かいがん その1
「デデデ…デンチ、バスノデンチガ…」
「ここでぇ?!」
キョウシュウチホーの船着き場から遠く離れた、だだっ広い海原のど真ん中。
燦燦と輝く太陽と、仄かに頬をなでる潮風だけが住んでいる場所。
そんな青い砂原で、頼りない電子音と共に、少女の腕の光が消えた。
足元のぺだるも、手の中のはんどるも、ラッキービーストに続き次々寝付いていく。
バス本体だけがむせたような駆動音を鳴らし続ける中、運転席の少女―かばんは頭を必死に働かせていた。
ジャガーさんみたいにバスをつかんで泳げるかな?ううん、おんせんに入ったとき、手も足もいつもよりうまく動かなかった。もっと力持ちのフレンズさんじゃないと…
じゃあ、ゆきやまの時みたいに高いところから滑らせればどうだろう?でも山どころか坂も周りになさそう。うみってこんなにまっ平らなところなんだ…
潮の匂いが三度鼻を掠めて、やがて波の音以外が消えてしまった後も、これといった思い付きは出てこない。辺りに広がるのは先の見えない青一色。手をかけるような木の枝も、足をつくような土や砂も見当たらず。邪魔一つないその景色を見ながら一方、頭の中はだんだんとこんがらがっていく。
「…いよ!こっちも止まらないと!」
…えっ?
絡まる考えの間を縫って、頭の奥に届いた声。
耳元を優しく包んでくれる、日の光みたいな声。
今は聞こえるはずのない、世界で一番好きな声。
聞き間違えなのかな。
他のフレンズさんなのかな。
それとも、そのどちらでもないなら。
「ストップ、ストーップ!」
「うわぁぁっ!う、うぇぇ…?」
間髪入れずに響いた衝撃に思わず変な声が漏れた。
鈍い痛みに顔をしかめたのも束の間、振り向いた途端に口元が緩んでいく。
「サーバルちゃん…!」
「えへへ…やっぱり、もうちょっとついていこうかな、って!」
「もう…!」
大きいお耳にお日様みたいな瞳、ふっくらした頬、柔らかな体つきにふさふさの尻尾まで。
別れてからそこまで時間はたっていないはずなのに、サーバルちゃんの姿が愛おしいほどに懐かしい。振り返った矢先、体を乗り出すと更に見覚えのある耳が二対、座席の間から飛び出してきた。
「勿論、アライさんも一緒なのだ!」
「やー、かばんさん、また会ったねー」
「アライグマさんとフェネックさんまで…!」
「ふふん、アライさんがいればどんなところでもじゅんぷーまんぱん?なのだ!」
再び集まった五人組はどんどん話を弾ませる。まんまるのこと、しゃりんのこと、はかせとじょしゅ達のこと…一度堰を切った会話は途切れることなく続き、太陽が空のてっぺんから滑り落ちた後も止まることを知らない。フレンズ達が一たび集まれば、そこが賑やかな空間になるのは当然の帰結。そんな笑い声の絶えない車内は静かな海に浮かぶ一つの島のよう。そして島の周りにけものが集まることも、また当然のこと。
「なになにー?どこいくのー?」
海中から現れた一人のフレンズに、自然と頭がそちらに向いた。
青の混じる白い髪に水色の大きな瞳。
黒く艶やかな頭には角のように伸びるモノが一枚。
背中から伸びる尻尾の先に付いた小ぶりな翼は、今まで見てきたどの鳥のフレンズとも違うもので。
「あなたは、何のフレンズさんですか?」
「お友達になろうよ!」
「お友達?やったー!あたしはマイルカのマルカー!」
