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「あのー……、一応聞くんですけど、この時計以外でお願いは出来ませんか」
「商売の基本は等価交換。人一人生き返らせるんだ。それなりのものでなきゃダメだね。その時計は、お兄さんの一等大切なものだろう?丁寧に扱われてもいる。見ればわかる。だからそれがいいんだ。時計がダメって言うんなら、“先輩”に関する記憶を対価としてもらう事になるけどいいかい?」
「……っ!なんで先輩の事」
「それも、視ればわかるさ」
店主が妖しく笑う。
その笑みはなんとも不気味で、すぐ目の前の人の形をした店主も人ならざるものだと強く思い知らされる。
「このまま残るか、時計を差し出すか、記憶を差し出すか。さぁ、どうする?」
どうするったって……。
ここに残りたくはないし、この時計を手放したくもない。
でもそうすると、先輩に関わる
もし記憶が消えたら。たとえ手元に時計が残ったとしても、きっとただのボロの安物に感じてしまうだろう。あっさり捨てて、新しいものに買い替えてしまうかもしれない。
記憶が失くなるというのは、関連する想いまでもが消えるという事だ。そっちの方がいやだ。
「どうやら決めたようだね」
「……はい。この時計で、お願いします」
「まいどあり。お節介かもしれないけど、そんなに大切に想う人がいるなら、悔いのないように生きるんだよ。そうでないといつまでも未練に縛られてしまうからね」
「え……」
もしかしてあなたにもそういう相手がいたんですか。
そう聞いてみたかったけれど、その前に店主が再び話し出した。
「あぁそうだ、一つ大事な事を言い忘れていたよ」
「何ですか?」
「此岸行きの電車は夜の間しか運行しない。夜が明けたら、切符や鈴を持っていたとしても電車はやって来ない。帰るなら急いだ方がいいよ」
「急いだ方がいいって、まだ零時にもなってないでしょ。ほら、十時前……って、え?」
いつも使っていた腕時計は店主に渡してしまったので、その代わりにと取り出したスマホの画面から目が離せなくなった。
おかしい。そんなはずがない。
だって電車を降りる時に見た時計も、針は十時手前を指していた。
まさかスマホが壊れてしまったんだろうか。
いや、仮にそうだったとしても、あれから結構経っているはずだ。まだ十時前だなんて事は絶対にあり得ない。
「お兄さん、どうかしたのかい。あぁ、時計が止まってる事に驚いているのか。考えてごらん、ここは死者の国だよ?生きているものの時間が止まるのは当たり前さ」
「じゃあ今は本当は何時なんですか?」
「さぁねぇ、正確な時刻は何とも言えないが、夜明けまであと一時間ってところじゃないかねぇ」
「あと一時間!?」
「此岸と彼岸じゃ時間の流れも違うのさ。大丈夫、運が良ければ間に合うよ」
「っ俺、もう行きます!あ、これもよかったらどうぞ!」
結局自分では食べられなくなってしまったバームブラックを台の上に置いて、喧騒の中を走り出した。
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