6
やけに大きく見える月と星明かりしかない暗闇を走る、走る、ひたすら走る。
こんなにまともに走ったのは高校のスポーツ大会以来だ。
自分の呼吸の音はうるさいし、喉も熱い。
久しぶりに走ったせいで、足だって今にも痙攣しそうだ。
あぁそうだ、走るってこんな感覚だった。
苦しいけれど、どんどん前に進む感覚が気持ちいい。
こんな時だというのにそんな事を考えてしまう自分がいる。我ながら、いまいち締まらないやつだと思う。
時折呼吸を整えながらも走り続け、山の中腹に差し掛かった頃、空の端がほんのりと明るくなり始めた。
「やば、急がないと……!」
もうじきに夜が明ける。
そうなったら、ここまで頑張って走ってきた意味がなくなってしまう。
あぁもう、こっちは急遽入ったバイト上がりで疲れてるってのに、なんでこんな事になってんだ。
あのパスケースを拾ったからか。
いや、でもあの状況じゃ普通拾うだろ。
というかそもそも落としたやつがすぐに気付けよって話だよ。
まぁ駅に届けようとして忘れてた俺も俺だけど。
言いたい事はいろいろあるが、こうなってしまったからにはどうしようもない。
今は前に進むしかない。
「やっ、と、着い、た……!」
だいぶ夜の割合が少なくなってきた頃、ようやく山の頂上に辿り着いたのだが。
「何もないじゃん……」
あの店主の話を信じるならば、ここにホームがあるはず。けれど今目に映っているのは、草と木ばかりの何の変哲もない山の景色だった。
もしかして、騙された……?
大事にしてた腕時計を差し出してまで胡散臭い鈴と交換したのに!
「……あ、鈴っ!」
急いでポケットを探り、赤い紐の付いた鈴を取り出す。あった、ちゃんとある。
正直胡散臭さは拭いきれないし、鳴らしたところでどうにかなるとも思えないけれど、今はこれに縋る他ない。
頼む、ちゃんと鳴ってくれ……!
――リンッ。
軽やかな鈴の音が辺り一面に響き渡った。
その瞬間、まるでそこに最初から存在していたかのようにすぐ目の前にプラットホームが現れた。
「は……?何が起こったんだ?」
圧倒されながらもホームに上がると、今度は遠くから電車の音が聞こえてきた。
音に釣られるように顔を向けると、眩しいほどのヘッドライトの光が見え、その電車は立ち尽くす俺の目の前で停車した。
プシュー……と空気の抜ける音をさせながら扉が開く。
躊躇は数秒。俺は無人の列車に乗り込んだ。
「すげぇ……」
発車した電車は線路もない道を走っていく。
木々の間を抜け、川と並んで走る。
あっという間に山を越え、ガタン、と大きく揺れたあと急に加速したかと思えば、地上から見る見る離れていった。
飛んでる。夢みたいだ。
いや、そもそもこの場所自体が夢の世界みたいなもんか。
俺の暮らす都会の景色とはまるで違って、ネオンも何もない真っ暗な景色。
そんな中に、オレンジ色の暖かな色が見えた。
さっきまで俺がいた場所だ。
その灯りを見ていたら、賑やかな声が聞こえてくる気がした。
通り過ぎたのは一瞬。何か思いを馳せる間もなく、電車はどんどん速度を上げていく。
やがて長いトンネルに入った。
中は夜の闇よりももっとずっと暗く、静寂に覆われている。向こう側は全然見えない。
どこまで続いているのか想像も出来ない。
電車の音だけが坦々と響いている。
あまりにも長いので、この先にちゃんと出口があるのかと不安になってきた頃、黒で塗り潰された空間に幽かに白が見えた。
今宵はハロウィン 柚城佳歩 @kahon
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