はつらつと響くその声は、どこかサーバルちゃんと似通っていた。
「私はサーバルキャットのサーバル!今はみんなと一緒にうみを―わわっ?!」
「やったー!新しいお友達―!サーバルとマルカはお友達―!」
言葉が終わらぬうちに、マルカの体が空に飛び出した。虹のような弧を描いてバスの右側から左側、もう一度左側から右側へ。バスの中に名乗りの声が上がる度、幾重にも虹のアーチが描かれ続ける。しばし続いた跳躍が終わると、背後と口元から歓声が上がった。
「「「すっごーい!!」」のだー!」
歓声を上げる三匹と、静かに、しかし確かに感心した様子のフェネック。そんな四匹を見て得意げな様子のマルカ。
「まいるかヲ含ムいるかノ仲間ハ鯨ノ中デモ特ニジャンプヲ得意トシテイルヨ。ふれんずノ体ニナル前デモ、自分ノ体ノ二倍以上モ高クじゃんぷデキルンダ。」
「ラッキーさん!もう大丈夫なんですか?」
「あ、ボス―!」
呼びかけに答えるように、ラッキーさんの液晶がチカチカと光る。
「バスの電池自体はあと少しなら持ちそうだヨ。ただ、これ以上長期間の運転は厳しそうだね。どこかで充電する必要があるかな。」
「そうですか…」
「なになにー?バス、でんち?が空になっちゃったの?」
そうみたい、と言葉をこぼす。なぜこの可能性に気が付かなかったのだろうか。いくら出発前にカフェで一度充電を済ませたとはいえ、海の真っただ中で電池が切れてしまった時のことを想定できなかったわけではないはず。
「大丈夫だよ!アライグマとフェネックと私でいーっぱいペダルを漕いだら、きっと他の島にも行けるよっ!」
だから心配しないでっ、とこちらをのぞき込むサーバル。
「…?なんか困ってるのー?」
マルカにもこのやり取りが聞こえたらしい。サーバルが事情を説明すると、興味津々の表情と瞳を輝かせた。
「ペダルー?やってみたいやってみたい!あたしペダルははじめてー!」
「後ろの動力が確保できれば一番近くの陸地までは辿り着けそうだよ。かばんはその間、ハンドルの操作を―」
「ラッキーさん?」
「=船底に向かって正体不明の物体が急速に接近中、直ちに=」
初めて聞く相棒の声に驚く暇もなく、全身を衝撃が襲う。
後方から響いた揺れに急いで首の向きを変える。
「の、の、の、…」
灰色の毛皮の僅か数寸先。
真鍮色の、見慣れない柱が床を突き破っていた。
「のだぁああああっ?!」
アライグマの真横を突き抜けた円錐状のナニカは即座に引き抜かれた。が、貫かれた穴から水がとめどなく船内に流れ込む。元々陸上用であったモノを急遽改造したこともあり、浸水に対する術などバスに備わっているはずもなく。弾みで海に落ちたアライグマをフェネックが引き上げる間、サーバルの耳が可能な限り音をつかもうと精一杯引き延ばされる。
「もしかして、セルリアン?!」
「そんな、海の中にまで…っ?!マルカさん!」
折角復旧した腕の相棒が再び緑色の文字列を吐き出す中、海中から黒い影がマルカの足元に迫る。しかし当のマルカはなんだかばつが悪そうにうつむくだけで、その影から逃れようとする素振りすら見せていない。
「マルカさんっ!!」
体を限界まで乗り出して手を伸ばすも、マルカは慌ててそれを制す。
「違うのかばんちゃんサーバルちゃん!これはね、えっと、えっと、ちょっと待ってて、あたしが―」
「マルカあああああああ!!」
…声?
