タロの恋 🐶
上月くるを
タロの恋 🐶
つくつくほうしが鳴いています。🐤
せせらぎの音が聞こえています。💦
むらさきつゆ草が咲いています。🌺
真っ赤なグミの実が鈴なりです。🌞
ゆっくりと、時が流れています。🌠
日が西に傾くころ、遠くのほうから車のエンジン音が聞こえて来ました。
退屈そうに顎を突き出して地面に腹這っていた、中型の雑種犬・タロは、
――ん?🐶
薄く目を開け、両方の耳を別々に動かして音の正体を知ろうとしました。
そうするうちにもブルルルというエンジン音はどんどん近づいて来ます。
がばっと跳ね起きたタロは、チョコレート色の四肢を緊張させました。
果たして、土ぼこりと一緒に現われたのは、マリンブルーの小型車でした。
タロのいる玄関先に横づけされた車から、背の高い男性が降り立ちました。
反対側の助手席から降りて来た女性を見て、タロは思わず息を呑みました。
ブラウスの腕に抱かれているのは、ふわふわした真っ白い毛の小型犬。🐩
タロは太くて長いしっぽを力強く振り、鼻から抜ける声をふり絞りました。
――キュイン、キュイン、キュイ~ン!
*
その夜、奥武蔵野の丈高い雑木林に、チェロとピアノの旋律が流れました。🎶
*
一泊した音楽家夫妻に連れられて白い小型犬が立ち去ったあと、タロはいつもその犬のことばかり考える犬になりました。潤んだ目をして切なげに喘いでいるタロを、顎に髭を生やした山羊のオバサンと黒豚のカアサンが、心配そうに見守っています。
*
街よりひと足早く秋がやって来ると、そのすぐうしろから冬が追いつきました。
武蔵野の奥のまた奥、知る人ぞ知る一軒宿には、もう訪れる人とてありません。
白い犬を忘れられないタロは、山羊のオバサンや黒豚のカアサンと冬籠り。🍂❄
*
待ちわびた春がやって来ました。🌺
自然の湧水がポコポコ音を立てるようになると、ひとりふたりとお客さんがやって来ましたが、一途に小型犬を想い詰めるタロは、ひとりで物思いに耽るばかり……。
動物好きのお客さんが「可愛いねえ」手を伸ばしても、いかにも仕方なさげに撫でられているので、「何だよ、愛想のない犬だな」つまらなそうに行ってしまいます。
温泉宿の庭の傾斜につくられた動物小屋の、破れた金網から顎を突き出した山羊のオバサンと、短い尻尾を丸めた黒豚のカアサンが、そんなタロを案じています。🐐🐖
*
季節は夏になりました。🌻
ある日、夕立の涼風に乗って、聞き覚えのあるエンジン音が近づいて来ました。
がばっと跳ね起きたタロは、はるか向こうを身じろぎもせずに見詰めています。
果たして……白い小型犬が乗ったマリンブルーの小型自動車がやって来ました。
タロは全身の血を熱くたぎらせ、チョコレート色の被毛から情熱を迸らせます。
気持ちが通じたのか、白い小型犬も女性の腕から解き放たれようとして大暴れ。
――まあまあ、しようがないわねえ。(´ω`*)
スレンダーな赤いロングドレスの女性が腰を屈めてくれたので、大喜びで接近した2匹は、かぐわしい互いの匂いを、黒と白の鼻孔いっぱいに嗅ぎ合いました。🐩🐕
*
その夜、奥武蔵野の温泉宿は、久しぶりにたくさんのお客さんでにぎわいました。
広間で開かれているコンサートのようすは、星空の下に寝そべっているタロの耳にもしっかり届きましたが、昨年に比べると、なんとなくさびしい感じに聞こえます。
ピアニストの夫が入院中で、今年はチェリストの夫人の独奏会になったのです。🎵
温泉宿からの依頼に「ぜひ行っといで」と言ってくれた夫の気持ちに応えようと、精いっぱい心を籠めたチェロのやわらかな音色が、丈高い雑木林に流れて行きます。
星空の下のタロは、館内の白い小型犬を想い、甘やかな気持ちになっています。🌌
*
つぎの朝、白い小型犬はチェリスト夫人の運転する青い小型車で立ち去りました。
小さくなるエンジン音を聞いているタロは、つい先日までのタロではありません。
タロは堅く信じているのです、来年の夏もきっと白い小型犬に会えることを。💕
*
庭の動物小屋では、萎びた乳房を揺らせる山羊のオバサンが草を食み、そのとなりでは、鼻だけピンク色の黒豚の赤ちゃんたちがカアサンの乳首に吸いついています。
――デデーポポー デデー……。
武蔵野名物の雑木林のどこか高いところで、のんびりと山鳩が鳴いています。🐥
温泉宿の玄関先の木蔭で昼寝をしているタロは、まぶたをピクピクさせています。
来年の夏には、ピアノとチェロの絶妙なハーモニーが奥多摩に流れるはず……。🎶
タロの恋 🐶 上月くるを @kurutan
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