第4話 俺はてまりの元彼

「はぁ」 


 教室を出ると、自然と溜め息もこぼれてしまった。

 他のクラスはもう解散しているらしく、廊下は閑散としていた。

 クラスの生徒たちが部活やら、はたまた家に帰る人でグループを作り、続々と廊下を歩いていく。


 俺も流れに乗って帰りたいところだが、そうもいかない。

 小山が会長になることを応援すると決めたのはいいが、ついでに小山に弱みを握られることになってしまった。

 フラれて屋上で一人寂しく黄昏ていたとか、言いふらされたらいよいよ教室の隅にもいられなくなってしまうこと間違いない。


 俺の手にはとある紙束が抱えられている。


 『こき使ってあげるから』


 そう言われてから早速任された仕事が、これを生徒会室まで持って来いとのことだった。

 てまりと正面から対決するために使うって話だったが、どうするのだろうか。


 さて、生徒会室に向かうとするか。まさか自分の学校生活も楽しめていない俺が、学校のために働くことになるなんてな。

 決意の反面、複雑な思いになるのだった。



 生徒会室までの道のり。その途中、何やら通路の角で人だかりができている。何かを囲っているようだ。


 そこには、ちょっと見るだけでも部活のユニフォーム、他学年の色をした上履きなど様々な人がいる。

 その中心で一瞬姿が確認できたのは、サッカー部でもイケメンで有名な先輩。


「うわ」


 やばい。何を隠そう俺もサッカー部だ。陽キャはサッカー部だろという安易な考えで入部が、落ちぶれてからもう全く顔を出していない。ただ、一応まだ在籍していることになっているので、会いたくない相手ランキング上位に入っている。


