遊びじゃない⑤


 本日の業務を終えて、みりあの家庭教師の副業も完了して、宿舎の自室に帰ってきたのが午後十一時。


 家庭教師の日はみりあの家で夕食をご馳走になるため食費も浮く。(その分家庭教師料は割安にしているので節約にはなっていない)


 みりあの両親には赤点が減って助かっていると感謝されているが、まだ赤点を取っていることには変わりない。赤点ではない教科についても、ギリギリのラインをうろうろしている状態だ。割と冗談抜きで卒業が危うい。


 ゲームばかりしているからだと彼女の父親は愚痴をもらしていた。


 いままで彼女はストリーマーとして得た収入を充てて自分で学費を支払っていたため、語調はそんなに強くはない。彼女の就職先がすでに決まっていることも大きいだろう。


 なんだかんだ、みりあは自立する準備が整っている。あとは卒業するだけ。


 その卒業が目下の課題と言えるが。



「あの怠け癖さえなければな……」



 みりあは物覚えは良い。


 テスト前に範囲に当たりをつけて一夜漬けさせればそれなりの点数を取ってくる。だが総合テストのような範囲がなくて一夜漬けが通用しないものはてんで駄目だ。


 せめて課題をちゃんとやってくれれば平均点くらいは取れる。それくらいの頭は持っていると確信しているのだが、本人にやる気がないので手を焼いている状態だ。



「一か月後くらいには付きっきりで見張った方が良いかもしれないな」



 家庭教師の日数も増やそう。料金は――仲間のためだしまあいいか。代わりに美味い夕飯でも食べさせてもらおう。


 と、ある程度の方針を決めた透哉はサブアカウントで『ソル』にログインした。


 気分転換がてら久しぶりの遊びだ。


 チームメイトは今日初めて会った人たちカルマさんとコッコさん。カルマさんは男子大学生。コッコさんは男子高校生らしい。二人も初対面。


 いわゆる野良プレイというやつだ。


 装備はいつもと同じだが、ランク戦ではないため気軽な感じでプレイしている。スナイパーライフルの使用頻度が最近減っているため、狙撃手として二人の援護に徹していた。



「コッコさん、そこ敵から射線通ってるから後ろの建物に下がって切って」


「は、はい、わかりましたっトルクさん」



 サブアカウントではトルクと名乗る透哉の指示に従ってコッコさんは後退した。


 コッコさんは始めたばかりらしく、動きがやや危なっかしいのでなるべくフォローするようにしている。


 逆にカルマさんは結構実力が高くイケイケだった。おそらくランク経験者だろう。やや突っ込み気味なのはカジュアルだからだと思いたい。



「カルマさん、それ以上前に行くと孤立してしまうからコッコさんが追いつくまで少し待ってほしい。その奥に別チームがいるから、そのチーム潰しても漁夫られる」


「了解っす」


「でもそいつは落としておくか」



 カルマさんが押し込んだ敵チームの一人がスコープに映っている。カルマさんから射線を切って回復しているが、透哉からは丸見えだ。


 スナイパーライフル【スカイフレアX】がマズルフラッシュを放った。疾走する弾丸は回復中の敵の胴体に突き刺さり、アバターが爆散した。



「おおー、ナイスー」


「ありがとう。コッコさん、カルマさんに合流してくれ。俺も前に詰める」



 相槌と指示を出しながら【ホッパー】で二人がいる場所へ移動する。味方一人が落ちた敵チームはその奥にいるチームに後ろから襲撃されていた。



「コッコさんにも活躍させてあげないとな。いまなら別チームと挟撃できるから自由に撃ってみてくれ。カルマさん、コッコさんのフォローをよろしく。俺は遠距離から二人のカバーと奥のチームが詰めて来れないように牽制しておく」


「は、はいっ」


「オッケーっす」



 コッコさんは緊張しながら前に出て敵チームを撃っていく。まだ位置取りや射撃の腕も危ういが、そこはカルマさんが上手く補っていた。挟撃されて敵が焦っていたことも大きい。


