第12話 危険な双子にご用心(2)

 打海が襲われては困る。俺は彼女の腕を掴んで、その腕を大きく開かせた。首の後ろで組まれていた手は、そうすると思いのほか簡単に外れる。

「解・・・」

「ダメだ、アリス!」

 打海が叫んで立ち上がり、トーヴが庇おうと和希に飛びかかった瞬間だった。俺の首にひやりとした、鉄のような感触が振れる。俺はそれを見てもいないし、そんなものの感触を首筋なんかで感じたことなんてあるわけが無い。それなのに、何故か分かってしまった。

 刃物だ。

 繰り返しになるが、首に刃物を当てられた経験なんてない。それでも意外と感覚的に解ってしまう。痛みがないから切られていないようだが、少しでも動けば切れてしまいそうだ。

 いつの間に取り出したんだ?彼女の腕はずっと俺が持っていた。俺の首に手を回す時も、まだ持っていなかったじゃないか。

 打海はぴたりと動きを止め、唇を噛んだ。

「・・・・・・っ!」

 悔しさがこちらにまで伝わってくる。トーヴはいつの間にか首根っこを捕まれ、ぶらりと力無く垂れ下がっていた。生きてるよな…?和樹が打海に暗い笑みを向けた。

「邪魔しちゃだめだよぉ?アリスはみんなの物なんだからさ・・・!」

「そうだよ」と彼の言葉を肯定した和希に視線を戻すと、邪気しか伺えないような、真っ黒な笑顔で俺を見ていた。

「アリス?君はさっき、なんて言おうとしたのかなぁ?」

 今動いたら俺の首がかき切られる。それに、この状況で選択肢はないだろう。何考えてるんだこいつら。何を企んでいるんだ?

 思考回路だけは一丁前にぐるぐる回るのに、口がピクリとも動かせない。動いても魚のようにただ口をパクパクとするだけで、全然言葉になってくれない。

「・・・ねぇ、アリス?今の状況を考えてみようか?」

 俺が殺されそうだって言う状況をですか?

 彼女は刃を一切動かさず、肩をすくめて見せた。意外とすごい技術だ。

「打海笑太っていう男はね?なかなか捕まらない男なんだよ」

 打海の話か?今それがどう関係して・・・

「普段はすぐ姿を消しちゃうし、足の速さではきっとハッタか白の騎士ぐらいじゃないと敵わないだろうね」

 ハッタって誰だよ。そしてそれは打海が意気地無しとか、そういうことを言いたいのか?

「別に意気地無しだなんて思ってないよ。こんな世界で誰とでも正々堂々と戦うのは、くそ真面目な馬鹿野郎か、ただの決闘狂、死にたがりのどれかだろうしね」

 こいつ、心が読めるわけじゃないよな?たぶん俺の顔が、凄く解りやすいんだろう。今までの流れからも、誤魔化しきれた記憶もない。

「彼の戦闘能力も両王族が欲してるところだ。ま、彼がチェシャ猫である限り、アリスを手に入れないとなぁんにも意味ないし」

 結局、こいつは何が言いたいんだ?

 ちらり、と打海に視線を向けた和希が、こちらに目を戻す。

「つまりね?打海一人なら、私たちも手が出せないってこと」

 それは・・・つまり・・・

 言葉を失った俺の耳元で、和希が囁く。

「このピンチは、君のせいだ」

「主!耳を貸しちゃだめです!」

 彼女が言うのと同時に打海が叫んだが、残念なことにこんな耳元で言われた言葉が聞こえないなんてことはなかった。

「・・・わかった。行くよ」

「主!」

 青い顔をして打海が叫ぶ。同時に彼に言った。


「打海、命令だ」


 命令は嫌だ、と直接的には言っていなかったが、それは彼にも伝わっていたはずだ。だからこの「命令」と言う言葉は、ただ本気度を示すための合図にすぎない。

「ついてくるな」

 途端、俺の首元から刃物が取れた。和希が思い切り抱きついてきて、甲高い声でひゃっひゃっと笑っている。奥にいる和樹も、腹を抱えて笑っていた。その手には、さっきまで見えなかったサバイバルナイフが、再び握られている。

「・・・・・・」

 打海は不安そうな顔をして、すこし茫然としていた。が、すぐに立ち上がると、キッとこっちを見てから、森の中に姿を消す。けれどもなぜか、俺の中には少し確信があった。解放されたトーヴもまた、彼を追いかけるように走っていく。良かった、生きてた。

