第3話 てまりと小山
「……いや、俺は」
よりを戻すとかそういうのは、もう。
「馬鹿言うなって。わけわからんフラれ方したんだぞ。これ以上わけわからんことになってたまるか」
「ふーん、そう」
小山はさして興味もなさそうに、広げたノートパソコンに向かっている。
これが小山の素だ。
俺も猫というか、よそ行きの皮を被って生活していたが、小山のそれはもっと酷い。清楚なフリをして、クラスの委員長としての立場どころか、生徒会の席にまで座り、裏では計画的に他人から見える自分をコントロールしているのだ。
俺が落ちぶれてから、気が付けば小山が俺に対してだけ正体を隠さなくなった。
そこに、俺と小山の差を見せつけられているような気がして、少しだけいらだってしまう。
「そんなんなのに、よく表ではあんな猫被ってられるな」
「あら、ありがとう。他の人は褒めてくれないから嬉しいわ」
「ぐっ」
吐いた嫌味の何倍もの皮肉に、何も言い返すことができない。
「ふふっ」
小山が口を手で押さえて嘲笑する。間違いない。完全になめられている。
「まぁ、一人一人の色恋なんて別にどうでもいいわ」
小山は何やら話を切り出す。
それは、俺とてまりのことでもあるし、さっき来た依頼のことでもあるんだろう。
「だって、私が目指してるのは生徒会長よ? そんなもの一々見てられないわ。けれど――」
その目は、クラスのときのような頼れる委員会然とした雰囲気はない。ただ真っ直ぐに俺を見つめている。
「私、櫻てまりと戦うことにしたの」
「それは……」
『わたしは、生徒会長になりま~す!』
あのときの、てまりが発した間の抜けた声がよみがえる。
生徒会役員選挙。投票前最後の演説で、てまりは誰よりも早く生徒会長になると宣言したのだ。そして、てまりは今、会長候補として一番名前が知られている。
「つまり、小山も会長を目指しているのか?」
「ええ」
それはつまりクラスの委員長が、全校生徒の代表と戦うということ。
なるほど。小山が生徒会に入って率先して仕事に励んでいたのは、そういう裏があったのか。
「だから、どうするかはっきりしてくれない?」
「何を?」
「あんたって意外と重要なのよ。生徒会って五人しかいないから、あんたがどこに味方するのかで見え方も変わってくるし」
生徒会のメンバーは、会長、てまり、小山、雛田、俺の五人。
そのうちてまりと小山が会長を目指すなら、他の三人がどちらに付くかで勢力が変わってくる、ということか。
「俺は……」
そこから、言葉が続かない。
当然、大それた野望もない俺はどちらかに付くことを迫られる。だが――俺は、どうしたいのだろう。
別にこのまま小山に付くのだって問題ない。小山なら表を牛耳りながら裏でも暗躍し、生徒のために会長権限を使うのだろう。
でも。
それは、てまりを裏切るということになる。
いや俺はてまりに捨てられた、のかもしれないが、まだその原因はわからない。ならば、まだてまりの横に立てるかもしれないのだ。
『なんか違うんだよね~』
最後に面と向かって言われた言葉。その真意は、まだ聞けていない。
その続きを聞くのが怖くて、あの日からてまりと面と向かって話すことは、できていない。
それなら。
例え宝くじの高額当選くらいの確率であっても、まだ可能性があるかもしれない。
「ちょっと時間をくれ」
「いいわよ」
了承を得た俺は、生徒会室を飛び出した。
※
「あれ、倉松君? どうかした?」
てまりを探して校内を歩き回っていると、知っている顔に遭遇した。
「ごめん雛田。てまり見なかったか?」
「てまりちゃんたちなら、スイパラに行くってさっき……」
「そうか、ありがとな」
きょとんとした様子の雛田を置いて、てまりを追いかける。向かう先は校門だ。
いた。
下駄箱を出たすぐのところにその姿はあった。会長も一緒だ。
後から会長に冷やかされることを思うと、一瞬、声をかけることが躊躇われた。
いや、関係ない。ここでてまりと話すことに、俺の青春がかかっているんだ。
「てまり!」
気持ちが先走り、大きな声が出てしまった。てまりと会長がびっくりした顔で振り返る。
「ん? たつやじゃん。どした?」
走って速くなった心拍。けれど、その声を聞いてさらに激しく脈を打ち始めた。
未だに、俺はてまりに心臓を握られているらしい。
「あー……」
いざてまりを前にすると、緊張しているのがわかった。手が震えているのがわかる。視線を合わせられない。
周りを見てわかったが、生徒の注目も集まっている。きっと、あの櫻てまりが元カレと話している、だなんて噂しているんだろうか。そういえば、付き合っていた頃は毎日一緒に登下校するくらいだったのにな。
手を握り、気合いを入れる。
「大事な話がある。今時間、平気か?」
「えー」
てまりは会長と俺の間で視線を行ったり来たりさせる。
「いいよ、大事な話っぽいし。くらっち、連れて行きな!」
「会長……! ありがとうございます」
会長は目に見えて嫌そうな顔をしているてまりの背中を押すと、ウインクで俺に合図を送った。
てまりは嫌々といった感じで俺の方を向く。
「えー。どこ行くの?」
「……じゃあ、屋上で」
※
「んー、気持ちい~」
屋上に吹く、夕暮れ時の心地いい風にてまりが伸びをする。
対して、俺は落ち着いてなんかいられなかった。
何から話せばいいのかわからない。今日の天気の話か?
