生徒会の小山怜が俺だけに厳しい
暁ひよどり
第1話 生徒会の小山怜
こんな高校生活を待ち望んでいた。
誰もが羨むかわいい彼女と手をつないで歩く、夕暮れの帰り道。
人に見られ縮こまることもなく、むしろ堂々と見せびらかすように彼女の隣を歩く。
ここまでの努力が報われたのだ。
というのも、準備した甲斐もあって、高校デビューが大成功。
教室の隅っこ暮らしだった暗黒の中学時代には別れを告げ、今ではクラスの友達とバカやって楽しい日々を送っている。これぞ、夢にまで見た『青春』の形だ。
といってもまだ入学して二ヶ月が経ったくらい。高校生活は始まったばかりだ。
これから様々な学校行事が目白押しだ。むしろこれからが本番だと言ってもいい。
既に毎日が充実しているのに、さらに楽しい毎日が待っている。そんな気持ちにつられてか、繋いだ手が上機嫌に揺れる。
こんなに楽しい生活が続いたら、俺は一体どうなってしまうのだろう。
――なんて憂いは一瞬で吹き飛ぶことになる。
突然、手が後ろに引かれるのを感じた。
何かと思って振り返ると、彼女が急に立ち止まったらしい。
繋いでいたはずの手は離され、俺と彼女の間で行き場をなくしている。
どうかしたのだろうか。
彼女の顔を見て目を疑った。
そこにあったのは、不満の表情だった。
「なんか違うんだよね~。別れよ?」
そして、脈絡もなく別れの言葉が発せられたのだった。
※
「起立。気を付け。礼」
教室に澄んだ声が響く。その号令に合わせて適当に一連の動作を済まし、再び席に着く。
鞄の中からヘッドホンを取り出し、装着。そのまま机に伏せて寝たふり。
見る影なんてどこにもない。そこにいるのは、影に徹する陰キャの姿だった。
あの日、フラれたのを境に、俺の輝かしい高校生活は終わった。
彼女に振られたショックで、だいぶ無理をして被っていた陽キャの皮は全くダメになってしまった。
中から出てきたのは、中学の頃と同じ陰キャの俺。
その変わりように誰もが驚き、気づいたら周りには誰もいなくなっていた。
その間、なんと二ヶ月。陰キャバレタイムアタックの最速記録なのではないだろうか。そんなタイムアタックなんてあってたまるか。
青春とは残酷なもので、陽キャの輪に戻る気力はなく、かと言って他のグループに参加するにはもう遅く、学校に俺の居場所はなくなってしまった。
その結果生まれたのが、休み時間でさえ寝たふりをして過ごすだけのチー牛だった。
いや、チーズ牛丼はうまいからな? チーズ牛丼に罪はない。あるとしたら、自分を偽っていた俺だ。
横目に視線を巡らす。視線の先では、黒縁メガネをかけた三人がスマホを片手に笑い合っている。
あーあ。高望みなんてしなくて良かったのに。俺も何人かの友達と仲良くできれば、それだけで学校が楽しかっただろうに。
もう学校に来ても何も楽しくない。むしろ辛い時間な分だけ、体感時間が長く感じる。
しかも、さらに問題がある。俺が学校にいないといけないのは、授業だけではないのだ。
中途半端に陽キャの真似事をした俺には、化けの皮が剝がれ落ちた今でも、生徒会役員『庶務』という面倒な役職がこべり付いている。
生徒の模範みたいな役は、陰キャの俺にはどう考えても身の丈に合わない枷になっているだけだった。
その場のノリで申し込んだら当選しただけなのにな。二ヶ月前は、まさかこんなことになるなんて思ってなかったとはいえ、なんてことをしてくれたんだ。
だが、この学校『璃条高校』の生徒会というのはそれなりに権力がある。一応学校の中で権力を持っていると考えたら、悪い気はしない。
しかし、そんな肩書きもクラスの中では無力。
なんなら後ろの列の端っこの席で過ごす俺は、せめてこれ以上クラスの空気を乱さないようにと、ただひっそりと暮らすばかりだ。
生徒会役員が学校に馴染めてない、というのはどういう事なのだろうか。むしろ俺が聞きたい。
ただこの席は邪魔になることも、気にされることもない。その点、過ごしやすい席だ。
