第12話 危険な双子にご用心(3)

「それって要は、俺が願えば世界が変わるってこと?」

「そんな単純な物じゃないよ」

「そうそう。『アリス』=『王族』ってわけじゃないしね」

 二人から同時否定を食らった後の説明をまとめるとこうだ。

 確かに「アリス」は王様になれるらしい。が、王様になると決まっている「王族」とは違い、つまりは・・・そう!王の資質があるってことらしい。現実世界に置き換えると、王族はまさしく王子や姫、対してアリスは資質を持っただけの一般人ってところだ。何もしないで王様にはなれるほど甘くない。

 では何をすればいいのか?それはとても簡単な話だった。


 王族を上回ること。


 それが条件だ。上回るっていうと、どんなことでもいいのかと思うところだが、実際そうらしい。そう言われると簡単なようだが、当然生易しいものではない。上回る、という言い方を別の表現に変えるなら、すなわち「負かすこと」だ。

「王族を・・・負かす?」

「そう」

 勝ち負けという単語をこの世界で聞くと、つい戦闘かと思ってしまう。戦闘なら勝ち目がない。のほほんとした赤の王があの速さで動くんだ。とてもじゃないけど敵わない。

「別に戦闘で勝てなんて誰も言わないって」

 もう二人にまでばれるようになったか。俺の考えは外に駄々漏れらしい。笑い飛ばした和樹に代わって、和希が教えてくれる。

「本当になんでもいいんだって」

「馬鹿さ加減なら自信がある」

「それ下回ってるって言うよね」

 冷静に指摘するなよ、ただのギャグだ!いや、悲しいかな事実だけどさっ!

 くそぅ・・・。王様になれれば許可なしでも扉が使えて、案外さっさと帰れるんじゃないかと思ったのに。世の中はそんなに甘くないんだな・・・

 がっかりとうなだれる俺を、二人が不思議そうに見てくる。なんだよ、帰りたいんだよ、俺は。

「もしかして・・・王様になろうと思ったの?」「もしかして・・・本気で王様をめざしたの?」

 こいつら、サウンドするならサウンドするで同じ言葉を言ってくれよ。双子とかじゃないやつらに要求するのも無茶かもしれないけどさ・・・。それに、帰りたいって思ってる人間の前にその話をぶら下げれば飛びつくだろ!あれだよ、馬にニンジンってやつだよ。なんか違う気がするけど。

 もういっそ馬鹿だと嗤ってくれ。そう思って、項垂れていた顔を挙げてため息まじりに叫ぶ。

「そうだよ!門が使いたいんだ!王様になりゃ帰れんだろ!」

 しかしそれを彼らは嗤わなかった。いや、むしろ逆だ。目を輝かせて感動したんだ。ただ、次のセリフはもはや馬鹿にしているとしか思えなかったけど。

「門ってあの?鍵守かぎもりが守ってる?本当にあれ使うの?」

「っていうか初めて見たよ!アリスに会ったのも初めてだけど、白の城にある資料にもそんなアリスの話は書いてなかったもん!」

「ホントだね!聞いたこともない!」

「みんな知らなかったのかな?」

「でもみんな、過去の『アリス』の話は知ってたよ?」

 ・・・ん?

「ああ、あの女王になったアリスだよね!」

「そうそう!あの門から入ってきた小さなアリスだよ!」

 え?ちょっと待て?それは童話のアリスじゃないのか?女王になったなんて知らないけど、少なくとも小さな女の子が主人公だったのは間違いない。

「なあそれって・・・」と口を開いたところで、目の前に異様な光景が広がった。


∴∵∴∵∴


 地上に入道雲が広がっている、なんて言ったらポエマーだろうか?でも俺にはその表現しか思いつかなかった

 水色の木々に囲まれて、末広がりの巨大な白がそこにあったんだ。この「白」ってのは誤字変換じゃない。本当に白だったんだよ。建物の表面の凹凸すら見えないくらいに真っ白で、薄く差す影がかろうじて入口や窓の存在を見せているほどだ。

 また、形も異様だった。先ほど末広がりって言ったけど、それはあくまでも大雑把な話だ。日本家屋とかを彷彿とさせるけど・・・違うな。そう、あれだ。首里城とか紫禁城とか、そういう感じだ。日本ってか中国ってか解らないけど、まさに東アジアの城って形だ。良く見ると屋根も瓦っぽい。

 ってか、そうだ。可笑しいんだよ。今まで俺がこの世界で見てきた建物は、赤の城も公爵夫人の家だって、みんな西洋風だった。とんがり屋根でレンガ造りで、テーマパークや童話に出てくる、まさにそれと同じだ。なのに、なんでここにきて東洋風なんだ?

「どうしたの?アリス」「間抜け面だよ?アリス」

 黙れ和樹、間抜け面なのはもともとだ。しかし何をどうしたらこの白さが保たれるのやら・・・

「じゃあ入ろうか」

「え?」

 入る?白の城に遊びに行く、っていう契約じゃなかったっけ?俺の言わんとすることはすぐばれる。和希がぶうっと膨れた顔でこちらを見た。

「白の城に遊びに行く、なんだから、白の城で遊ばないと!」

 何その言葉尻捉えたような発言。入らなくていいんじゃないの・・・?

「白の王は娯楽家だからね!いろんなアトラクションがあるんだよ!」

 待て待て。俺は遊んでる暇なんてないんだって。早く帰らないと流石に真面目を装ってきた人生が終わるんだって。不良になる気はさらさらないし、流浪人になる気も全くないんだって!