さっきより近くなった空に目を向ける。
放課後になってから時間も経ち、辺りは西日が差し込むかなといったところ。
何も知らない運動部員が、熱心に部活に打ち込んでいる様が見える。
一組のカップルが校門を出て行く。手を繋ぐにしては遠い距離間から察するに、付き合いたてなのだろうか。
一人一人が自分の青春を謳歌している。そんな光景。
自分を鑑みる。きっと、ついこの間まで、俺だってそんな人たちの一員だったのだ。
てまりと過ごした日々は、楽しかったの一言に尽きる。どんな些細なことでも笑うてまりはいつ見ても魅力的だったし、そんなところに惹かれていた。
「告白したときも、こんな夕焼けだったな」
そして、この屋上という場所も、てまりに告白したときと合致している。
だからこそ――
「そういうのいいから。大事な話って?」
虫の居所が悪いてまりは、情緒も決心も破壊する。
「えっ。いや、その」
出鼻をくじかれ、話したかったことが全て飛んでいった。
「俺と、もう一度、やり直してくれないかなって」
結果、口から出たのは、そんな雰囲気も何もないセリフ。
「やだ」
てまりは、その二文字で両断する。
「……」
何も言うことができなかった。拒否されたことに対する悲しみの気持ちと、どうしてという気持ちが混在して、頭の中をぐるぐる回る。
「だってたつや、付き合っただけで満足してたじゃん」
腕を組んで横目に俺を見たてまりは、不満気な顔だ。
「そうじゃなくて、てまりはもっと楽しくなりたかったの。でも、たつやはてまりと一緒にいるだけで幸せそうだったから。……それがいやだった」
「…………そうか」
それがてまりと俺の違いだったのか。それが、あっけなく俺がフラれた理由。
「だからね、てまりがこの学校を変えるんだ」
「え?」
「てまりが会長になって、てまりも、みんなも、もーっと楽しくなるように」
そう言って、てまりは笑って見せた。
「だから出直してきて。たつやがてまりを楽しくできるようになるまで」
「ははっ」
その笑顔は、荒野に咲いた大輪の花みたいに綺麗だった。
『楽しくできる』ってなんだよ。具体性も何もないじゃないか。
そんなもの、なんだがわかりやしない。わからないものを目指せっていうのか。
俺とてまりの考え方の違い、というのを身に染みて感じる。
「それじゃね」
それだけ言うと、てまりは屋上から出て行った。
※
「あーあ」
屋上の隅に腰を下ろした。地面に塗られたペンキが毛羽立っているのがよく見える。
またしてもあっけなくフラれてしまった。
せっかく決心して、ちゃんとした言葉で告白しようと思ったのに。あいつはいつもそうだ。すぐに根底から予想の斜め上を行く。
「はぁ」
喉も渇いたし、飲み物でも買いに行きたいが、それ以上に他の生徒の目に触れたくない。
だから、座ってうなだれるしかなかった。嫌でもさっきの事を思い返す。
てまりが見せた花のような笑顔。あの顔が忘れられない。フラれたらフラれたですっぱり諦めようと思っていたのにな。またしてもてまりは、俺に忘れられない情景を刻み込んだらしい。ただその隣に立つ資格は明確にないと宣言されたわけだが。
落ち込んでいると、首筋に冷たいものが当てられた。
「つめたっ」
びっくりして振り向くと、そこにあったのはスポーツ飲料水。そして、それを持っているのは、ニヤニヤとした顔の小山だった。
「ふふ。びっくりした?」
「はぁ。なんだよもう。笑いに来たのか?」
そういうことをやるのはもっと暑くなってからだろう。
ぼやきつつ、受け取ったペットボトルを開ける。
「それで? どうだったのよ」
「見たらわかるだろ。フラれたよ」
「あら」
横で壁にもたれて立つ小山は、驚きなんて乗っていない声で反応する。
ただ、てまりに悪感情を抱かれていなかったのが確認できた。それならまぁ、てまりとしては俺と関わることに問題はないのだろう。俺は複雑な気分なのだが。
「それじゃ、決まったじゃない」
「何が?」
小山に目を向ける。
「あんた、私の方に付きなさいよ。櫻てまりに、ぎゃふんと言わせるわよ」
「ぎゃふんて」
なんだその言い方。思わず吹き出してしまった。
「まぁ、それもいいかもな」
てまりの側にいたら、つまらないなんて言われたんだ。だったら、敵として正面から戦ってやる。
「ほら」
小山は手を差し出した。
俺はその手を取って、立ち上がる。
「大丈夫よ。櫻てまりのことなんか考えていられないくらい、こき使ってあげるから」
そう言うと、小山は底意地の悪そうな顔で笑う。
その仕草が俺を励ましているのだと思うと、傷ついた心を埋めるように俺の心に何とも言えない気持ちが浸透する。
「ふふっ、何泣いてるのよ」
「泣いてなんか、ない」
見られないように、顔を拭う。
これは、違う。別にフラれて悲しかったとか、励まされて感傷的になったとかじゃない。
きっと、小山を照らす夕日が変に演出したせいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます