第6話 夜のお茶会
「ふむ、さすが『
「甘すぎず、口どけなめらか」
談話室――男子寮と女子寮の間にある共用施設棟にある――で、ほくほくとした笑顔でチーズケーキを食べる梓と
「ッ! うまっ! マジで……」
佳奈は、チーズケーキを一口食べて、感動して動きを止めてしまう。
三者三様の反応を眺めながら、翔太もチーズケーキを一口分に切り分けて、口に運ぶ。
甘い物が得意ではない翔太だが、甘さ控えめで、溶けるような口どけのチーズケーキは、いくらでも食べれそうだった。
(俺はチーズケーキで懐柔されない)
チーズケーキの美味しさに、顔が綻びそうになった翔太は、心の中で自分に言い聞かせる。
翔太は、努めて平静を装って、薺に声をかける。
「薺教諭、チーズケーキを振る舞うためだけに、俺らに声かけたんじゃないですよね?」
「鬼灯、このチーズケーキに不満があるのか? 地方紙にも紹介され、他県から買いに来る客が後を絶たない『時雨庵』のチーズケーキなんだぞ」
「そのくだりは何度も聞いてますって。学園の卒業生がやってる店だから、 薺教諭も顔馴染みで、安心して式神にお使い頼めるって」
「む、覚えていたか。言っておくが、店まで車で三十分かかる道のりが面倒だから、式神にお使いさせているのではないぞ。こういった極々普通のお使いは、式神の成長を促す効果があるんだぞ。殺伐とした場所で使役するより、陽のある時間帯でノンビリとお使いさせる方が情緒も養われるんだ」
「……薺教諭、次々とチーズケーキを頬張りながら言っても、説得力がないんですけど」
「旨いものを
キメ顔(ただし、チーズケーキを食べることは止めず)で、熱く語る薺。
呆れ顔の翔太に対して、梓はウンウンと納得した顔で頷いていた。
「さすが、なずなちゃん。良いこと言った」
「ほんと、それ。百戦錬磨のなずなちゃんの言葉は、重みが違うわ」
「……そうか? それに百戦錬磨とか関係ないだろ」
同意する梓と佳奈に、翔太は抗議してみるが、無視されてしまう。
薺は、普段の荒んだ顔から一転し、幸せそうに顔を綻ばせながら、チーズケーキを止まることなく口に運び続ける。
その姿は年相応――ではなく、見た目相応な姿だった。
反射的に指摘しかけた翔太だが、辛うじて口にすることを踏み止まる。薺の機嫌が急降下間違いなしなのは、明白だからだ。
しばらく、黙々とチーズケーキを食べる音だけが談話室を支配する。
唐突に翔太はため息をつくと、ギロリと薺を睨む。
「……薺教諭、簡易結界で人払いをして、チーズケーキを食うだけなら、さすがの俺もキレるよ」
「はぁー。鬼灯、短気は損気だぞ。男なら多少のことに動じず、どっしりと構えろ」
「チーズケーキだけで、だいぶ時間を使ってると思うんだけど」
「たかだか半刻やそこらで気にするな。チーズケーキの美味さに比べれば些細なことだろ、鬼灯」
「うんうん、その通り。呼び出される理由がチーズケーキでも全然許されるよ」
「……もぐもく……もぐもぐ」
チーズケーキの魔力に完全陥落している梓と佳奈。掩護射撃は期待できないことに、内心でガッカリしてしまう翔太。
薺は表情を崩さず、一緒に用意していた保温ポットと急須を使って熱い緑茶を三人分、注ぐ。
濃いめに淹れた緑茶から立ち込める清涼な香りか、談話室に広がっていく。
翔太は、薺から差し出された湯呑みを受け取ると、ズズズッと音を立てて一口飲む。
熱さと一緒に砂糖などの甘さとは違う、独特な甘みが口内を満たし、翔太は思わずホッと息を溢す。
彼の姿を見て、薺はニッと笑う。
「美味かろう。玉露だぞ、玉露。かなりお高いやつだぞ。神代はともかく、鬼灯が緑茶にうるさいので、買っておいたんだぞ」
「別にこだわりがあるわけじゃないよ。ペットボトルの緑茶でも十分飲めるし」
「翔太がペットボトルのお茶を買うと、いつまでも飲みきらないし、口をつける度に美味しくなさそうな顔する」
「……飲めると美味いは違うんだよ」
梓のツッコミに、翔太はそっぽを向く。
そんな彼の姿を、梓と薺は眺めながら、ズズズッとお茶を啜る。
二人とも「はぁー」と気の抜けた息を吐く。
「うむ、美味い。神代でもこの美味さは分かるだろう?」
「うん、美味」
ドヤ顔の薺に対して、梓はニッコリとスマイル。翔太にしか分からない梓の笑顔の違和感。
翔太は呆れ顔で梓を見る。
「……梓。味、分かってないだろ」
「翔太、失礼が過ぎる」
「なら、味の感想を言ってみ」
翔太の言葉に、梓が一瞬だけ硬直する。「その返しは予想していなかった」と彼女の顔に書かれている。
