今年の振り返り──繁殖への意志
ガラパゴスゾウガメはどこから来たのか。
突然何を口走っているのだと不審に思うかもしれないが、まずは聞いて欲しい。きっかけは二〇二四年一月、寒空の下で読んだある文章に端を発する。『生物と無生物のあいだ』で知られる生物学者、福永伸一のガラパゴス諸島に関するnote記事である。
https://note.com/fukuokashinichi/n/n660cedfaff11
福永曰く、かの諸島には大きな謎があるという。謎は大きく三つに分かれていた。このうち私の興味を唆ったのは第一の謎である。第二の謎は興味なし、第三の謎は課金の仕方が分からず読めていない。
第一の謎として福永は「⑴ この島に生息する奇妙な生物たちはどこから来たのか?なぜこのような特殊な進化を遂げたのか?」と提起し、ガラパゴスの生物について簡潔に語っている。例えば、ガラパゴスゾウガメ。甲羅の長さは一メートル以上、体重は最大で二五〇キロを上回る。南米にも北米にも彼らに匹敵するサイズのゾウガメはいない。大陸からやってきた先祖は小型だったのに、ガラパゴスに来てから巨大化したのはなぜなのか。そもそも海上千キロも離れている南米大陸から、どうやってガラパゴスに辿り着いたのか。無論、ゾウガメは泳ぐことができない。
ダーウィンの進化論以来、人々に驚きを与え続けているガラパゴス諸島だが、まだまだ解明されていない謎は多い。これらガラパゴスの謎に触れたのが、二〇二四年の始まりだった。
さて、今年の振り返りである。二〇二四年は小説を二作書いた。「周回遅れのタイムトラベラー」と「眼差しの向こう側」とである。
昨年までの「時限爆弾と日食」「闘う中学生」と違うのは、両作ともWEB上の小説企画に参加した小説だということ、そして文字数が比較的短いということである。
「周回遅れ」は二万字の短編で、辰井圭斗氏主催の「第二回遼遠小説大賞」に参加した作である。これは、感想記事をすでに上げている。
https://kakuyomu.jp/works/16816700427831342557/episodes/16818093082251903581
面白かったのが、五人の評議員(審査員のこと)のうち二人は好印象だったが、他の二人は嫌悪感を示したことだった。数多くの応募作の中でも、ここまで両極端な評価は自作だけだったので、スマホ片手に思わず瞠目した。
本来、ダメ出しを食らったのだから不甲斐なさを痛感すべきなのだが、不思議と何も感じなかった。小説家にあるまじき重大な欠点。しかし、誰に何を言われても、超然としている態度が作家には必要である。
自分の世界を突き詰めよう、物語ることを諦めないでいこう。読者は楽しませなければならない。自分を救い、その延長で読者を救う。それこそが何世紀も前にゲーテが表明した態度であり、全作家が倣うべき姿である。
「眼差し」は、りしゅう氏の「第二回NTR小説フェスタ」に投稿した作である。文字数は約一万字。どちらの企画も第二回なのは偶然である。狙ったわけではない。
NTRとは、はっきり言ってポルノである。愛する人を寝取られる、イニシャルを取ってNTR。人間の深淵にある、倒錯した欲望を刺激するのを目的としている。小説のプロセスとして略奪が存在するのではなく、略奪それ自体が目的となっているのだから、これは当然にポルノと呼ばざるを得ない。
私はルール違反にならぬよう注意しつつ、自由闊達に書いた。ポルノでありながら通俗の世界を解脱して、新風を巻き起こす。そんな小説を志向したが、講評で「第二章が冗長」と書かれてしまった。エンタメの枠組みを外したので、ある意味当然の結果なのかもしれない。甘んじて受け入れる。
企画に参加すると、感想やコメントなど一定の反響が届く。先日もある方から「物語の雰囲気がルドンの色彩にマッチしている」という感想を貰った。ルドンといえばモノクロの幻想的象徴的な作品群がよく取り沙汰されるが、鮮烈な色彩の花々が印象的な後期作も忘れてはならない。本作を書いた動機の一つに、後期ルドンへの再注目があったので、そこに気づいてくれたというのは作家冥利に尽きる。
さて冒頭から突然続きなのであるが、私は小説を書くことで一種の繁殖を試みている。
これは無論、生物学的な繁殖ではない。私の小説=種が世界中の読者に受精することを意味する。私の小説はメジャーではない。カクヨムの閲覧数は三桁しかなく、物語は流行と程遠い。「内容ははっきりいってかなり不快」と書かれたこともある。私はハトではない。ブラックバスでもない。アメリカザリガニでもない。小さな島にどこからともなくやってきた、ガラパゴスゾウガメである。
ガラパゴスゾウガメが「私はどこから来たのか」と考えるだろうか。断言する。彼ら彼女らの念頭には繁殖への意志、それだけしか存在しない。その他一切を彼らは目的としていない。
私がどこから来たのか。最早どうでもいい。小説という精が世界に向けて飛散し、繁殖する未来。重要なのは種の繁栄──繁殖への意志だけである。
ここで、小説を読まれることを「繁殖」「生殖」と表現する私に不快感を抱く読者に、一つ言っておかなければならない。私はこの比喩において、異性間交配のみを意味付けているのではない。ガラパコス諸島近海をさまよう絶滅危惧種アカシュモクザメは、無論シュモクザメ科であるが、二〇〇一年ネブラスカ州の水族館にてメスのみの単性生殖が確認されている。私は単性生殖をも厭わない。付言すれば、植物のように無性生殖でも構わないと考えている。いずれにせよ、私の小説が一人でも多くの人間に受胎し、萌芽することを希望してやまないのである。
ガラパゴスゾウガメはアカシュモクザメ同様、絶滅危惧種である。人間の保護なしでは種を保てず、ガラパゴスより外の世界に出ることもできない。しかし、私の小説は外界へ発信できる、インターネットを通じて繁殖できる。独自の進化を遂げつつもガラパコス化を逃れる道が残されている。私はこの点において、ガラパゴスゾウガメとは異なる存在なのである。
私は現在、長編を執筆している。文字数は未定だが十万字に及ぶ可能性がある。昨年から書き継いでいて、まだ折り返し地点にすら到達していないが、これを絶対に完成させる。頭のてっぺんから足の爪先まで、小説完成への意志で満ち満ちているのを私自身が感じているところだ。物語の具体な内容は乞うご期待というところで、今は何も言わないでおく。
エッセイスムス 楠木次郎 @Jiro_2020
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