遊びじゃない⑥


 敵の右手にはスナイパーライフル【ヴォルカニック】。


 その左手にはショットガン【ヘビィハンマー】。


 二挺ともヘッドショットなら敵を一撃で倒せるほどの高火力武器ではある。


 視界の端に流れるキルログも二人がヘッドショットを決められたことを示している。


 だが――。



「片手撃ちは反動でブレるっつーのに」



 一撃で倒す火力があるといっても、【ヘビィハンマー】は散弾全てがヘッドショットでなければならない。零距離ならともかくメートル単位で離れて片手撃ちでは絶対に二~三発は外す。


 【ヴォルカニック】はもっとだ。反動で異常なほど上振れする。そもそも二脚を使用する狙撃銃である。零距離射撃でもない限り、狙っても頭部にはほとんど当たらない。


 それをやってのけた。偶然か?


 【ヘビィハンマー】の銃口が透哉に向けられた。


 この距離で? 当たったところで二〇のダメージが出ればいい方だ。


 だが今まで培ってきた経験が警鐘を鳴らし、透哉はそれに逆らわなかった。


 屋上から飛び降りるべく地面を蹴る。頭部を守るために頭から身を投げた。


 敵の【ヘビィハンマー】が吠えたのは同時だった。


 放たれた弾丸が射線を切り損なった足に散弾が命中。アーマーの耐久値をほとんど持っていかれる。


 それで確信した。



「チーターか!」



 窓を蹴破って遮蔽の多い建物の中に避難。


 まさかチーターが金にもポイントにもならないカジュアル戦に現れるとは思っていなかった。


 瞬時に頭を切り替えた透哉は【修復剤】でアーマーを回復しながら状況を分析する。


 間違いなく敵は自動照準オートエイム追尾弾ホーミングは搭載している。壁透視ウォールハックもあるだろう。これらはチートツールの標準だ。中級品ならステータス強化ブーストも搭載している可能性がある。


 オプションが割れているのは【インビジブル】だけ。チーターなら【バイタル強化】と【アーマー強化】も積んでいるだろう。それ以外だと機動力を強化する【ホッパー】と【ワイヤー】あたりか。


 こちらの装備は【ヘビィハンマー】と【スカイフレアX】、【籠手】。オプションは【ワイヤー】二つと【ホッパー】、【キャットウォーク】と【インビジブル】。


 チーター相手に一対一タイマン。普通に考えて分は悪い。



「さて、どうするか」



 サブアカウントだから『ウォーカー』に連絡できない。ここで倒しても身元の特定もBANもできない。


 戦ったところで何にもならない。せいぜい一般プレイヤーと同じように通報するくらいか。


 しかし透哉に逃げるという選択肢はなかった。


 あるのはどうすればチーターを倒せるのかということだけ。


 何故ならばチーターとは来栖透哉にとって絶対に許せない存在なのだから。


 逃げるなどありえない。


 透哉の目が、世界王者クルトとしての色を帯びた。



「いくか」



 ストレージから手榴弾を取り出し、それをチーターのいる場所に投げつけた。


 当たれば儲けものだが当たるはずもない。だがずっとこちらを見ているチーターを下がらせることができればそれで充分。


 想定通り、隣の建物の屋上からこちらを見下ろしていたチーターは手榴弾を嫌って奥に下がった。壁透視ウォールハックで位置はバレているだろうが射線は通らない。


 その隙に窓を破って【ホッパー】でチーターのいる建物内に飛び込んだ。


 屋上にいるチーターはクルトの位置を把握できても、何階にいるかまではわからない。


 撃ち合いに絶対の自信を持つチーターなら障害物の多い屋内であろうと踏み込んでくる可能性が高い。


 開けた屋外であれば難しいが、屋内であれば一対一でも勝機はある。


 クルトは二階に身を潜めて待ち構えるが、一向にチーターが近づいてくる気配がなかった。


 【キャットウォーク】で足音を消して移動しているならば遅すぎる。各階の部屋を一つずつクリアリングしているとしても、物音一つしないのはおかしい。


 屋上に留まっている?


 チーターにとって開けた場所であるほど有利だ。だから動かず待っているというのは確かに最適解だが、ツール頼りのチーターにそんな戦術的な動きが取れるものだろうか。


 このチーターはそういう動きができるのだ。


 それを前提にクルトは上階に進んでいく。各部屋を細かくクリアリングするのも忘れない。しかしチーターの姿はどこにもなかった。


 動いていないらしい。


 屋上に繋がる扉を蹴破った。同時に腕で頭を守りながら後ろに跳び、手榴弾を放り投げる。


 扉の向こうから飛んできた弾丸は【籠手】に当たって弾け飛ぶ。手榴弾が爆発してチーターのいた場所を吹き飛ばした。だがダメージは与えられていない。


 【籠手】を解除し、【インビジブル】と【ホッパー】を起動。まだ爆煙が立ち込める中、透明化して屋上へと踊り出る。


 壁透視ウォールハックでは【インビジブル】の透明化は検知できない。


 この十秒が勝負。


 屋上に踏み入った瞬間、周囲をぐるりと見回してチーターの居場所を確認。背後。出入り口の扉の上。


 【ヘビィハンマー】を構えている。位置取りが上手い。通常の戦闘でも有効な手だ。


 チート頼みの有象無象じゃない。こいつはそれなりに場数を踏んでいる。


 追尾弾ホーミング自動照準オートエイムが組み合わされた【ヘビィハンマー】を受けたら一撃でやられてしまう。


 だが見えていることが前提のそれらは姿を消す【インビジブル】に弱いことは知っている。


 【ヘビィハンマー】から放たれた弾丸は通常仕様通り散弾し、その一発も受けることなく、クルトは【ワイヤー】で大きく弧を描いてチーターに迫った。



「っ!?」



 背後を取り、【ヘビィハンマー】を取り出す。武器を手にしたことで【インビジブル】の効果は消失。銃口をチーターの後頭部に押し当てて即座に引き金を引く。マズルフラッシュ。


