第5話 宣戦布告

『文化祭の形態変更についての提案』


 生徒会室に張られたスクリーンにでかでかとタイトルが表示される。

 小山の考えた作戦のお披露目だ。


「文化祭? もうそんな時期か~」


 もう六月も終わりそうといったところ。

 七月から文化祭の準備が始めると考えると、このタイミングが良かったらしい。


「はい。ちょっと趣向を凝らしてみたいな、と思いまして」


「楽しそうじゃん! いいね」


 会長が座り直して、椅子がギシと音を立てた。


「この間やってたアンケートの話?」


「はい。アンケートで生徒のほとんどが、『文化祭について生徒会に任せる』のに賛成というのがわかりました。なので私はこの企画を提案します」


 先日俺がえっさほいさ集計させられたアンケートの内容は、文化祭についての意識調査だった。そして、今回それが役立つ。

 小山が俺に視線を送る。パソコン担当の俺がスライドを進める。


「今まで、当然ですが文化祭はクラスに分かれて競っていました。今回は、それを二つまで絞ります」


 マウスをクリックする。クラスの数字が、バラバラの色だったのが、赤と白の二色になり、それぞれでまとまる。


「つまり、紅白に分かれての対抗戦です。文化祭は二日開催されますし、一日ずつ分担する形にしようかと」


「おもしろいじゃん! それなら大きなこともできそう」


 会長が前のめりになる。


「そうです。規模が大きくなればもっと手の込んだことができるようになります」


「でも、まとめる人が大変じゃない? 誰がまとめる気?」


「全校生徒は千人。単純で半分にしても五百人います。それを誰が取り仕切るのか……」


 小山は、意味ありげに間を作る。

 そこが作戦の肝だ。


「私と、櫻さんが担当します」


「え、てまり⁉」


 静かにしていたてまりが驚き声を上げる。それに対して、小山は微笑みながら頷く。


 次期会長候補として名前の挙がっている二人。

 今回の文化祭で、小山がてまりと正面から戦うことで、小山の人気を増やす作戦だ。さらに言うと、二人が活躍すればするほど他の候補者の影が薄くなる、ということらしい。


「でもいいのかな――」


 てまりが人差し指を顎に当てて、唇を尖らせる。


「相手がてまりでいいの? てまりは平気だけど」


 櫻てまりは言わずとも知れた学校でも有名な存在。けれど小山はただのクラスの委員長だ。

 それで相手になるのか。そうてまりは聞いている。


「私も、で負ける気じゃないわ」


 小山も負けじとてまりを煽り返し、二人の間で視線が交錯する。熱い視線は今にも火花が散りそうだ。


「えー、いいじゃん楽しそう!」


 それを見た会長が顔を輝かせる。会長候補が直接対決をすると聞いてテンションが上がったらしい。


「じゃあ、ひかりちゃんとくらっちはどうする?」


「俺は小山の方で」


「ありゃ、そうなの」


 会長はびっくりと言った様子で、俺とてまりを交互に見る。

 てまりも、こっちを見ていた。嬉しそうに笑っている。

 どうやら、てまりにとっては敵の方が良いらしい。俄然やる気が出てきた。


「じゃあ、ひかりちゃんはてまりの方だね」


「うん!」


 雛田も元気に頷いている。生徒会内で反対意見はない。

 あとは、会長だ。

 会長は小山とてまりを見据えると、口角を上げる。


「よし。それじゃあ今回の文化祭は紅白戦だ!」


 そして高らかに宣言した。

 会議の後、俺と小山はとある教室にやってきた。


「何とかなったな……」


「そうね。気合入れないと」


 普段は使われていない教室。今日からここが小山の率いる紅組の本部になる。


「しかし、いきなりやる事が掃除とは」


「仕方でしょ。じゃんけんで負けたんだから」


 二人して、箒を片手に埃っぽい部屋を使える状態に戻していく。


「そういやてまりってじゃんけんで負けたことなかったな」


「いきなり『持ってない』ことを思い知らされたみたいでムカつくわね……」


 箒を杖替わりにして寄りかかった小山がぼやく。

 勝てば綺麗な会議室。負ければ何年も使ってない空き教室という場面で、小山はあっさりと負け、俺たち紅組はこのボロ教室があてがわれたのだった。


「大体なんなのこの箒! ろくに掃けないじゃない!」


 俺らが使っている箒はもう古く、掃く部分が弧を描いているため使いづらい。

 教室に置いてあったものだとは言え、相当なハズレだ。既にこれからが不安にも思えてくる。


「でもよく会長が団長をやるなんて言い出さなかったな」


 会長は今回、中立的な立場として、どちらにも味方せず全体を俯瞰する役割を務めるらしい。


「そっちの方が自分が客として楽しめるからじゃない?」


「あー……」


 そう言われるとそんな感じがする。なんだよ、せっかくちょっと後輩のためを思っているのかなって見直してたのに。


「そうだ」


 突然、何かを思い出した様子の小山がこちらを振り向く。


「あんた、今日からもう一度猫被ってくれる?」


「え?」


「取り繕って過ごしてほしいのよ。入学したてのときみたいに」


 思い出されるのは二ヶ月前。毎日をがむしゃらに、でも充実した日々を送っていた頃だ。当然、俺と同じクラスの小山はそのときのことをよく知っている。


「別に出来ないことはないでしょ? 大丈夫よ。もう誰もあんたから離れて行かないわ」


「えっ」


 それはつまり、私が離れないから的な……?


「だって、離れる人がいなかったら誰も離れて行かないでしょ?」


 そう言うと、小山は嘲笑うようなドヤ顔をして見せる。


「ほんと良い性格してるなお前……」


「ふふっ」


 誤魔化すように頭を掻く。


「……できればやりたくないんだけど」


「いや、やるのよ。これは命令よ。あんたに拒否権はないわ」


「えぇ……」


「だって、あんたはもう紅組の役員なのよ? あんたがなよなよしてたら紅組の評価、ひいては私の評価が下がることに繋がるわ」


 そう言われるとそうなのか?


「まぁ、わかったよ」


「よし。それなら――」


 小山は教室の半分を占める、大量に積み重なっている椅子と机の山を指差す。


「これを先生たちのところに押し付けてきて。白組のところでもいいわ。自慢のコミュ力で頑張りなさい?」


 白組のところって、てまりのところだし。

 そんなの、肉体的にもメンタル的にも重労働じゃないか!

 ヒイヒイ言いながら、机と椅子を教室の外へと運んでいく。


「あとついでにプリントも印刷してきて頂戴」


「はぁ⁉」


「私は掃除しておくから。行ってらっしゃい」


 手をひらひらとさせて小山は俺を教室から追い出すようにして見送る。

 両手に持った机と、その上に置かれたプリントの原紙が恨めしい。

 あーあ。こんなんになるんだったら、てまりの方に付くべきだったかもな!

 早速、心の中で文句を言いながら、紅組のために奔走するのだった。

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生徒会の小山怜が俺だけに厳しい 暁ひよどり @hiyodori_akatsuki

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