第26話 巡る青き情絲

 龍鳳の手には、青く細い棒のような束が乗っている。


「それは何でしょうか?」

「むふふっ。これじゃよ。これ。」


笑いながら龍鳳は、青い束を広げて見せた。束は柄が長く弧の小さい扇のような物で、金色の文字が並んでいる。


「はっ。それはもしや・・・」


辰斗王は驚き、とっさに空心を見た。空心も驚きのあまり口を開けたまま辰斗王を見ている。二人は顔を見合わせ大きく頷き、辰斗王が聞いた。


「それはもしや、天藍に金字の詩文の扇ではありませんか?」


「ははっ。その通り。これを探していたのじゃろ? 

 これはその昔、蒼天国、建国の王の皇太子妃に私が贈った物じゃ。太紫タイズウ皇太子は、二代目の蒼天王になるはずだったが、王位争いの策略で陥れられ命を落としてしまった。まだ若く婚礼を間近に控えた二十三歳だった。太紫皇太子は、とても聡明で心根のまっすぐな皆の信頼も厚い方だった。王になれば必ずや、蒼天の誉れになるだろうと皆が熱望していた。だがそれ故に、疎ましく思う者の嫉妬も強かったのだ。


 まだ建国間もない蒼天は、陽沈ヤンツェン砂漠を隔てた白鹿バイルウ国、我が龍峰山を隔てた漆烏チイウゥ国が、この蒼き水の領土を狙っていた。それ故に、武力に優れ国を守れる事が国の大事となっていた。その機運に乗り兄の皇太子より武術が優れていた弟皇子が、皇太子の座を奪ったのだ。


 国内の武術式で弟皇子は兄と闘い傷を負わせた後、後悔と詫びの念から治療の為の薬を自ら運び献身的に看病した。だが、実はその全てが策略であったのだ。弟は皇太子の薬に毒を盛り、少しずつ皇太子を衰弱させ死に追いやった。そして、自分は献身的に看病をした兄想いの弟を皆に印象付けた。何とも緻密で残忍なやり方じゃ。


 皇太子亡き後、皇太子妃になるはずじゃった守星シュウシンは、美しく穏やかな娘だったが悲嘆に暮れ病となり見るも無残な姿となり命を落としてしまった。二人とも婚姻前であり即位もしなかったので、王墓には石碑も埋葬品も無いのじゃ。

 私はそれが不憫でなぁ。秘かにこの一対の扇を二人に贈ったのだよ。だが、それすら埋葬されず書庫の経典の中に葬られたのじゃな。悲しきことよ。どんな尊い者も、生き残った者の心一つで無くなってしまう。悲しき事よ。」


龍鳳の手には、今は王墓の中にあるはずの辰斗王と空心が見たもう一つの扇も乗っていた。


「何という無慈悲で悪心なことを・・・ 龍鳳様、申し訳ございません。我が先祖のことですが情けなく恥ずかしい限りでございます。」


「辰斗王よ、どの世でもそのような事は起こり得る。仕方のない事じゃよ。だがな、太紫も守星も勿体ない方じゃった。生きて王位を継ぎ国を担っていたら・・・ と幾度も思った。それでも救いはな、蒼天国が今日まで残り時は・・・ 魂は繰り返し巡るという事じゃよ。さっ。この扇を合わせてみるがよい。辰斗王よ。」


辰斗王が龍鳳の元へ歩み寄り二つの扇を合わせてみると、ぴたりと重なり一面が揃った一つの見事な扇となった。


「あぁ、これが真の姿だったのか・・・」

辰斗王は、しみじみと天藍の扇を見つめた。


「そうじゃ。このようにして一つになるよう、私が贈った扇じゃ。今こうして時が巡り、また一つになった。真の姿になった。善かった。これでもう、ワシが話すこともない。ではな。」


龍鳳の言葉を最後に三神仙は、一瞬のうちに去って行った。



 龍鳳が持って来た二つの扇には、辰斗王と空心が見た最初の扇と同じように金字で刻まれた短い詩文があった。


 星の川を渡る舟 

 二人の誓いを乗せ運ぶ

 紅き情絲に結ばれた 

 尊き盃交わせし時に

 天命の絆を守る紅と螺鈿が蒼天の空高く舞う

 どんな暗雲も振り払う風

 希望と真心の灯火

 清き泉に未来を誓う

 紅と螺鈿の道が一つに

 深き光は解き放たれ

 喜びは世に溢れる


「空心様! これを見てください。あの詩文の続きです。まさに我々が感じた通り。あの詩文には続きがあったのです。これは、今ここに居る若き二人の事に違いない。」

辰斗王が驚き大声で空心を呼んだ。


 その驚き様に空心が慌てて駆け寄り扇の詩文を読むと、


「あぁ、真に。真に泰様と七杏の事のようだ。あぁ、時は巡り魂もまた巡る。龍鳳様、そうであったのですね。今日はまさに、蒼天の願いが叶った日・・・」

そう涙声で呟くように空心は言った。隣で辰斗王は大きく幾度も頷いた。

 