 彼はまた何らかの手段で、俺を助けに来る。それまで、俺はどうにかして生き残らねば。


∴∵∴∵∴


 深緑の空が少し黄緑に染まり始めた。朝が来る。

「アリスー!こっちこっち!」

「遅いよアリス、朝になっちゃうよ!」

 ・・・なんだろう。

「ほらほら!和樹、右手引っ張って」

「オッケ!じゃあ和希、せぇので引こうね」

 ・・・何か可笑しい気がする。

「「せぇ・・・」」

「自分で歩けるから放せ!」

 二人の手を払うと、二人は楽しそうにはしゃいだ。さっきからずっとこんな感じなんだよ。こいつら怖い奴らのはずなのに、あんなに怖い目にも会わされたのに、どうにも子供と歩いている気がしてならない。っていうか、全然危険を感じられない。警戒しきれないんだ。

 道すがら寄り道したり、花を眺めてしゃがみこんで動かなくなったり、和希が蝶を追いかけてどこかへ行ったり、和樹が冒険心を働かせて池に落ちたりと、やりたい放題。おかげで俺は、小学校の引率の先生みたいになりかけてる。

「お前らが自由に動き過ぎるから疲れたんだよ!」

「ねぇ、和樹」

「何?和希」

「アリスって、名前呼んでくれないよね」

「うん。ずっと『おい』とか『こら』とか、そんなのばっかだよね」

 話聞いてねぇぞ、こいつら・・・っ!

 高校に上がってから初めてレベルのものすごい苛立ちが、腹の底からわき上がってくる。

「そんな事言ったって、同姓同名のお前らを何て呼び分けろっていうんだよ!」

「ディー」「ダム」

 ・・・は?

 彼らの進言に、あんぐりと口を開けて固まってしまった。四賀和希と志賀和樹、何処にディーだのダムだのが出てくるんだよ。俺の反応から察した二人はそれぞれを指差しながら説明する。

「和樹の能力はね?『トィートルディー』って言う能力なの」

「で、和希の能力が『トィートルダム』って言う能力なのさ」

 能力の名前まで、最後ぐらいしか違わないのか。

「お前ら、何処まで似てんだよ・・・」

 特に答えを求めた呟きでもなかったのだが、笑顔で和樹が返してきた。

「しょうがないって!だって僕らは『似たり寄ったりトィートルディー・トィートルダム』だもん」

 外見上の区別がつくだけましな方だと笑う和希を見て、もうため息しか出なかった。

「で、城っていつ着くんだ?」

「今日中」「運が良ければ」

 ・・・何言ってんの?こいつら。運が良ければって何?運が悪かったら何日かかるわけ?

「ちょ・・・」

 言いかけたところで、二人はくるりと向きを変え、背を向けて走り出す。


「「だって方向音痴なんだもん!」」


 ハモるな、それを!

 ちょっと待て?じゃあ俺はこいつらともしかしたら一生付き合わなきゃいけないことになるかもしれない契約をしたってことか?そんな危険な契約あるかよ?!

 顔を真っ青にした俺に、二人は何かを感じたらしい。お互いワタワタと相手の顔を見合わせて、結果ポンと手を叩いた。

「アリス!クイズをしよう!」

「・・・今そんな気分じゃない」

「僕らの能力を当てるゲームだよ!」

「あたしたちの能力、知りたくない?」

「知りたくない」

 ってか、お前らの相手をしていたくないんです。それを口に出す勇気はなかったけど。

 すると、和希が「う―・・・ん」と唸ってから笑う。

「ねぇアリス?あなた、王族を目指してるんじゃないの?」

「・・・は?」

 文字にすると簡素だが、お茶を飲んでいたら吹き出してる頃だし、漫画だったらあごが外れているところだ。実際は目が自分でも驚くくらい開いたくらいだけども。

 バタバタと手を振って慌てて否定しつつ、気になったので思わず尋ねた。

「なんで王族になれるんだよ!」

「ん?」「あれ?」

 和希と和樹は視線を合わせると、同時に首をかしげた。俺そんなに変な事言ってるの?

 が、そうではなく、昨日の昼と同じ内容の質問が返された。

「チェシャ猫から聞いてないの?」「あの猫何教えたの?」

「ちょ・・・会ったばっかりだったんだって!」

「嘘はついちゃだめだよ」「泥棒になっちゃうよ?」

 こいつら・・・。少しは俺を信じろよ!そんなに疑われるようなことしてないだろ?まあ、信用して貰えるような事もしてないけどさ・・・

「ホントだよ」と返すと、二人は置物のように固まってしまった。しばらく観察していると、不意に電源が入ったように動き出す。

「本当に知らないの?」「本当に知らないのか!」

 あれだけ考えて和樹しか説得されてくれてねぇじゃん・・・。

 さっきからずっと一緒に行動してて解ったけど、同性だからか解らないが、和樹の方が和希より物分かりがいい。本気で突飛なことを言い出したりやりだすのは大体和希の方で、その悪ノリに和樹が乗っているという感じだ。

 まぁ、そんな分析をしたってしょうがない。とにかく今はこいつらからでも情報を集めないと、逃げる隙も狙えない。

「本当だって言ってるだろ?で、何なんだよ、それ」

「能力の話?」

「和希、あんたわざとだろ」

「え?僕何も言ってないよ」

「・・・・・・」

 今の和樹の発言も絶対にわざとだ。ってかあのやり取りだけでどっちがディーでどっちがダムだか、そんな区別つくものか。俺はどっち、と視線で選別しない逃げ道を作ってから、とりあえず「ディー」の方に尋ねてみた。

「どういうことか教えろよ、『ディー』」

 気持ち的に和希なら外れ、和樹なら当たりだ。

「えー、面倒だなぁ」と答えたのは和樹の方だった。よっしゃ、当たりだ!