「遊びに行くって言ったからって遊ぶ必要はないだろ。あくまで行くところまでが契約のはずだ」

 ってか、こいつらの遊びっていうのが正直怖い。人を的に射的とか、毒薬使ってロシアンルーレットさせる、みたいな残酷なことに違いないからだ。しかし、和希も食い下がる。

「『遊びに行く』だよ?それなのに遊ばない奴がどこにいるの?」

「契約内容が『白の城で遊ぶ』だったら文句は言わねぇよ」

 むぅぅ・・・っと頬が膨らむ。可愛い。可愛いけど、絶対ここは折れちゃいけない場所だ。


 パチンッ


 ・・・?何の音だ?

 そう思って和樹を見ると、彼は打海の時に取り出していたサバイバルナイフを取り出していた。え、なんか俺やばい感じ?これデジャヴ?

「聞いてくれないなら・・・」と和希が睨みつけてきたので、慌てて彼女の腕を掴んだ。

「わわっ!ちょっと待てって」

「待てない」

 そう言ったものの、その後のアクションがない。まだ刃物は和樹が持っているし、何かを握るように和希の手が動いたくらいだ。

 しばらくして、和希が和樹の方を見る。

「和樹、なんで送ってくれないの?」

「何言ってるの?和希が受け取ってくれないんでしょ?」

 むっとした顔で、二人がにらみ合う。ちょ、俺をはさんで喧嘩しないでくれ!ケンカするにしても怖いからとりあえず和樹、そのナイフしまってくれ!

 和希の手を俺が放した瞬間に、彼女の手に和樹の持っていたサバイバルナイフが瞬間移動した。険悪に睨みあっていた二人が、驚いた顔でそろって移動したそれに目を向ける。それから、俺をじっと見つめてきた。え?何?俺何かした?

 わたわたと動いた俺が面白かったのか、二人が同時に笑いだした。

「そっか、そうだよね、君はアリスだ!」

「アリスが触ってたんじゃ、そりゃそうだよね!」

 なんか・・・予想と違う感じか?それにしても、服部、愛川あいかわ、打海にこいつらと、どうにも笑い上戸が多いようだな、この世界は。

 さんざん人を笑った後、涙を拭きながら、和希が言う。

「でもね?アリス。やっぱり入らなきゃダメだよ」

 どういう意味だ?

 そう訝しげな顔をした俺に、二人が説明した言葉はこうだった。

 例えば、休日に「公園へ行く」とする。その時、公園で遊ぶことはしなくても、公園を見ただけで帰ろうとすることはない。学校へ行くだって、遊園地に行くだって、少なくともその名称の付く施設内に入っているのは違いないのだ。城だってそうだろう。まあ、俺は城とかに詳しくないから全然出て来ないけど、例えば名古屋城に行くって言っても、名古屋城に入るとは限らない。でも、名古屋城の敷地内には入るわけだ。つまりこいつらが言いたいのはそういうことで・・・

 確認がてら、声に出して尋ねる。

「つまり、白の城内に入らなくても、門くらいはくぐれってことか・・・」

「そ」「賢いね」

 賢いなんて、生まれて初めて言われたけどな。でもそう言われてしまうと、他に逃げ道もあったのかもしれないけど、馬鹿な俺は全然思い付けなかった。ここで入らなければ契約違反で殺されるんだろうか・・・?悶々と悩んでいると、和樹が俺の右肩をぽんと叩いた。

「僕らの能力も気になるでしょ?」

 確かに気になってる。次に、和希が俺の左肩にポンと手を置いて笑う。

「能力を教えるついでに、武器についても少しだけ説明してあげるよ?」

 それは鷲尾から聞いたから大丈夫なはずだ。そんな物で釣られるわけにはいかない。

「ここで教えてもらえば済む話じゃないのか?」

 どうだ?これで返せまい。やはりわざわざ中に入る必要なんて・・・

「本当にそれでいいの?」

「結構長いんだよ?」

 妙に驚いた顔で二人が俺を見てくる。え?俺なんか変な事言ったっけ?

 久々の沈黙に、水色の木々のこすれあう梢が聞こえてきた。日の光が赤い雑草に当たって、未だに火じゃないかとドキッとする。・・・ん?日の光?

 ハッと思いだして、バッと空を仰いだ。空は綺麗な黄色で、現実時間で言うと、正午くらいと言ったところか。そしてつまりそれは、少なくとも夜じゃない。

「ここで」「僕らと」「なっがぁーく」「話しこんでもいいんだけど?」「白の城の周りなんて」「赤の兵もよく来るし?」「危険極まりない地帯で?」「白に仕えるボクらと」「色々仲良く話してたら」「普通は白だと思うよね」

 交互に長々と語った後、二人は俺の肩から手を離して、門をくぐりぬけた。くるりと方向転換して、俺を視界にとらえる。

「「赤に敵認識されたら、百パー君は死ぬよ?」」

 戦闘に不慣れな俺に、確かに逃げ道はない。でも・・・白の城に入るのも絶対よくない気がするんだよ。

 悶々と考えていると、後ろの方でガサガサと音がした。振り返っても姿は見えないが、確実に何かいる。

「・・・ここ・・・こんな・・・ところに・・・居ないよな?」

 だって敵陣の本拠地の前だぞ?どんな馬鹿が来るってんだよ・・・って思ってるんだけど、俺の常識はここでは通じない。通じないってことは、こんなところに来るバカも当然いる可能性がゼロとは言い切れないわけで・・・

 しばらくの沈黙の後、またガサガサと音が鳴る。そしてまた静寂が訪れる。びくびくしている俺に、後ろから声がかけられる。

「どうするの?アリス」「入らないの?アリス」

 途端、ガサッと大きな音がした。情けないかなビビった俺は、思わずこう答えてしまったんだ。


「は、入るから待ってくれ!」

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