 コッコさんは少しだけ被弾しながらも一人を落とすことに成功していた。



「ナイスっ。あと一人は俺がもらっちゃうっすね――ってああっ!?」


「あ、すまん」



 残った敵一人が完全に無防備だったので狙撃してしまった。



「ナイスっす……」


「ごめんて」



 前のめりだったカルマさんは出鼻を挫かれてがっくりと肩を落とした。



「あ、奥のチームが詰めてきたっすね。コッコさんは回復しておいてください。その間、俺が削れるだけ削っとくんで!」


「わかりましたっ」



 気を取り直して意気揚々と前に出ていくカルマさん。まずは突出した一人のアーマーを砕いていく。被弾はほぼしていなかった。


 透哉のいる位置からだと射線が上手く通らない。前に出ているカルマさんと十字砲火クロスファイアが組めるように少し前に移動する。



「コッコさん、回復できたらカルマさんがいる横のビルの屋上を取ってくれ。そこなら全員がお互いをカバーできる」



 指示通り建物の屋上に移動しようとして【ホッパー】で跳ぶのだが。



「あわわわっ!?」



 うまく跳ぶことができなくて何もない空中に放り出されてしまう。もちろんそんな隙を敵が見逃すはずもなく。


 狙撃。しかもヘッドショット。全快だったHPのほとんどを吹き飛ばされた。


 チャンスと踏んだ敵が無理に詰めてきた。


 それを見ていた透哉とカルマさんは敵に照準を合わせ、一瞬にしてアバターを爆散させた。



「あっぶねぇ。コッコさん気をつけなきゃダメっすよ」


「す、すみません……」



 一応、屋上に着地したコッコさんは影に隠れながらHPとアーマーを全快させる【フルキット】を巻いている。使用には十秒かかるが、圧倒的不利な状況で敵は詰めてこないだろう。


 と思っていたのだが――。



「うえっ、マジっすか!?」



 コッコさんを狙って敵が【ホッパー】で無理やり突っ込んできた。


 いくらなんでもそれは無謀だろうと思ったが、気軽に遊ぶカジュアル戦ではそういう動きをするプレイヤーは少なくない。


 負けてもランクと違ってポイントとか失うものはないし、それも遊び方の一つだ。


 それで勝てるかどうかはまた別の話だけどな。


 回復中のコッコさんがいる建物に透哉は移動。


 着地と同時に【ホッパー】をコッコさんに踏ませて、カルマさんのいる場所に無理やり跳ばした。



「うわっ!?」


「カルマさん【シールド】!」



 カルマさんは短い指示を理解して驚きながら飛んでいくコッコさんの前に【シールド】を展開してくれる。


 急に物陰から飛び出したコッコさん、着地点に飛び込んできた透哉。どっちを狙うべきか敵は一瞬迷う。


 迷った挙句、HPが少ないコッコさんに銃口を向け――。



「残念、遅い」



 【ワイヤー】を敵に突き刺して引き寄せる。照準がずれ、コッコさんは無事カルマさんのいる建物に辿りついた。


 透哉は武器を持ち替える。ショットガン【ヘビィハンマー】。装弾数が二と少なく射程も短いが、散弾全てをヘッドショット決めれば一撃で倒せる高火力武器。


 それを至近距離でぶっ放す。


 【ワイヤー】を使いながらのショットガン片手撃ち。反動で照準がブレて全弾ヒットとはならなかったが、アーマーを壊してHPも半分は削れた。



「このっ」



 瀕死に追いやられた敵プレイヤーは透哉に銃口を向ける。その瞬間、カルマさんに背中を撃たれてアバターを爆散させた。



「ナイス。助かった」


「焦ったっすよ。あんなことするなら事前に言ってくださいよっ」


「ぼ、僕もびっくりしました」


「いやまあとっさだったから」


「まあ機転はスゴイっすけどね。今度ランク戦で俺も使ってみよっと」



 軽口叩きながらも残りの一人を探す。姿が見えない。こちらはほとんど無傷で三人揃っている状態だから不利を悟って逃げたのだろうか。



「コッコさん【ソナー】頼む」



 そう指示を出してコッコさんが【ソナー】を使おうとした刹那、突然背後に人影が現れた。



「後ろだ!」



 十秒間透明化する【インビジブル】。


 【ソナー】などの索敵オプションには検知され、武器を持てば強制解除されるオプション。しかし目では完全に捉えられなくなるため、乱戦時に奇襲を仕掛ける場合には非常に強力だ。


 だが奇襲を仕掛けたとはいえ、三人から射線が通っている。仮に一人落とされたとしても、残った二人が倒せる。


 こちらの勝ちは揺るがない。そう思った。


 カルマさんとコッコさんが爆散しなければ。



「なっ!?」



 想定が外れ、全快だったはずの二人が一撃で落とされたことに透哉は驚愕した。

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