手なんだ。たとえこの世界の血が紫だろうと粉末だろうと、傷つけ合うことの推奨だけは死んでも出来ない。

 もうまさに絶体絶命というその時。


 クォォォォ・・・・・・!


 鳥のような高い声で、しかし押しつぶされるような咆哮が耳を突いた。周りにいた皆が動きを止める。な、なんだ今の声・・・?

 きょろきょろとあたりを見回していると、空からドスンとまた何かが落ちてきた。

 いや、降りてきたんだ。

 白い頭に鋭い爪をもつ脚、嘴の先は鉤爪のように鋭くとがって曲がっており、背中には大きな翼がある。本来尾羽があるのだろう腰から下には他の獣の逞しい後ろ脚が付いており、鳥ではなく、そう、獅子のような。

 つまり・・・えーっと・・・

 そう。思い出した。グリフォンだ。・・・ということはもしかして・・・

「わ、わしお?」

 恐る恐る尋ねると、グリフォンは俺の腕に頭をぐりぐりと押し付けてきた。どうやら当たっていたらしい。こいつも柳崎みたいに獣の姿なんかになれたのか・・・

 思わず感心しているうちに、宝亀が下に敷いていた盾を背負った。

打海うつみ有須ありす獅子丸ししまるの背に乗せろ!」

 久々に俺の名前が正しい発音で読まれる。そうだ、俺はアリスじゃない、有須なんだよ。俺もすっかり忘れかけてたよ、そのイントネーションの違いを・・・

 って、今、打海って言ったか?

「了解、大佐!主、こっちへ」

大佐って誰だよ!

 何もいないと思っていた鷲尾の背に、すぅっと突如派手なピンク頭が視界に映る。空を飛んできたせいなのか、フードは脱げたようだ。

 打海は俺の腕を掴むと、有無を言わせず鷲尾の背に乗せた。思いっきり横向きだけど。

 バサッと大きな翼を広げ、それを激しく上下に動かし羽ばたき始める。砂利さえが風で舞い、じゃらじゃらとうるさく鳴りたてる。

「ちょ、待て、宝亀は・・・」

 慌てて彼女を見ると、鷲尾の前足に掴まっていた。落ちやしないのかと思いきや、足首に捕まっているその腕を鳥のような前足で、がっちりと鷲尾も掴んでいる。なるほど、これならまあ、腕は痛いだろうが落ちはしないだろう。

「逃げるぞ!」

 そう言って慌てふためく一般兵の中から、一人の男が飛び出してきた。彼の顔を見るなり、打海と宝亀の顔色が変わる。

「雉野・・・!!」

 宝亀の真下に行くと、兵士たちが一度彼の周りに集まる。

「雉野様、能力者が四人もいてはいくら貴殿でも・・・」

「退け」

 そう言うと、地面を蹴り上げて物凄い勢いでこちらに飛び上がってきた。そのまま俺たちを追い越すと、臨界点なのかそこで一時停止をする。

「アリス、貴殿に伝言がある」

「で、伝言・・・?」

「王からだ」というと、そのまま下降を始める。そりゃそうだ。空は飛べないだろう。俺はとっさに手を伸ばして、彼の腕を掴んでしまった。打海と宝亀がぎょっとする。掴まれた雉野も驚いていた。

「主?!なにしてるんですか!」

「有須、放せ!そいつは害悪だ!」

 酷い言われようだ。でも、俺は伝言ってのが気になる。それを聞くまで、放すつもりはなかった。いや、重たさでもうすでに手が滑り落ちそうなんだけどさ。

 雉野がふと笑う。女子ならときめくようなスマイルだろうが、残念ながら俺は男だ。訝しむか、「まずった」と後悔するしか選択肢がない。

 しかし、どちらも間違いだった。彼は口を開いて俺に言う。

「今回はこちらの負けだ。貴殿は逃げると良い。また会えるのを楽しみにしている。そう仰せつかった」

 おもむろに彼は俺の腕をぐるりと回した。もともと落ちそうだったわけだから、それだけですぐに手が離れてしまう。この高さから人が落ちて助かるとは思えない。

「雉野!」

 とっさに名前を叫んだが、落ちていく彼は止まらない。死ぬ、と思ったその時、彼は身をくるりと回転させ、足から見事に着地した。地面は盛大な音を立てて、漫画のようにえぐれてたけど、まぁそれは良しとする。

「さあ、行くぞ」

 宝亀がそう言うと、鷲尾が大きく羽根を動かした。

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その穴の奥、鏡の向こうに 神田 諷 @JWandSG

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