第2話 璃条高校生徒会

「では、続いて『校内にカラオケスペースを作ってほしい』という要望です。私としては、校内に設置する娯楽施設としてはふさわしくないかと。皆さんはどう思いますか?」


 小山が、目安箱から取り出した紙を丁寧に読み上げる。


「えー! いいじゃんカラオケ! てまり、一日中カラオケやりたい!」


「でも、他の人の迷惑になっちゃうから…… それに、てまりちゃん授業受けなくなっちゃうんじゃないかな?」


「うん! 受けない!」


 何も知らない学校外の人が聞いたら、小学生が『学校に置きたいものランキング』でも話しているのか、だなんて馬鹿にされるだろう。しかし、そんなことはない。

 ここは生徒会室。彼女たちは生徒会の一員で、話されている内容も立派な議題の一つだ。だとしても、自分の置かれた状況に思わず苦笑してしまう。


「倉松君。笑っている暇があるならあなたも意見を出してよ」


 見逃さなかった小山が俺をたしなめる。


 はぁ。俺の放課後はこんな会議のためにあるわけじゃないのに。かと言って家に帰ってもソシャゲをやるくらいだが。

 嘆息するのは心の中だけにしておいて、適当な返事をする。


「だめなんじゃないか? カラオケなんて、個室で何するかわかんないだろ」


 校内で簡単に利用することのできる密室。まして、カラオケ部屋なんてのは外に音が漏れないようになっている。

 利用するのは、年頃の少年少女たち。カップルが利用することがあるなら、後はもうお察しの通りだろう。


「なに……⁉」


 発言を聞いた対面の少女が顔を赤面させる。

 そんな可愛らしい反応を見せるのは、雛田光梨。会計担当。

 低身長で、童顔な雛田はその雰囲気とよく合う、頭上で小さく結われた茶色寄りの二つ結びが可憐な雰囲気を作り出している。


 そして特質すべきは、似つかわしくないほどに暴力的な大きさの双丘。

 控え目で優しい性格なのもあり、その愛嬌は生徒会でも随一。俺なんか、もう半分くらいはマスコットキャラクターだと思っている。天使の。


「もー何想像したの、ひかり? このむっつりすけべめ」


「すけべっ……!?」


 からかわれた雛田は、さらに顔を赤くさせる。恥ずかしそうに顔を隠したが、真っ赤な耳は隠れていない。かわいいね(にっこり)。


「てまりはそんなこと思わなかったけどね~」


 そう言って雛田を執拗にからかう少女は俺の隣の席から、つまり雛田の斜め前の席からわざわざちょっかいをかけている。


 自らをてまりと呼称する彼女は、櫻てまり。

 色の薄いピンクで彩られたショートの髪が特徴的で、爪にも鮮やかな色が塗られている。細部まで手入れのされたそれらからは、お洒落に人一倍気を遣っているのが窺える。

 実際、彼女はどっかの雑誌でモデルをやっていたりする。もし人気女子ランキングがあったら五本の指では入るだろう。

 その一人称から垣間見えるように、我が道を進むタイプで、副会長というポストは彼女の性に合っていると言える。


 そんなてまりは今や身まで机に乗り出して、赤面する雛田をいじり続けている。むっつりすけべな雛田ちゃんはかわいいね(にっこり)。


 ごほん、と空気を変えるべく、小山が大きめな咳払いをする。


「では、この案は却下ということで。それでいいですか、会長?」


 小山は、一番窓側の席に目を向ける。

 彼女の視線の先。窓辺の席に座る人物は残念そうに口を開く。


「んー、仕方ない! 光梨ちゃんがそんなところに遭遇したらかわいそうだしね~」


 そしてニヤニヤ顔で雛田にキラーパスを投げる。

 余程恥ずかしいのか、『そんなところ』を想像してしまったのか、雛田は耳まで赤面させた顔を俯かせる。


「会長まで雛田さんのこといじめないで下さいよ!」


「あはは」


 会長、と呼ばれた彼女は楽しそうに顔を綻ばせる。

 その後ろには大きく『第七十二代生徒会長 竹森紗菜』の文字が掲げられている。

 この学校の全校生徒の上に立つ、唯一の王。

 そんな大層な身分とは裏腹に、彼女の服装はラフ極まりないものだ。色濃く染められたブロンドの髪は遊ぶように巻かれ、やりたい放題に改造された制服が彼女を専用に彩っている。


