第13話 快楽主義者と謁見を(1)

 思わず白の城に飛び込んでしまった俺だが、なんと白の内部まで和風造りだった。ただこの世界の木が白いってのもあるんだろう。障子の木枠から床板まで全てが真っ白で、正直ドン引いた。何よりも驚いたのは、その白さだ。俺の知ってる白って言うのは、なんだかんだでちょっとくすんでるイメージがある。オフホワイトとかいうのイメージだ。そしてやっぱり何色でもないって言うのは逆にどんな色でも付きやすいわけで、つまりは汚れやすいんだ。

 でも、この城は違った。外壁同様、なんでこんなに白いんだと驚くばかりの白さなんだ。多分、ノートより白いし、雲よりも白い。表現の下手さは、俺がバカな男子高校生だってことで諦めてほしい・・・

「凄いな・・・」と思わず言葉を漏らすと、前を歩いていた二人が同時に振り返った。

「で!何がしたい?」「何して遊ぶ?」

 まだ遊ぶ気なのかこいつら!冗談じゃねぇよ!

「表のやつがいなくなったらすぐ帰るって!」

「表のやつ?」と聞いた後、二人はぽかんとした顔を合わせた。え?何その顔?そう疑問を投げかける前に、今度は同時に俺を見てきた。

「バタつきフライのこと?」「彼らに攻撃性はないよね?」


 ・・・は?


「バ・・・バタつきフライ?」

「そう。この辺で取れる貴重な食料よ?」

 言わなかった。言わなかったけど、その顔には「常識でしょ?」と言う言葉が隠れていた。今の俺にとって屈辱的な言葉だ。ってか食料?動物じゃなくて食料って言ったか?食料も動くのかよ、この世界じゃ・・・

 まずった。少なくとも俺は選択肢を間違えたようだ。だが、入ってしまったらしょうがない。俺は努めて平然とした顔で話し出す。

「で、お前らの能力って何だよ?」

「「・・・開き直ったね」」

 何でこういう時だけそんなに綺麗にハモるんだよ!悔しさに奥歯をかみしめながら、じっと二人をにらんだ。が、そんな視線を当然彼らが気にするわけもない。二人は「開き直ったね」とこちらがぶち切れ寸前になるくらいまで騒ぎたてると、いきなりクールダウンして冷静な口調で和希かずきが答えた。

「あたし達はね?あたし達自身や触ってる物を交換できるの」

 ・・・いや、解ってる。俺の理解力の低さが原因だって、ちゃんと自覚してる。でも解らないんだって!意味が!!非現実的すぎて!!!

「な、中身が入れ替わるとか、そういうことか?」

「え、僕が女の子の恰好してるの見たいの?」

 違う。断じて違う。中身ってそんな中途半端な話じゃねぇよ。もっと精神的な話だ。でもこれは言わなかった。言ってもどうせ面倒なことになるだけだろうからな・・・

「すいません解りません馬鹿な私めにも解るようご説明願います!」

 苛立ちから息継ぎもせずにそう言ったが、息継ぎ無しでこの長さは地味にしんどく、最終的にハァハァとみっともなく肩で息をする羽目になる。馬鹿な上に体力ももやしで自分自身が誠に残念だよ、もう…。

 俺渾身の嫌味を聞いた二人は顔を合わせると、また俺に視線を戻して同時に拍手を送ってきた。馬鹿にしてんじゃねぇぞ、てめぇら・・・。

「すごいね!良く言えたもんだ」

「ホントだよ!普通ならぶっ倒れてしまうよ!」

 大げさだ。かなり大げさだ。この大げささが、ケンカを売ってきてるとしか俺には思えないんだけどな・・・?

 眉間にしわを寄せて二人を見ると、流石に不機嫌さが伝わったのか、笑いと拍手を止めた。が、反省はしていないようだ。

「で、あたし達の能力なんだけどね」と謝りもせずに話題を戻してきたところが、そう感じた理由だ。正当だろう!

「お互いの場所を変えられるってこと」

 そう言って、右に立っていた和希が笑うと、左に立っていた和樹かずきも笑う。はぁとため息をついた、そのたった一瞬だった。

 いつの間にか、二人の立ち位置が入れ替わっている。・・・が、これで驚けるほど俺は純粋な奴じゃないんだな。

「お前ら、今入れ替わっただけだろ」

「だからそれが僕らの・・・」

「そうじゃないって。立ち位置変えただけだろってことだよ。能力でも何でもねぇじゃん」

 すると二人はまた顔を合わせる。どうやら不思議な事態に遭遇すると、そうする癖があるらしい。ホントマジで、ただのリア充にしか見えない俺の目って何?

