本心が願った結末

 ケンゴは虚ろな目つきで、高層ビルやマンションが輝く夜景を眺めていた。

(オレの人生はここまでか)

 窓越しに室内を見る。

 テーブルの脇にうつ伏せに倒れている女性……マヤだ。ピクリとも動かない。少し離れた位置に包丁が落ちている。


「お……おい、マヤ。それはなんだ! どういうことだ!」

 数分前の出来事を回想するケンゴ。

「この恩知らず」

 マヤは以外な言葉を放った。

「あなたを楽にしてあげようと思ったのに」

「!?」

 ケンゴは理解ができず唖然あぜんとする。

「苦労して車に細工までしたのに」

「細工? ま、まさか、あの事故!」

 マヤは笑みを浮かべる。しかし、その目は冷たく虚ろだ。

「一人、生き残るし、あなたは私なんて眼中ないないし……ホント、最低!」

 ゆっくりめ寄るマヤ。

 後ずさりするケンゴ。

「じゃあね」

 包丁を突き出して突進してきたマヤ。

 ケンゴはかわしながら、マヤを突き飛ばした。ゴン。倒れた方向が悪かった。マヤはテーブルの角に頭を激しくぶつけた。しばらく痙攣して……そのまま動かなくなった。


(正当防衛……だろうが、もう、どうでもいい)

 この部屋で生きているのは自分だけ。寝室の娘も……おそらく。

 十階のベランダから下を見る。

(飛び降りれば、家族に会えるのだろうか?)

 クスリが原因なら自分の責任だ。家族は天国かもしれないが自分は地獄かも、そう思った。

(いずれにしても、生きてる意味はない)

 結論は決まっていた。椅子をベランダに移動し、その上に立つ。手すりに足を掛けた、そのとき……。


 プゥルッ、プゥルッ。

 突然、家の固定電話が鳴った。


 我に返るケンゴ。

(実家か?)

 母はいつも固定電話に掛けてくる。

(お別れぐらい言っておくか)

 ケンゴは倒れているマヤを横切って電話に出た。


「……あなた! しっかりして。目を覚まして」

「……!?」

 悲壮な女性の叫び声が聞こえる。

 誰だ? 聞いたことがある声。母じゃない、この声は……アリサ!

「おい、アリサ! そうなんだな!」

 電話を強く握り叫ぶケンゴ。しかし、声は届かない。

 発狂ともとれるアリサの叫び声。ケンゴも必死に叫ぶ。


 ピシャ。突然、強くぶたれような痛みを感じ、目を閉じた。

「目を覚ましなさい!」

 その声は直接、自分の耳から聞こえている。

 まぶたを開くケンゴ。

 目の前には泣きながら手を振りかぶっているアリサがいた。

「わ、分かった! もうぶたなくていい」

 両手を振りアリサを制する。

「何やってるの、ケンゴ!」

 ベットの上で泣き崩れるアリサ。


 そこは、寝室だった。

 アリサは手に小瓶と紙切れを持っている。ケンゴはそっと紙切れを手から抜き取った。

『青いクスリの効果が強すぎる場合、すぐに赤いクスリを摂取してください』

 そういことか。

「アリサ……ごめん。お前がクスリを飲ませてくれたのか?」

 顔を上げてうなずくアリサはぐじゃぐちゃの泣き顔。

「うなされてるし……『死ぬしかない』とか言い始めるし、訳わかんないよ」

 偶然、テーブルにあったクスリを見つけたのだ。

「すまない! オレが全部悪かった!」

 深く頭を下げるケンゴ。

 泣きやみ、呆然としているアリサ。

 ケンゴは、そんなアリサの両手を引いて強く抱きしめた。

「全部、全部……オレのせいで。決して、お前たちを離したりしない!」

 ふるえてむせび泣くケンゴ。

 状況が分からないなりにも、アリサはケンゴの本心をみ取った。

「私もちょっと優しさが足りなかったかも」

 その言葉を聞いたケンゴは我慢できず、大声で泣いた。


「じゃあ、いってくる」

「行ってらっしゃい」

 早朝の出来事が嘘のように平穏な朝食。しかし、前日までの殺伐とした雰囲気ではない。

「今日も飲み会?」

「いいや、今後、飲み会は厳選する」

 玄関まで見送りをするアリサ。横で「パパ、いってらー」と手をふる娘。

「じゃあ、今晩はご馳走ちそうを作っておくね。お祝いで」

「何の?」

「係長昇進、ちゃんとお祝いしてなかったから」

「へへ、そうだな。残業なしで帰ってくるよ」

 こんな当たり前の会話が、なぜできなかったのだろう。

「パパ、しっかり稼いできてね~」

 娘がどこで覚えてきたのか分からないワードを口にする。

「こらっ」

 とアリサに叱られる娘。


 駅まで歩く途中で橋本に電話を掛けた。

「朝から電話なんて珍しい」

「お前のせいで、大変だった」

「オレのせい?」

「あのクスリだよ」

 川沿いの小道には学生や出勤中の人々が歩いている。

「昨晩、使ったのか? 酒を飲んでるときに使うなって書いてなかったっけ?」

「無視した。おかげで荒療治になった。今日、時間あるか?」

「じゃあ、昨晩の居酒屋で……」

 橋本が言い終わる前にさえぎるケンゴ。

「飲みはなしだ。昼飯でたのむ。その代わり、今日はおごってやる」

 不思議そうに「いいけど」と橋本。

「そうだ、ケンゴ。お前に謝らないと。今朝、オフクロから電話があったんだけど……」

「なんだ?」

「あれ、願いを叶えるクスリじゃなかったらしい」

「マジで?」

「『自分の本当の思いを知るクスリ』なんだって」

「ハハ……納得だ」

「オフクロ、お前のことを心配してたからさ。『真理は与えられるものじゃなく自分の心の中にある』とかなんとか……哲学的なことを言ってたな」

「違いない。お礼言っといてくれ。じゃ、昼に」


 都会の細い小川に、日の光がまぶしく反射している。

 片手で光を遮りながら電話を切り、ケンゴは駅へ向かった。


(了)

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衝動と冷静の先に…… 松本タケル @matu3980454

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