扉の先のお話
夏山 月
第1話
「よお、嬢ちゃん」
扉を開けると古めかしい昭和を感じさせるようなバールームが広がっており、少し低い声が響く。
「なんだよ、その昔見たピエロが目の前にいるかの様な反応は。」
「俺がここにいるのがそんなに不思議か?」
目の前にはバーテンダーの格好をした髭が似合う長身の男性がカウンターに肘をついている。
「だって、あなたはあの時...」
「まあ、いいじゃないの。」
「それで、嬢ちゃんの目的はこの扉の先だろ?」
男性が指さした方向にはなんの変哲もない木製の傷が目立つ扉とスタッフルームと札がぶら下がっている扉がある。
彼がどちらを指差しているのかなど明白だろう。
「別に行くのは構わないんだが、一つ聞きたいことがある。」
「なんで今じゃなきゃいけないんだ。もしかしたら昨日誰かが行ってくれたかもしれないし、明日
誰かが行ってくれるかもしれない。それなのになんで今日のこの時間で嬢ちゃんじゃなきゃ行けないんだ?」
「理由なんてないわよ。例えばだけど、公共のボランティアをするのに誰かでなきゃいけない理由なんてある?そういうことよ」
「まあ、たしかに理由にはなってるな。じゃあ最後に人生の先輩からのアドバイスだ。こういうのは案外覚悟を決めずに行った方がなんとかなったりするもんだ。あの扉の先には誰もいやしない。だから嬢ちゃんが覚悟を持って恐怖に耐えようが泣きじゃくりながら逃げ回ろうが結果は変わりやしないんだ。だから最初の一歩の覚悟さえもっときゃ後はなんとかなるもんだぜ?」
そんな話を聞き、扉を開け放つ。
しかしそこには掃除用具やら雑貨やらが置いてある倉庫のような所であった。
「ほらな、覚悟なんて決めない方がよかっただろ?」
「どうして?」
「どうしても何もないだろう。じゃあ、そろそろ店じまいだから嬢ちゃんもこのジュース飲んだらとっとお店出るんだな」
そう言うとぶどうと書かれたプラスチック容器の液体を氷と一緒にグラスに注がれ、カウンターの上に移動させる。
私はそれを飲み干すとお店を出ることにした。
「やっと、行ってくれたか」
そう口からこぼす。
スタッフルームと書かれた札がカタリと音を立てて落ちる
「やっぱり、つけたばかりじゃ簡単に落ちちまうよな」
男性はそう言うと札をカウンターに置きスタッフルームであるはずの扉に入っていった。
扉の先のお話 夏山 月 @tukinatuyamano
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