茜色した思い出へ 〜学者峯岸浩太郎の追憶〜

達見ゆう

思い出へ浸る、からのまさかの事実判明

 今日はラボに出勤日ではなかったので家でひたすら論文を書いている一日であった。Twitterをついつい開いてたりしてつっかえながらも七割くらいは書けたからまあ、良しとする。

 窓を見るともう夕方であり、茜色の夕焼けが広がっていた。僕は茜色の夕陽を眺めながら、ぼんやりと思い出していた。


 あれはまだ日本にいて、中学生の頃だった。一時期夕焼けが異常な赤さに染まったことがある。当時はまだ大予言とか信じられてたから、クラスの中には「終末の始まりか」なんて言うやつもいた。

 そいつ中心に終末論で盛り上がっているグループにヤバみを感じたので、僕はニュースで知ったことを教えてあげた。


「フィリピンのピナトゥボ山が噴火して、火山灰が高く広範囲に広がった影響で空の光の屈折率が変わって、赤く見えるのだって」


 これで騒ぎが収まると思ったら、そのグループの皆に白けた顔をされた。


「お前、つまんねー奴だな」

「だからモテねーんだよ」

「こっちだって、半分くらいはネタと分かってるよ」

「え? ネタだったのか? 俺、マジで滅ぶと思ってた」

「何? 滅ぶワケねーだろ」

「で、でもよお、ソ連崩壊しても新たな脅威は続々と出てくるし、東海大地震だっていつくるかわからないし」

「そうだよ、地震雲とかあるじゃん。この紅い空もそれかなぁって」



 グループは新たな火種で余計にやかましくなった。オマケにバカにもされた。正しいことを言うのが正しいとは限らない。苦い教訓を得た紅い夕焼けでもあった。


 いや、苦かっただけじゃないな。その日の帰り道、まさにその鮮やかな夕焼けの中を歩いていると一人の女子に声をかけられた。地味な僕が言うのもなんだが、地味な子だったので名前は覚えていない。


「峯岸君、今帰り?」


「あ、うん。科学部の帰り。片付けに時間かかって」


「ふうん。それにしても峯岸君って、すごい物知りなんだね。私もこの空の紅さに綺麗だけど、燃える色みたくて不気味に思ってたの」


 普段話しかけられない女子に声をかけられたことにちょっと戸惑いながらも僕はぎこちない返事をした。


「いや、別に。たまたまニュースで言ってたんだよ」


 その子は僕のそんな態度にはお構い無しにまくし立てるように話し続けた。


「ちゃんと覚えているのがすごいよ。私、さっきの皆みたいに大災害の前触れかなって不安だったの。今日のやり取りでカラクリが分かって安心したよ。大自然ってすごいね。空の色まで変えるんだ」


「ああ、これだけで火山の脅威が分かるよ。日本の火山とはスケールが違うね」


「でも、火山のおかげで温泉があるから悪いことばかりじゃないよ」


 彼女はポジディプに返した。いつもだと「真面目でつまんねーな」とか言われるのに。


「それもそうだね。知ってる? 大分だったかな? 温泉の蒸気が街のあちこちに出てくるから、地元の人はそれで蒸し料理しているのだって。卵とか芋とか」


「何それ! 美味しそう! 地元の人羨ましい!」


 そんな感じで楽しそうに相槌打ってくるからその帰り道は楽しかった。そのまま、恋に……と行けば甘酸っぱい思い出なのだが、すぐに見かけなくなった。もしかしたら転校したような気がするが記憶が曖昧だ。

 彼女はなんて名前だったろう、うーん。のりちゃんって呼ばれてたけど、苗字はなんだったろう?



「よぉ、珍しく物思いにふけっているな」


 思い出そうとした所にボブが声をかけてきた。


「いや、ここのところの夕焼けで子どもの頃の鮮やかな夕焼けを思い出して。アメリカではどうだったか知らないけど、フィリピンのピナトゥボ火山の影響で、日本では夕焼けがまるでカーマインかローズのような鮮やかな色になってさ。その話で盛り上がったクラスの女の子の名前が思い出せなくて」


「ああ、そういう思い出ってあるよな。仲良かったはずなのに思い出せないって」


「のりちゃんとかにいちゃんって呼ばれてたような。ん? 変だな、にいちゃんだとBrotherになるな。『ニイ』が付くファーストネームだったのかな?」


「俺は日本人の名前は詳しくないな。って、エミリーさんもニイガキじゃなかったか?」


 そういえばそうだ、彼女の親類かもしれない。いやしかし、新山さんや新谷さん、変わったところでは丹生も「にい」と読むこともある。


 軽い気持ちでエミリーさんに聞いてみよう。


『エミリーさん、父方の親戚で『ノリ』のラストネームもつ女性いない? 名前はそれ以上思い出せないけど、お父さん達は日本のどこ出身? 古い知り合いで『ニイ』とか『ノリ』と呼ばれていた人がいて』


 送信した途端、エミリーさんからの返事がすぐに着た。


『叔母に「ノリコ」さんがいます。父とは年が離れていてコータローさんと同じくらいだと思いますよ。確か祖父達はヨコハマに近いところに住んでいたと。祖父の転勤で一家でアメリカに来て永住権取ったとか』


 ……思い出した。彼女の名前は「新垣典子」。沖縄から転勤で中学入学と同時に来たけど中二の二学期から見かけなくなった。アメリカに転校ならその時期に見かけなくなったのも納得がいく。


 なんてこったい、エミリーさんはクラスメイトの姪だったのか。そして、のりちゃんは今はどうしているのだろう? やはり普通に結婚して母親しているのか、それとも僕同様に独身なのか?


「どうした、コータロー?」


「偶然と人間関係の複雑さに関する考察をしているとだけ言っておく」


 窓を見るとあの時とは違う普通の茜色の夕陽が沈むところであった。















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