盛大な水しぶきと共に海面に現れた影は、無機質な一つ目も、粘土質の体躯も備えてはいなかった。
「大丈夫かマルカ?!どこも怪我してないか?!ちぃっ、まさかこんな水面にまで大型のセルリアンが来るな―」
代わりに持っていたのは両手両足に二つの瞳。艶やかな頭と背から伸びる尻尾はマルカと似ていたが、頭の頂に角(?)は存在せず、一方でその手には背丈ほどはあろうかという槍が握られていた。白く渦巻き状に伸びる表面の模様が、その槍が先ほどバスの床を突き破った円錐状のソレと同じものだと気づかせてくれる。
騎士然とした凛々しいその姿に反してしかし、視線の合った彼女の瞳は次第に警戒から困惑、そして申し訳なさで震えていく。
「フェネックぅー!いくら掻きだしても水が入ってくるのだー!」
「やー、このままだと沈んじゃうかもしれないねアライさーん」
「すみません、マルカさんと…えっと…」
「イッカク、だ…いや、です…」
「…マルカさんとイッカクさん、その、少し手伝っていただけますか?」
✜・・・
「本当に申し訳ない、かばん…私が不注意だったせいでバスに怪我を…」
「だ、大丈夫ですイッカクさん。イッカクさんも勘違いだったみたいですし…」
「いや…それでも一歩間違えていればそちらのアライグマまでも傷付けかねなかった。セルリアンからみんなを守ることが私の役目だというのに…これでは…」
眩しく光る砂浜の上。一通り自己紹介を終えてしばし他のフレンズが落ち着いた後も、イッカクはひたすら肩を落として落ち込んでいた。どうやら海中から見たジャパリバスの影をセルリアンと誤認して攻撃したらしい。
「アライさんは全っ然気にしてないのだ!…まあ、ビックリしてないって言ったら噓になるのだ。それよりも、イッカクの泳ぎのおかげで溺れずに済んだのだ!」
あの後はというと、サーバルたちの必死のペダル漕ぎと、イッカクとマイルカの泳ぎとのおかげで、なんとか沈没前にこの砂浜に辿り着くことが出来た。それでも後ろに積んできたジャパリまんの多くが湿ってしまったようで、今は砂浜の上で何とか乾かないかと試みている最中である。
「…そう言ってもらえると助かるな、ありがとう。それからかばんも。励ましてくれて感謝する。」
僅かに笑みを浮かべたイッカクにほっと胸をなでおろす。誰であろうとどんな理由であろうとフレンズさんが落ち込んでいる姿を見るのはやっぱりつらい。ましてや、それに自分がかかわっているとすれば。どれもこれも、ボクが電池のことについてもう少し気を配れていれば…
「ふぅ…」
再び絡み始めた頭を数回振って視点を持ちあげてみる。青い海の外枠をなぞるように広がる白い砂浜。敷き詰められた砂粒はさばくチホーでのそれとは異なり、ポカポカとして柔らかく、それでいて両足をしっかりと支えてくれる。
ふと自分の名前が耳に入り振り返ると、サーバルとマイルカが両手いっぱいにジャパリマンを抱えて歩み寄ってきていた。どうやら湿らず助かったモノも幾らかあったようだ。
「ふあー、久しぶりにあんなに泳いだからお腹すいちゃったー」
「私もお腹ペコペコだよー、ね、かばんちゃん、みんなで一緒に食べよ?」
「うん、サーバルちゃん。マルカさんもありがとうございます。」
差し出されたうちの一つを口一杯に頬ばる。その横ではサーバルが、すぐ近くでアライグマとフェネックが、向かって正面ではマイルカとイッカクが、思い思いに食事を楽しんでいる。
「それでね、それでね!サーバルちゃんってすごいの!陸の上でもこーんなに高くジャンプ出来るんだって!あたし初めて見てびっくりしちゃった!」
「それは大したものだな、翼のない子でそこまで高く上がれる子は中々見たことがない。新しい友達ができてよかったな、マルカ。」
はにかむマイルカを撫でるイッカク。出会って直後は固まっていた唇も大分柔らかくしなっていた。ああ、よかった。
「マイルカさんとイッカクさんは、本当に仲がいいんですね。」
「えっへへー、そうだよ!なんてったってあたしたち三匹でいれば―」
…あれ?
頭に浮かんだ疑問符と同時に、マルカの言葉がぴたりと止まった。
「三匹ってことは、他にもこんなに速く泳げるフレンズがいるのかー?」
「…ああ、いるとも。それはそれは早い子がな。」
しばしの沈黙。
食べる口も話す口もすべて固まって。
何か話さなきゃ。
何か手伝えることはないかな。
何か、何かこの雰囲気を―
「かばんとサーバル、それにアライグマにフェネック。一つ、頼みごとをしてもよいであろうか。」
あんなことをしでかした後で言うのもなんだが、と付け加えてイッカクは切り出した。
「私とマルカの友達—シャチを、一緒に探してはくれまいか。」
けものフレンズリベレーションズ クロフク @kurohuku8713
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