 少し見つめ合った後、二人はまた俺を見るそしてにやりと笑った。

「じゃあ、証明してあげるよ」

 そう言って、和希が奥の方へ走って言った。それを俺と和樹で見送る。

「・・・和希、じゃなかった。ダムは何処に行ったんだ?」

「まあ見てなって!目をそらしちゃぁいけないよ?」

 言ったばかりの時だった。目の前の和樹が和希に一瞬にして変わる。瞬く間もなく、とはまさにこのことだろう。本当にすごい。俺が元々イメージしてた超能力に、今まで出会った誰の能力よりも近いかもしれない。

 しばらくしてから、和樹が奥から戻ってきた。結構距離があったらしく、肩で息をしている。そして彼が顔を上げるのと揃えて、和希が口を開いた。

「アリス!信じてくれた?」「解ったでしょう?」

 それはもうここまできたら信じるほかないじゃないか。というか、やっぱり入る必要はなかったんじゃ・・・

 ダメだ。これ以上考えていても仕方がない。というか、相手をするだけ無駄だ。さっさとこんな城出ないと。


 ・・・待てよ?


 城ってことは、ここにも王族がいるってことだ。そして、俺が本来会うつもりだったのは、白の王族の方で・・・

 つまりこれって、実はチャンスなのかも。

「なあ!王族に会えないかな?」

 凄い無礼なことを言ってるのは解ってるけど、赤の王の時みたいにあっさりと会えるかもしれない。アリスだってことを今度こそ隠し通せばいいわけだし!

 すると、二人は不満な顔をした。そんな簡単には会えないってことか?

「もう帰っちゃうの?」「一緒に遊ぼうよー」

 一体全体何がどうなってそんな話に飛躍した?解らない。こいつらの考えてることが全然解らない!

 しかし、馬鹿だけど俺だって学習はする。こいつらに関しては考えるだけ無駄だ。聞いた方が早い。契約だなんだって言わないからな。

「なんでそんな飛躍するんだよ」

「だって王様に会いたいってことは」

「お城を出たいってことでしょう?」

「・・・『だって』が俺の中で働かないんだけどさ」

 頭を抱えてそういうと、俺の手を片方ずつ、両手で握ってくる。和希は可愛いけど、和樹はキモいからやめてくれ。

「白の城には特別なルールがあってね?」

「来城者は王族に謁見しないと帰れないんだ!」

 なんだよ、その逆に簡単に謁見できちゃうシステム。王様そんなんでいいの?ってか暇なわけ?

 けれども解った。それで俺が帰るって話になったのか。けど・・・

「いや待った。何で俺帰っちゃいけないんだよ」

 そんな契約もしてないし、義理だって正直ないぞ。すると二人はがっかりして俺の手を離した。そのまま案内でもしてくれるのかと思いきや、いーっと歯を見せて言い放たれる。

「「いいもん!アリスなんて迷っちゃえ!」」

 また珍しくそうハモると、二人はさっさと走り出す。慌てて追いかけたが、赤と違って白には曲がり角が多く、すぐ見失ってしまった。まぁ・・・どうせきっと、王の間とかは解りやすくなっているはずだ。


∴∵∴∵∴


 こっちの世界に来てからもどうやら動いているらしい腕時計によれば、あれから一時間が経った。が、真っ白な空間をむやみに歩きまわっている俺には、もう二、三時間は歩いているような錯覚に陥る。

 本っ当に着かない。見つからない。いざとなったら誰かに聞くしかないかと思ったが、まさかの誰とも会えていないという今の事態。切なすぎる・・・

「あ」

 頭を垂れて歩いていると、向かいからそんな声が聞こえてきた。道を聞けると顔を上げてみると、そこにいるのはまさかの・・・

「りゅ・・・柳崎りゅうざき・・・」

 羊元ようもとのところで散々暴れ・・・、いや、お世話になった、あの柳崎である。確かに白の軍の一人だったから、ここにいてもおかしくなかった。

 柳崎は腰に差している細剣に手をかけて、こちらを睨んできた。

「何の用だ」

 警戒されてる。めっちゃ警戒されてる。でも実際の俺は警戒してくる柳崎が怖いくらいに何も考えてない。思わず後ずさりながら、手をぶんぶんと振って訂正する。

「違う!何か企んでるとかじゃねぇって!」

「じゃあなんでこんなところにいるんだ!答えろ!」

 何で彼女はこんなに高圧的なんだろう・・・。明らかに年下の少女に怒鳴られてビビってる俺って・・・情けなさ過ぎる。

「バカップルだよ!あいつらに連れて来られたんだって!」

「・・・ばかっぷる?」

 眉間にしわがより、眉尻がピクリと動く。ダメだ、この単語通じない!俺の命が危ない・・・!