「ま、まろやかで、コク? があって、渋みの中に甘味が――」
「すまん、端から梓の感想は期待してないのを忘れてた。度の過ぎた味音痴だしな」
「――ッ! ひどい、ひどすぎるよ、翔太。微塵も期待してないのに言わせるとか、意地悪にも程かある。でも、大丈夫、安心して。私はそんな翔太が嫌いになれない。どんな翔太でも受け入れる所存。さあ、翔太。なずなちゃんと須藤はほっといて、二人の世界に旅立つとき」
「勝手に旅立つな。アタシの用事はまだ済んでいないぞ。全く神代はブレないな。鬼灯が絡むと言動が途端に怪しくなる。そのうち狂気を感じそうだ」
「仕方ない。それが愛なのだから。愛とは時に狂気を孕む危ういものだから」
ドヤ顔の梓を見て、翔太は深いため息をつきながら、スッと腕を持ち上げると、軽く溜めを作ってデコピンを打ち込む。
「……痛い」
「綺麗にまとめようとすんな。魔術の制禦と同じだろ。理性で己を律しろ」
「私は翔太が理性を忘れてたケモノに堕ちて、私のところに来てくれることを熱望する」
「するな。そんな予定はない……」
梓のペースで会話をしては埒が明かないと分かっている翔太は、わざとらしいため息と、手をパタパタと左右に振って、話題を端に払う。
梓が不満そうに頬を膨らませるが、翔太は一瞥しただけで、薺に向き直る。
「全くもって、お前たちは平常運転だな。ま、仲良きことは良いことだ。おい、須藤。先に用件を済ませてくれ」
「ひゃ、ひゃい、 わ、わかりまふた!」
突然、話を振られた佳奈は、飛び上がるようにして驚く。そして、慌ててモゴモゴと口の中のチーズケーキを咀嚼する。
ゴクンと飲み込み、熱いお茶をものともせずにゴクゴクと飲み干し一息つく。
「こほん。風紀委員から、鬼灯と神代に調書を取らせてもらうわ。ま、聞き取り内容は、いつも通りよ。暴れるのを辞めてくれると、あたしも調書を作る手間が省けていいんだけど」
「俺は売られたケンカを買ってるだけの被害者だ」
「翔太にちょっかいをかける痴れ者が悪い」
二人の返事に、佳奈は深々とため息をつく。
クリアファイルからプリント――白紙の調書用紙を取り出し、テーブルに置く。
「『ごめんなさい』とか『もうしません』とか言うとは思ってないけど、少しは反省した態度を見せてよね。とりあえず――
・暴れた原因
・使用した異能力
・異能力を使用した理由
――をちゃっちゃと話なさい」
「……前回と同じ」
「それがまかり通ると、神代は思うの?」
梓は営業スマイルを作り、「うん」と元気に頷く。
反射的に佳奈が手刀を繰り出すが、薺が佳奈の手首を押さえて止め、ついでに梓のおでこにデコピンを入れる。
あまりの素早さに、翔太は思わず感嘆してしまう。
「あとが
薺の一言に、居ずまいを正す梓と佳奈。
梓は少し不満そうだが、さすがに薺に逆らうことはせず、大人しく回答し始める。
「とりあえず――
・翔太を襲った身の程知らずがいたから
・身体強化、強制睡眠
・翔太を襲ったから
――これでよい?」
「良いとは言いがたいのだけど……これ以上を神代に求めても仕方ないのよね」
「すまん。俺が言っても意味ないかもしれないけど……」
「
「授業に顔出さずに単位が貰えるなら、見つからずに生活してみせるぞ」
「……
呆れ顔の佳奈に、翔太はムッとしてしまうが、反論はグッと堪える。下手に反論して梓まで加わったら、収拾がつかなくなるからだ。
幸せそうに、チーズケーキを頬張りながら、薺が口を挟む。
「須藤、それで用件は片付きそうか?」
「本当はダメ出ししたいところなんですが、神代なんので」
佳奈は「ふぅー」と深々とため息をつくと、残っていたチーズケーキを口に放り込むと、お茶で流し込む。その姿に、薺が「もったいない」と小さく呟く。
「玄谷先生、ご馳走さまでした。部屋に戻って調書を書き上げたいので、これで失礼します」
「ああ、須藤、伝言ありがとう。根詰めすぎるなよ。鬼灯と神代は特例扱いだ。適当に処理しても教員から指摘はないからな」
薺の言葉に佳奈は微妙な顔をする。風紀委員が適当に処理して良いと言われて、「はい」と返事はしにくいのだろう。
談話室を出ていく佳奈を見送ると、薺はお茶を啜り、息を吐く。
それだけで、場の空気が切り替わったことを、翔太は悟るのだった。
本気を出す隙のない俺の日常 橘つかさ @Tukasa_T
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