第4話
彼女は困ったような笑みを浮かべているのは変わらないが、その顔は林檎のように真っ赤に染まっている。
しかしその一方で、彼女の纏う雰囲気がどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「ど、どうしてここに……?」
「あ……、その、大事なメモ帳を、机の中に仕舞いっぱなしにしてたの、忘れてて……。それで、急いで取りに戻ったら、その……」
「な、なるほどな……。ちょうど俺が音声を聴いてた場面に遭遇した、と」
「う、うん……っ!」
顔を真っ赤にさせたままの彼女はこちらを見て何度もこくこくと頷くが、正直俺の心の中は穏やかではない。
「ち、因みにどの辺りから……?」
「え、えと……、『告白、失敗しちゃったんですよね』の辺りから、だね」
「オゥ…………」
終わった、と思いながら俺は両目を片手で覆って天を仰ぐ。
ということはだいぶ序盤の方から藍原さんに音声を聴かれていたのだろう。おまけに作品内の後輩ちゃんからの問い掛けに対し、テンションが上がって興奮した俺が勢いよく返事をするという今思えば虚無感満載の行為までも、だ。
というか声真似上手いな、と思いつつも、内心慌てていたせいか絶賛情緒不安定(微)である。
Q.今現在俺の胸の中から止め処なく溢れている、この形容しがたい複雑な感情はなんでしょう?
A.ク ソ デ カ 羞 恥 心☆
思わず床をのたうち回って悶絶したくなる気持ちに襲われるが、なんとか自制心を保つ。あっ、内唇ちょっと噛んだから血の味がする……っ。
「と、とりあえず教室に入ろうか……?」
「あ、う、うんっ。そうだねっ!」
この後どうするのかは特に決めていなかったが、このまま廊下で話すのはなんだか気まずい。僅かに声を震わせながらそう促すと、彼女は何故か気分良さげに教室へと足を踏み入れる。
俺は教室の扉をしっかりと閉め、改めて彼女の方へと振り返った。先程の反省を活かしながら声のボリュームを落として今後のことを話そうとしたが、次の瞬間、藍原さんは驚愕の言葉を口にする。
「そ、それにしても、梅野くんが
「…………え?」
「しかも、『
「……ん、ちょ、ちょっと待って!? えっとごめん、正直全然理解が追い付いてないんだけど……?」
「あ、あぁ、そうだよね梅野くん……っ! 一人で納得してごめんね……!?」
未だ頬に朱が差している藍原さんは、慌てたように手をパタパタとさせるもその表情はどこか嬉しそうに綻んでいる。
一方の俺はというと、全く訳が分からなかった。俺はてっきり男性向けASMRバイノーラルサウンドを聴いていることが藍原さんに知られて完全に引かれるかと思っていたのだが、そんな気配も無い上に、逆にまるでその存在を知っているかのような口ぶりである。
おまけに、先程の藍原さんの"これまで頑張ってきて良かった"という謎の発言。
困惑しながらも戸惑いの表情を浮かべるしかない俺だったが、藍原さんは顔を真剣な表情へと変え、続けてさらに衝撃的な言葉を言い放った。
「―――あのねっ、私が『
「…………へぁ?」
彼女の言葉に俺は頭の中が真っ白になる。
思わず変な声が洩れてしまうが、俺の推しASMR配信者を名乗る人物が目の前に急に現れたら思考が停止してもおかしくはないだろう。ステイステイ落ち着け俺。
軽く深呼吸を行なう。よし、となんとか気を取り直した俺はこほんと一つ咳払いをした。
「あのさ、藍原さん」
「は、はい……っ!」
「流石に冗談で男心を弄ぶのはどうかと思うぞ?」
「そんなぁっ!?」
藍原さんは俺に信じられなかったことがショックだったのか、がーんと擬音が付きそうなほど表情を歪ませて涙目になった。
「ほ、本当なのに……っ!」
「いやさ、『
「え、えへへ、美少女だなんてそんな……! あ、そ、それなら、これならどうかな?」
そう言って制服のスカートのポケットから取り出したのは自らのスマホ。素早く指で液晶画面をタッチして操作し、俺に見せてきたのは有名SNSアプリのプロフィール画面だった。
「わ、私が持ってる『
「オゥ……」
何故か敬語なのは気になったが、確かにそこには『
やんわりと
「ど、どうかな。梅野くん、信じてくれた?」
「まだだ、まだ終わらんよ……っ!!」
「あれ、意外と強情だね!?」
戸惑い気味な彼女からツッコミが入るも、まだ最後の砦は残されている。
「ならさ、動画投稿サイト内にアーカイブは残されてないけど、『
「え、えぇ……」
藍原さんは困惑した様子を見せながら恥ずかしそうに声を洩らす。
『
因みに配信内容は日常で起こったことやコメントの返しといったフリートークである。リスナーからのコメントでシチュエーションを募集したり言って欲しいコメントを読み上げたりするので、そんな日は夜更かしをして俺も聴いていた。