「ディーとダムだよ!縞柄シャツに赤いサスペンダーを揃えてる二人組!」

 そういうと、今度は呆れた様子で柳崎は「ああ・・・」とため息を吐いた。大丈夫?大丈夫なの、俺・・・?解ってもらえたのか、これ?びくびくしていると、柳崎はいきなり深々と頭を下げてきた。

「それはすまなかった。奴らの勝手な行動にはこちらも手を焼いているんだ」

 今日はずいぶんと冷静なようだ。けれども、安心するのはまだ早かったようだ。

「しかし何故こんなところにいるんだ?」

 剣呑なまなざしが俺を射て、五寸釘を刺された藁人形のような気持ちになる。・・・解りにくいのは、百も承知だけど、俺の頭の中で「刺しとめられる」と言うのはそのイメージしかないんだよ。

 ディーとダムの不在に関して問いただされなかったのは、きっと客人放置もいつもの事なんだろう。

「その・・・で・・・出たいんだよ」

 しどろもどろに視線を逸らして答えた。まだ刺さってる気がする。まだ抜かれてない気がする。なかなか解放してくれない彼女の軍人として望ましいほどの警戒心は素晴らしい。が、こういうときは本気で泣きたくなる。

しばらく時間をおいてから、彼女はふうとため息をついた。

「仕方ない、王の間まで案内しよう」

 そういって、思いのほか不用意に背を向けた。俺が嘘をついている可能性とか、そういうの考えないのかな?いや、確かに嘘でもないし、案内してくれるって言ってるのに無駄にするつもりは全くないんだけどさ。さっきの警戒とは裏腹にずいぶん不用心だなと・・・

「ここにはあいつがいるから」

 ビクッとした。まさか柳崎にまで思っている事を悟られるとは思わなかった。俺の考えってもう言葉として駄々漏れてるのかな?けれども、それは俺だからという解ったわけではなく、ただ単純にありふれた話だったようで、

「僕が背を向けると、驚く客人も少なくないんだ」と淡々と教えてくれた。


∴∵∴∵∴


 ただただ長く真っ白な廊下を歩き続ける。赤の城のようにまっすぐ長いのではなく、カクカクと曲がっているので、錯覚的な長さを感じることは無かったが、曲がっても曲がっても先が見えないと言うのも、妙に長いという印象を受けた。

 道案内をすると言った柳崎は、本当に道案内しかするつもりがないようで、一切の会話はなかった。初めの方は気まずくなって何度か話しかけたのだが、全て無視されたので、もう諦めている。が、ふと思い出して確認する。

「なあ、これって契約じゃないのか?」

 主従関係もないのに提供はない。教えてもらえれば、と言う程度の軽い気持ちだったのだが、幸い柳崎はこの質問にだけ答えてくれた。

「契約だな」

 まずった。迂闊だった。何してんだよ、俺!この世界のルールが解ってきてたんじゃねぇのかよ!!

 青ざめた俺の顔を見ることなく、柳崎は長い黒髪を大きく揺らした。

「僕は君を案内しよう。君は王に武力を働かなければいい。それだけだ」

 なるほど。王に手を出さない。それが大前提で契約が生じたわけな。考えてみればその通りだ。しかし、そこでふと柳崎が笑った。

「まあ、王の間には常にあいつがいる。あいつを目の前にして王に武力を働くような愚か者はそうそういないだろう」

 さっきっから出てくる「あいつ」って誰なんだろうか?悶々と考えていると、柳崎がいきなり止まっていた。思い切り彼女のぶつかると、ぎろりと睨まれる。可愛い女の子がそんな怖い顔するもんじゃない。絶対するもんじゃない。顔歪むぞ。

 彼女に案内されたのは、赤同様の巨大な扉の前だった。柳崎は扉をこんこんとノックする。


聞こえるのか?そんな音で。

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