こうやって机に寝そべって、寝ているふりをしていても、目立っていないように思える。
「ぎゃははは」
つけたヘッドホンを、笑い声が貫通してきた。
寝返りを打つように、声の方向に目を向ける。
見えるのは、男子数人で構成された陽キャの集団。
何かあるわけでもないのに盛り上がり、雑談をしているだけっぽいのに何やら騒がしい。
彼らの作る陣形。その中にはもう俺の収まる場所はない。まるで、最初からそうだったかのように。
なんとも言い難い気持ちが胸に込み上げて、視線を外す。
その隣で集まっているのは、女子の集団。
ノリのいい女子で構成されているのもあり、陽キャ男子と共に話している姿を目にすることもある。
俺が陽キャだったときには、両方とも絡みがあったんだけどな。今ではあいつらと話すことが一大ニュースになってしまった。
彼らは明るめの髪であったり、派手な色のパーカーを羽織っていたりと視覚的に目立つ存在だ。
あいつらの作る雰囲気が、そのままクラスの雰囲気になるし、俺らのクラスの顔って言ったらあいつらになるのだろう。
その中でも、一人の女子に目が行ってしまう。
艶を放つ整えられた長い黒髪。すらっとした体を包む、きっちりと着飾った制服は彼女によく似合っていて、まるで学校紹介のパンフレットにでも載ってそうだ。
化粧っ気も感じさせないシンプルに整った顔も相まって、受けるイメージは模範生徒の具現化。
周りと比べると、どこか気品を感じさせる。他と比べると明らかに異質。
そんな彼女は小山怜。
真面目そうな部分は、見た目だけではない。
普段からクラスのために尽力し、志の高い彼女は、そのまま生徒会役員に当選。書記として、日々学校を支えている。
清楚でかわいいし、気配り上手で性格もいい。人気が出ないわけがない。
たまに男子から噂されているのを聞くし。一番目立っているのが彼女だろう。
いやー、本当に完璧。非の打ち所がなんてないように見える。
なんて思いながら小山を眺めていると、不意にこちらを見た彼女と視線が合った。
まずい。
慌てて、視線を頭ごと反対側に向ける。
だが、その数秒後。
肩に優しく、トントンと何かが当たる感覚。
「急にごめんなさいね。今、平気?」
振り返ると、そこにいたのは他でもない、小山だ。
「……おう」
クラスで小山に話しかけられることなんか、まずない。
驚きのあまり、間の抜けた声が口から漏れた。陰キャの俺にはこれが精一杯だ。
「今週の会議の準備をしたいのだけど、今日の放課後って空いてたりする?」
何かと思ったら仕事の話だった。
そりゃそうだ。いや、そうでしかないのだが。
「あー、いや、今日はちょっと用事が」
「?」
言葉を濁す俺に、小山は小首を傾げて先を促す。
いや、本当は用事なんてない。でも、急に頼まれる仕事なんて絶対ろくでもないものに違いない。できるなら回避したい。したいのだが、
「そうなの?」
「あー、えーその……」
純粋な眼差しが俺を貫いて、言葉が出てこない。
口を濁していると、ふいに、小山が近づいてきた。
その整った顔立ちが、近づいてくる。
どこからか漂ってくる爽やかな、けれど甘いような匂いに身体が固まってしまう。
やがて、耳打ちするような姿勢になった小山が、囁く。
「……いいから来なさい。いい? これは『命令』よ?」
澄んだ声。しかし、背筋がゾクゾクするような冷えた声色に、首元に刃物を突き付けられたような気分になる。
小山はそれだけ言うと正面に向き直る。その顔は、上機嫌に微笑んでいた。
「それじゃあ放課後に生徒会室で。お願いね!」
「は、はい」
俺の捻り出した小さな返答を確認すると、小山は元いたグループのところに戻っていく。
戻った小山は、頻繁に笑ったり、たまに冗談半分に怒ったり。
そこには、冷えた声色を発した恐ろしい少女の姿はどこにもないように見えた。
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