 だが寸前で気づかれて頭の位置をずらされた。


 それでも半分以上の弾丸は命中。アーマーが壊れる音はしない。【アーマー強化】を複数積んでいることが確定だ。


 チーターは【ホッパー】で大きく距離を取ろうとした。距離を取られるほどこちらが不利になる。


 もう一本の【ワイヤー】でチーターを捕えて離脱を阻んだ。さらに【ホッパー】で前進。【ワイヤー】で引き寄せる力も合わさって一瞬で肉薄する。


 その時点で勝負あった。


 【籠手】を装備し、一瞬でチーターを組み伏せる。チーターはじたばたと暴れるだけでクルトの拘束を振り解くことは敵わない。



「その様子だとステータス強化ブーストまでは搭載してないか」



 もしチーターの方がSTRが大きいなら、こうして抑え続けることはできない。


 使っているチートは安物か。それでも厄介なことには変わりないが。



「強いからって調子に乗るなよ!」



 変声機能を有効にしているのか。機械的な叫び声が響いた。アバターの顔には仮面があるため、表情は見えないが睨みつけられているということはわかる。



「強いからって自分より弱い人を見下して優越感に浸って! ただゲームがうまいってだけのくせにみんなからちやほやされて! さぞ気分がいいだろうな!」


「……は?」



 なに言っているんだこいつ。



「頑張っても頑張っても上に行けない人の気持ちがわかる!? 仕方なく夢を諦めた人の気持ちを考えたことある!? 夢を諦めるしかなくてそれでも何とか自分なりの居場所を見つけたのに、たった一度の間違いで全部失って、絶望する気持ちがお前にわかる!? 自分だけじゃなく家族まで攻撃の的にされる怖さがお前にわかるのか!?」



 クルトは得心した。


 このチーターは元プロゲーマー。もしくはそれを目指して挫折したゲーマーなのだろう。どうしても勝つことができなくてプライドと引き換えに一線を越えた。


 そうまでしても負けてしまい、その悔しさを叫んでいる。


 クルトはその悔しさを理解した上で――



「だからどうした」



 その思いを切り捨てた。



「頑張っても上に行けなかった? 仕方なく夢を諦めた? 一度の間違いで全部失った? 絶望した? 自分と家族を攻撃された?」



 ああ、辛いだろう。悔しいだろう。死にたくもなるし憤りたくもなるだろう。


 自分も失ったからわかる。ネットの悪意に攻撃されたからわかる。


 だけど――。



「そんなもん全部、チートを使う理由になんてなんねぇよ」



 頑張ったから上に行けた。諦めなかったから夢を叶えられた。間違えば立場を失うことなんて当たり前。そうなったら絶望だってするだろう。有名になれば心無い人々に攻撃されることもある。


 そんなこと初めから全部わかっていたことだ。



「それを理由にしてお前は楽な方に逃げた。自分の力を磨くことをやめたんだ」


「綺麗事を抜かすな! どんなに努力したって上がいるんだ! 自分じゃどうやっても届かないお前みたいな天才が!」



 あまりにもふざけたことを口走るものだから思わず殴りつけてしまった。


 アーマーが割れる音が響く。



他人おれが努力してないとでも思ってんのかお前?」


「……っ」


「どいつもこいつも努力してんだよ。たかがゲームに人生懸けてる奴だっている。試行錯誤を繰り返して、何回も壁にぶち当たって、目指す場所の高さに心折れそうになりながら、それでも歯を食いしばって死に物狂いで努力してんだよ」


「そんなこと、強いから言えるんだ」



 もう一度殴る。



「自分が負けたときの試合を見直しているか? マップの地形は把握しているか? 各武器とオプションの仕様、弾速や偏差などの公開されていない仕様は知っているか? 戦術レベルで作戦を立てたことは? いままで立てた作戦を記録しているか? その成否について分析はしたか? リアルで身体は鍛えているか? ――少なくともその程度のことはやってるよな?」



 チーターは答えない。それが答えだ。



「そんなのこともやってねぇで頑張ってるだぁ? 甘ったれんな! その程度の努力でプロになれるとでも思ってんのか!」



 さらに殴る。



「世界二連覇してる人なんかに、弱い人の気持ちなんてわかるものか!」


「ああ、わかんねぇよ! 本気で強くなる意志のねぇ奴のことなんかな!」



 叫び、殴る。あと一撃でチーターのHPは全損する。



「甘ったれたチーターが、プロゲーマー舐めんじゃねぇ!」



 その仮面に拳を叩きつける。仮面に亀裂が入り、アバターが爆散した。


 視界の端にはMarchociasマルコシアスというキルログが流れた。

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Soldier of Legend ~元プロゲーマーのチーター狩り~ 柊 春華 @hiragishunka

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