 そんな会長は、他が一年生の中、たった一人の三年生。

 これでも学校のために、最も尽力している、らしい。いつもふざけた姿しか見ないのだが。


「では、校内にカラオケを作るのは却下で。わかりましたね、会長?」


「ひゅ、ひゅ~」


 会長は誤魔化すように下手くそな口笛でお茶を濁しにかかる。

 入学してそろそろ三か月くらいの生徒に釘を刺されている姿からは、生徒会長の威厳なんてどこにもないのだが。


「またそんな顔して! 急にファッションショーしようって言い出して、体育館をファッションショーの舞台に作り替えたの、先週の話ですからね!」


 小山が早口でまくし立てる。

 いやあれは困った。体育の授業で体育館行ったら、立派な舞台が待ち構えていたのだ。

 おかげで、その日はすみっこの方で延々とストレッチをやらされた。運動をしたかった陽キャたちが誰もいない舞台を恨めしそうに見ていたのは、記憶に新しい。

 会長は頭の後ろに手を回し悪びれて見せる。


「ごめんごめん。……でも楽しかったでしょ?」


「たのしかった!」


 会長の問いかけに雛田が意気揚々と返事をする。


 いや、楽しそうだったけどな。見麗しい会長とてまりの歩く姿は他の参加者の中でも一段と映えていたし。体育館に多くの生徒が集まって相当な人気だった。

 恥ずかしいと言って雛田は参加してなかったが、てまりに撮影係を頼まれ、舞台に目を輝かせていた。


「そういう問題じゃないです! 授に支障が出たんですよ!」 


 片や、小山に内緒で開催されたファッションショーに彼女は怒りの形相だ。


「大体、会長がしっかりしないとダメなんですよ! 『会長特権』は遊ぶためにあるものじゃないですよね!」


 『会長特権』。

 この学校に存在する、唯一の特権。代々会長だけに引き継がれる、より良い学校生活のための権利。

 その内容は、何をしてもいい。それが学校のため、学生のためなら許される。

 資金面は著名な卒業生から出ているとからしく、学校を思い通りにできる権利なんてものが存在してしまっているのだ。


 その恩恵に与ろうと、目安箱には毎週のように普通では考えられないような意見が投函されるし、生徒会はそれを精査しないといけない。

 生徒の意見を取り入れるのが生徒会。しかし、最終決定権は会長にある。

 生徒会長になるには他とは違った基準があるらしく、残念ながら今期はそれに値する人物がいなかった。


 そのため、三年生ながら生徒会長として続投されることになったのだ。

 今の自由な校風は会長の影響だ。自由に権力を振りかざし、じゃぶじゃぶと金を使う。そんなスタイルが生徒に伝播したとかなんとか。


 ……あれ? 権利、悪用されてないか?

 完全に権利を私情で行使しているのである。しかも頻繁に。

 そしてその度に小山に怒られている。

 今日もいつものようにお説教の時間かと思われたそのとき、ノックの音が空気を変えた。


「すみませーん」


「はーい」


「ちょっと⁉ まだ話は終わってないですよ!」


 会長は小山の声を無視すると、そのまま目にも留まらぬ速さで、部屋の扉へと駆けつける。


「すみません。今大丈夫ですか?」


「うん大丈夫! どうぞ!」


 会長に了承され、入って来たのはとある男子生徒だった。

 部屋へと通され、入ってすぐにあるソファーに案内していく。

 その後ろでは小山が何か言いたげな顔で控えているのだが。何が大丈夫なのだろうか。

 全員がソファー周辺に座ると、代表して会長が訊ねる。


「それで? 何の用?」


「実は俺、好きな人がいまして……」


「へぇ! いいじゃない」


「それで、告白の手伝いをお願いしたいなって」


 そこまで言うと男子生徒は、耳にはめたピアスを光らせる。

 いや勝手に光って見えただけなのかもしれない。輝かしい青春を送っている生徒が俺には光って見えた。


 はー。そんなんで生徒会に頼って来るんじゃないよ。自分でやれ。

 俺の心は冷める一方なのだが、女性陣は乗り気のようで、積極的に話を聞いている。


 てまりなんかこの手の話が好物なため、根掘り葉掘り質問を飛ばしている。

 馴れ初めとか聞く必要ないだろ。冷やかしならさっさと帰ってほしいのだが。


「どんなシチュエーションとか決めてる?」


「いやまだ、具体的には。そこも相談したいなって思って」


「ふーん。定番は――」


 告白の手伝いなんて手慣れたものだ。

 というのも、会長の性格と人望からかたまにこうやって、何かに困った人が相談に来るのだ。それを会長が権力と人手を総動員して、解決に導く。

 なんてやっていたら、いつの間にか、生徒の悩みを解決するのも生徒会の役目になっている。

 

 中でも、色恋沙汰というのは、学校生活の中では頻繁にあるらしく、相談も多い。クラスの子とか。憧れの先輩だとか。成功することも、失敗もあれば、成功した後に数日で別れたって報告が来たりだとか。

 

 そんな告白する機会あるのか? 相談がある度に思う。

 いや、俺も色々あったので人のことは言えない。だとしても、もう終わったことだし、もう興味がない。ましてや他人の恋愛事情なんて。

 

 俺の気持ちなんてこの場では何の効力もない。話は勝手に進んでいく。


「相手の子はどんな子なんだい?」


「サッカー部のマネージャーです。あ、もしよかったら見に行きます?」


「お、いいね! 行こう!」


「てまりも行く~」


「わたしも行きます!」


 そうして残されたのは俺と小山の二人だけ。

 生徒会室に沈黙が流れる。

 この状況が、俺と小山の二人だけという事実を如実に表している。


は行かなくて良かったの? 櫻てまりと復縁するいい機会じゃない」


 沈黙を破ったのは、小山の冷えた声だった。

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