ぶっちゃけプロフィール画面を見せられた時点でもう既に決定打なのだが、まさかこんな身近に『
自分でも矛盾していることを言っているのは自覚しているのだが、未だ目の前に『
「ほ、本当に言うの……?」
「あぁ、藍原さんが本当に『
「うぅ……、あ、あれ、ホントはものすごく恥ずかしいんだけど……」
彼女は思案するように俯いて、もじもじと身体を小さく揺らす。やがて覚悟を決まったのか、上目遣いでこちらを見つめると、とある挨拶のフレーズを言い放った。
「にゃんこすにゃんこす~♡」
「あっ信じます」
「変わり身が早いよ!? で、でも信じてくれてありがとう、梅野くん……!」
ふわり、と藍原さんは教室では見せないような満面の笑みで微笑む。手を伸ばせば触れられる距離でそんな表情を見せられた所為か、不覚にも胸がどきりと揺れ動いた。
咄嗟に藍原さんから目を逸らして視線を彷徨わせた俺は、気を取り直すようにして慌てて口を開いた。
「で、でもどうして正体を明かしてくれたんだ? 俺が『
「あ、朝のホームルームが始まる前……、すっ、凄く綺麗な声してるって言われて嬉しかったからっていうのもあるけど……。元々、梅野くんには私の秘密も知って欲しいって思ってたし……」
「え、なんで?」
うぅ、と呻きながら俯いているので残念ながら彼女の表情は良く読み取れないが、耳はとても真っ赤だ。暫く言い淀んでいた藍原さんだったが、やがてぽつぽつと口を開いた。
「にゅ、入学式のとき、覚えてるかな……?」
「あ、あぁ、藍原さんが猫のキーホルダーを落としたから拾ったんだよな」
「あれね、小さい頃に病気で亡くなったお母さんがくれた大事な物だったの」
「……そうだったのか」
「ありがとう、ってすぐに言いたかったけど、私、現実では臆病で引っ込み思案だから……。碌に感謝も伝えられないまま、教室に向かう梅野くんの背中を見つめるしかなかったの」
確かに、あの時は高校生活に馴染めるかどうかで不安と緊張ばかりだったから、彼女にキーホルダーを渡してそそくさと教室に向かった記憶がある。
今思えば一緒に教室へ向かえば良かったのだが、今更考えても遅いだろう。
「そんな性格の自分を少しでも変えたくて、ASMRの配信を始めたんだ。色々大変だったけど、たくさんの人に声を褒められたり応援されるのは、なんだか認められた気がして嬉しかった」
「……そっか」
「そんなとき、二年生のクラス替えで梅野くんと一緒のクラスだって知ったときはすっごく嬉しかったの。あれから、学校で梅野くんを見掛けるたびに目で追ってたし……、その……」
「ん……?」
不意に言葉を詰まらせるも、やがて彼女は顔を上げて力強い瞳でこちらをじっと見つめた。
「―――う、梅野くんのことが、ずっと好きだったから……!」
「…………!?」
「そ、それで、あの……っ。つ、付き合って下さい!!」
まさかの唐突な告白に俺は目を見張る。勢いで言った感は否めないが、その言葉には真剣な思いが込められているのが分かる。
俺の推しである『
怒涛の展開に対し戸惑いはあったものの、異性からの初めての告白は不思議と嫌な気分じゃない。寧ろ嬉しいまでもある。
だからこそ、真摯に言葉を選んで返事を返さなければいけないだろう。
「俺、『
「……うん」
「でも、これからどんどん藍原さん自身も好きになっていけたらって、思う……! そのっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「ほ、本当?」
「うん」
「夢じゃない?」
「うん、現実」
「よ、良かったぁぁぁ……っ」
ほっ、と心の底から安堵したように笑みを浮かべる藍原さん。そんな彼女の様子を見ていたら、いつの間にか強張っていた身体の緊張がほぐれた。
きっと、この湧き上がる暖かな気持ちは『
―――そうして俺たちは晴れて恋人同士となった。俺と藍原さんが二人きりで放課後に出会ったのは、完全に偶然という他ないが、この出会いに感謝しつつ彼女の笑顔をこれからも大切にしていきたい、と強く思った。
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俺の隣に座るクラスメイトが推しASMR配信者だった件。~目立たないけど実は可愛くて努力家で声も綺麗な美少女から告白されたんだけど!!~ 惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】 @potesara55
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