 ちなみに、今一番会いたくないのはてまりだ。だって、昨日の今日でちゃんと話せる気がしないし……


 人の合間を縫って、横をこっそりと通り過ぎようとする。

 ガヤガヤと騒ぐ中を音を消して抜けていく。


 瞬間。誰かが俺の腕をつかんだ。


 優しいピンク色で塗られた爪。それを映えさせるような白く綺麗な手。

 嫌な予感と共につかんだ人物に目を向ける。

 てまりだ。

 薄いピンクをした、まるで桜の花びらのような髪が特徴的で、誰もが認める美少女。

 だが、今の俺にとって会いたくないランキング一位でしかない。


「たつやじゃん! いいところに」


「え、てま――櫻」


 ギリギリだったが名字で呼ぶことに成功。

 名前を呼ばれたので、反射的に名前で呼ぶところだった。危ない。もう関係は変わったんだ。ここで変な誤解を受けるわけにはいかない。

 俺が口に出す前に、てまりはつかんだ俺の腕を引き寄せ、肩に寄り添う。唐突に感じた、久しぶりの感触に脳がバグる。


「⁉」


「ごめんね! これから生徒会の仕事あるから!」


 そう言うと櫻は俺を盾にして、逃げるように生徒会室へと足を向ける。

 その様子を見て周囲の人は動きを止める。そして、ひそひそと話をしているのが見えた。


「……」


 特に会話をするわけでもなく歩いていく。

 肩と腕が密着する感覚。どこからか漂ってくる甘ったるいような匂い。昨日正式にフラれたばかりだというのにこんなことになるなんて。

 嬉しいやら悲しいやらで色んな感情が渦巻く。そんな時間もすぐ終わりを迎える。


「どしたの? なんかお仕事?」


 俺の腕から離れたてまりが、手に持った紙の束を指差してたずねる。


「……おう。なんか集計するんだってよ」


 俺とてまりの間にある、確かな距離。それを思い出し、一瞬遅れながらも答える。

 てまりは楽しそうに隣を歩く。


「ふーん、どれどれ。あーこれか! なんか今日やったけど何に使うの? これ」


 一枚紙をさらい、たずねてくる。


「なんだろ。なんか小山が企画したっぽいけど」


 事実、何も知らないのでそう答えるしかない。確か、文化祭についてのアンケートだったか。

 というか、てまりも知らないのか。ちょっと安心した。実は俺だけがいないグループトークでもあるのかなんて心配していたのだ。


「れいちゃんに使われてるんだ! だっさ!」


 てまりはそう言うと、にひひ、とあくどい顔で笑って見せる。


「うるせぇな」


 ダサいも何も仕事なんだから仕方ない。

 そんな軽口を交わしながら、生徒会室への順路を辿っていく。


「あ!」


 てまりが不意に駆け出す。生徒会室からほど近い、掲示板。

 てまりが注目する紙に書かれたのは、『次期生徒会長候補 人気投票 七月版』との文字。

 新聞部の企画らしい。六月版に重ねられるようにして七月版が提示されている。

 言うまでもなく、生徒会長の権力は絶大。今からでも気になる人は気になるんだろうな。

 

『新生徒会の始動から二ヶ月! 六百人近くの生徒からの投票を集計しました! その結果は……』なんて立派な煽り分までついている。

 全校生徒が千人くらいだったので、半分よりも多い生徒が注目するくらいには人気の企画らしい。


「やった! てまりが一番だ〜」


 てまりの喜びの声につられるようにして内容に目を通す。

 一番上。花丸に囲まれた数字の一、その横には誇らしげに櫻てまりの文字が大々と書かれている。

 なんと四割もの票を集めたらしい。

 

 そして、その下、二番目には小山怜の名前が挙がっている。投票率は三割に届かないくらい。

 その次からは、一割前後の何人かの名前が連なっており、そこには雛田の名前も羅列されている。


「会長候補者ねぇ」


 てまりと小山が目指す道。

 思い思いに学校を変えられるのは楽しそうではある。水道からジュースが出るようにするとか。いや、それくらいなら会長がいつの間にかやってそうなのが怖い。


「このまま会長になれたらいいのにね〜」


 やはり、現状ではてまりの人気が圧倒的らしい。そして、小山と俺はそこに対抗しないといけない。


「そう簡単にはいかせない」


「へ?」


 驚いた表情でてまりが振り向く。


「俺、小山に付くことにしたんだ」


「……へぇ」


 てまりは楽しげに口角を上げる。


「じゃあ、勝負だ! 絶対に負けないから!」


「へっ。望むところだ」


 売り言葉に買い言葉。

 てまりは愉快そうに顔を綻ばせる。

 そして、また足を進め始めた。


「そういえば、俺と一緒にいていいのか? 誤解とか、されるかもしれないし」


 誤解。間違ってないのだが、言葉にするのには一瞬躊躇いがあった。


「えー? てまりとたつやの仲でしょ?」


「いやだからそういう仲じゃないだろ」


 てまりは俺の文句には取り合わず、どんどん前を進んでいく。

 流れでここまで一緒に来たが、抜け出してきて良かったのだろうか。あんな人だかりだったのに。


「あんなところで何やってたんだ?」


「あー。なんか告白されてた。断ったけど」


 さらっと言いのけるてまり。


「告白⁉」


 思わず声を大にして聞き返す。

 なおさらやばいのでは? フッた後に俺と一緒にいるとかどんなメンタルだよ!

 それならさっきてまりに告白していたのは、学校でも有名なサッカー部の先輩だったということになる。しかもてまりは場を逃れる口実に俺を使ったんだろ……


「うわ、もうサッカー部行けないな俺」


 ただでさえ既に行きにくかったのに。


「失礼しまーす」


 挨拶と共にてまりが扉を開けたことで、俺の質問はまたもなかったことにされてしまう。

 重厚な扉を開き、中に入っていくてまり。

 いつの間にか、生徒会室に着いたみたいだ。クソ、タイミングが悪い。

 納得いかない思いを胸に、てまりに続いて生徒会室に入る。

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