 なんだか難しい説明だったのか、和樹は「うぬぅ・・・」と唸りながら、頭を抱える。少し申し訳ない気分になるな・・・。

 しばらくしてから、不意に和樹が閃いたようにポンと手を叩いた。

「そう!アリスの特権ってこと!」

 わかんねぇわ。思わず肩を落とした。けれどもどうにも、がっかりするのは早かったらしい。和樹は両の人差し指をぐるぐると糸巻きをするように動かしながら、和希に目を向けたりして話を続ける。

「王族になるっていうの人は決まってるんだよ」

「存在ができた時からね」

 それは言われなくても解る。俺の世界だってそうだからな。余計な説明をはしょってもらうために言っておく。

「当然だろ?王様になるのは王子って決まってる」

「王子?王子って何だい?」

「王様になる人の事をそう呼ぶの?」

 ・・・ん?話がずれた。どういうことだ?

「いや、王子だよ王子。お・う・じ・さ・ま!あんた・・・じゃなくて、和希・・・じゃ解んなくて・・・」

「ダム?」

「そう!ダムだって小さい頃憧れただろ?」

「王様になりたいだなんて思ってないよ?」

 女なんだから、その場合は女王だろうが。でもやっぱりずれてるな。

「子供だよ子供。王様の子供!これならわかるだろ」

「子供?子供って何?生き物?」

 そこで初めて気が付いた。俺の知ってる限り、不思議の国のアリスに子供は出て来ない。そして言わずもがなだが、「王子」なんて出て来ないのだ。王子がいない世界で、子供の存在がない世界で、その言葉を説明する術はない。

 でもそうなるともう一つ疑問が生まれる。それはつまり・・・

「あんたら、どうやって生まれたの?」

「生まれる?」「どうやって?」

 人から生まれないのに何で彼らが存在するのか?彼らの親たる存在はいないのか?言わせてもらうと、これは好奇心じゃない。恐怖心だ。もともと俺の常識はこの世界では通用しない。でも、同じ人間同士、まだ通じるものがあると思っている面もある。

 けどもしそれが、化け物相手だったら?何があろうと身の保証たるものがない。相手が何を考えてるのか、全く解らないからだ。考え方の流れ方も測れない。そんな俺の不安を知る由もなく、彼らは残酷に言い放った。

「いつあたしたちの存在ができたのかって言われても解らないよ?」

「そうそう、或る日僕らはこの世界にいて、その時から僕らは僕らだし、今と何も変わらないし」

 人じゃない?この容姿で、同じ言葉を話しているのに?王族のように支配欲があったり、柳崎のように人を慕う気持ちがあったり、鷲尾のように笑ったり、宝亀のように考えたりしてるのに?こいつらだってそうだ。二人でいるのはきっと恋情じゃなくとも好きだからなんだろうし、それはとても人間的だと思う。

「この世界の人はみんなそうなのか?」と聞く前に、

「アリスの特権についての説明続けるよ?」と言われてしまい、タイミングを逃した。そちらも気になるので、打ち切ることもできない。

「ともかく、他の人は王族になれない。どんなに才ある人物だろうと、この世界を支配することができないんだ」

「する気が起きないって言う言い方もできるけどね」

 和樹の説明に、和希がケタケタと笑って注釈を入れる。その注釈はいらなくないか?

 この後もこんな感じでだらだらと続いたので、久々にまとめて説明しよう。

 王族には王族特権と言う者があり、王族でしかできない様々なことがあると言う。扉の行き来というのもその一つで、また能力を使える使えない、というのも実は王族が今「自分以外の者も能力が使える」と規定しているから使える物らしい。つまり、この世界を左右できる存在ってことだ。これは赤と白に一人ずつ男が生まれるものだそうで、女性は男性の望む存在が発生するのだそうだ。大変羨ま・・・いえ、なんでもございません。

 けれども「アリス」はこの世界にとっては部外者の存在であり、このルールに縛られないのだと言う。説明してる俺も良く解ってないからうっだうだなんだけど、つまり「アリスは後発的に王族になれる」ってことらしい。この世界をすべる能力、ないしは世界に影響を与えることができる存在ってことだ。


そんな大層な役割、こなせる気もないけど。

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