 そして、泰極に

「泰極、この扇の詩文を皆に聞いてもらうがよい。さぁ、そなたの声で読み上げなさい。」

と申しつけた。


 泰極は扇を受け取り読み上げた。その詩文の言葉に驚き、時おり七杏と顔を見合わせた。あまりにも予言めいた詩文に、泰極の声は震えている。七杏も涙ぐみながら泰極の腕に寄り添い聞いている。


 泰極が読み終えると、そこにいる皆が涙を拭っていた。詩文を読み終えた泰極は扇を胸に抱き、


「太紫皇太子、あなたが出来なかった事をこれから私が、七杏と共にこの蒼天の為に、私たち自身の為に成して参ります。どうか私たちを見守ってください。」


と天に向かって言った。

その言葉に皆は大きく頷き涙が止まらなかった。


「泰様。きっと私たちは、太紫様と守星様の情絲の巡り合わせなのですね。お二人の

想いに見守られているのですね。」

「あぁ、七杏。きっとそうだ。時は巡り、魂はまた巡り逢う。その約束があれば必ず。」

「えぇ、きっと。そうなのですね。」


泰極は、七杏の手を取り大きく頷いた。


「あぁ、なんと貴重で有り難い祝いの品々だ。七杏、これより先ずっと、この三神仙様の品々は蒼天の宝として引き継いでいこう。」

「えぇ、そのように致しましょう。きっと、後々の助けとなりましょう。」


二人の言葉に皆は喜び、互いに顔を見合わせ盃を交わした。こうして無事に婚礼の儀は納められ、日暮れからは屋敷の中庭で重陽節の宴となった。




 秋の夕陽が西の空を染め龍雲が棚引き、庭を菊花が美しく彩っている。徐々に深まる宵の藍にぼんやりと浮かんでいた紅燈が、次第に鮮やかに映り揺らめく。

 皆が中庭に集まり菊花酒や茶を飲み、蒼天の実りの品々を味わった。永果もしっかり御相伴に与り、胡桃と杏仁それに菊花酒でいっぱいになったお腹を見せて七杏の腕の中で寝ている。


 泰極は、今日の善き婚礼の事を思い起こしていた。そして、七杏に穏やかに問いかけた。


「蛇鼠様からの贈り物が〈希望の灯火〉だったのが少し不思議な気がしたのだが、七杏はどう思った?」


「人々は神仙様を蛇鼠と呼び恐れたり悪く言ったりしているけれど、真の蛇鼠様は、誰よりも純粋な方なのではないかと思うの。

 人の闇や欲深さ、まっすぐな想いの強さを余りにも多く見て来られたからこそ、真心を見失わず後悔の少ない道を歩いて欲しい。そう願っているのではないかしら。だから、法力の策と交換をして覚悟を持たせているのかと。私たちに授けてくれた灯火は、そんな真心と希望をいつも忘れない為なのよ。きっと。」


と七杏は微笑んだ。


 七杏の思慮深く慈しみのある言葉に、泰極はハッとした。


「そうかも知れぬ。あぁ、もしやあの時、伴修将軍の香の時、蛇鼠様に頼まれて凰扇様が助け舟を出しに来てくれたのかもしれぬな。」

「えぇ、そうかもしれないわ。うん。そうであって欲しいわ。」


二人は改めて、龍峰山に棲まう三神仙に感謝した。そして、その三神仙に守られた蒼天という国の舵取りをいずれは担う責任を重く受け止めた。


「泰様。誠に今日は、皆様の笑顔がいっぱいで嬉しいですね。」

「あぁ、七杏。誠にそう思う。この笑顔がずっとずっと続く国である事を祈ろう。」


満ちてゆく月に照らされた王府の中庭は、人々の笑顔と笑い声に満ち喜びに溢れている。泰極と七杏は、蒼天国の幸せと二人の未来に穏やかな光を見ていた。

 この先に待ち受ける波も二人で越えて行く決意を、二人の情絲に込めて微笑み合った。



星の川を渡る舟 

二人の誓いを乗せ運ぶ

紅き情絲に結ばれた

尊き盃交わせし時に

天命の絆を守る紅と螺鈿が蒼天の空高く舞う

どんな暗雲も振り払う風

希望と真心の灯火

清き泉に未来を誓う

紅と螺鈿の道は一つに

深き光は解き放たれ喜びは世に溢れる




~ 完 ~


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約束の情絲 七織 早久弥 @sakuya-t

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