第13話「傭兵の閑談」

 青年が一人、艦内を歩いている。

 ユートである。

 レナ・アップルビーと別れた後、彼はどこへ行くとはなしにぶらぶらと散策していた。

 ユートは足を動かしながら、先程のレナの言葉を思い起こしていた。


 ――お生憎様、あたし、傭兵って嫌いなんですよ。


 そう話す彼女の表情は冷ややかだった。

 昔傭兵と何かあったのだろうか、とユートはつい邪推してしまう。



 傭兵を「戦争屋」と呼び、これを嫌う人間は特に珍しくない。

 ただ、彼女の雰囲気はそんな単純な理由で嫌っているような感じがしなかった。もちろん、これは単なる勘でしかないのだが。


「……傭兵嫌い、か」


 彼女の過去に何があったのだろう。

 そんな事を考えていると、世直組の事で思い悩んでいた事など気が付けば頭の片隅に追いやられていた。

 つい先程までは真剣に悩んでいたはずなんだが、とユートは苦笑交じりに息を吐く。



 しばらく歩いていると、前方に見知った姿を見かけた。ニコラス・ブレントルである。

 ユートは彼に声を掛けた。


「ブレントル」

「おお、ミツルギか」

「カニングルフ傭兵団の件はありがとう。お陰でメデッサを借りる事ができたよ」

「それはよかったじゃないか」



 ニコラスは人懐っこい笑みを浮かべて答えた。

 彼の笑顔を見ながら、ユートは胸中でニコラスを不思議な男だと評価していた。


 ニコラスは大柄で顔は厳めしく、その上額から頬にかけて大きな傷跡が目立つ為に、ともすれば他者に威圧感を与えかねない容姿をしている。

 だが、笑うと意外な程愛嬌があり、それでいて快活な性格の為に人から好かれていた。

 それでいてパイロットとしての腕も立つ。傭兵稼業ではなく軍人にでもなれば出世できそうなものだが、とユートは思っていた。


 二人は肩を並べて歩きながら、会話を続けた。



「メデッサⅡはもう乗ったか?」

「模擬戦をしたよ。相手は赤蛇だった」

「赤蛇? Sランクの中でも最上位の撃墜王と呼ばれる、あの赤蛇?」

「ああ」


 ユートは顔に苦いものが混じりながらも頷いた。

 青年の表情には気付かず、ニコラスは感嘆の息を漏らした。


「ほう。赤蛇がカニングルフにいたとはね。寡聞にして知らなかったよ。……それで、結果はどうだった?」

「相手はあの赤蛇だぜ? 完敗だよ」


 それを聞いたニコラスは声を立てて笑った。



「いかなお前さんでも、赤蛇相手では分が悪かったか。して、どんな人物だった? 会ったのだろう?」

「いや、直接会ったわけじゃない。会話もなかったよ」


 実際はカニングルフ傭兵団の艦長室で彼と会っているのだが、ユートはあの時に会った小太りの男が、伝説とすら言われる赤蛇本人だと気付いていなかった。



「赤蛇と言えば、どんな機体をも自在に乗りこなすと言われている。味方には勝利を、敵には敗北を与える常勝の赤き星。……ミツルギも彼に憧れている口かい?」

「彼を目標にしない傭兵なんているのか?」

「ははっ。言われてみればそうだな。……いや、俺が言いたいのはさ。お前さん、どんな機体でも乗りこなせてこそ一流と言っていただろう? だから、赤蛇に強く憧れているんじゃないかって思ってね」

「……ああ」


 なるほど、とユートは納得したように頷いた。

 ニコラスの言う通り、赤蛇の傭兵としての生き様に影響された部分がある事は、ユートも否定できない。


 だが、それでも――と、ユートは思う。

 自分の憧れは昔からたった一人だけだった。

 ユートにとっての恩人であり、世直組の隊長であった男。彼こそがユートの目標と言える人物である。

 だけども、それを正直にニコラスに語ろうとは思わない。


 ユートは「ところで」と話を変えた。



「全統連の動きなんだが」

「ああ、聞いているよ。軍備を整えて、またグァリス共和国へ攻めてくるって話だろう?」

「近いうちに戦闘になる。噂では、次世代機のユーディスを多数配備しているらしい」

「耳が早いな」

「情報収集は得意なんでね」

「心強いことだ」


 そう言ってニコラスは笑う。

 ユートもつられて笑いながら言った。



「冗談だよ。ただ単に情報通の人間と親しいだけだ」

「へえ。恋人かい?」


 からかうニコラスに、ユートは「まさか」と慌てて否定する。


「ビジネスさ。いたってドライな関係だよ」

「そう照れなくてもいいだろう。女がいて恥ずかしがる歳でもないだろうに」

「……」


 男の言葉に、ユートはただ無言で肩をすくめた。

 何故だか、ふとレナの顔が思い浮かんだ。

 馬鹿馬鹿しい、とユートは頭から彼女の事を追い払うように頭を振った。


 彼の様子を横で見ていたニコラスは、笑みを浮かべながら言う。



「恋人は大切にした方がいいぜ?」

「そんなんじゃないさ」


 ユートは軽く男の肩を叩き、歩みを早めた。


「俺はメデッサの様子を見てくるよ」


 そう言ってユートは一人で行ってしまった。



「……あいつにとっての恋人はAFなのか?」


 青年の後ろ姿を立ち止まって見送ったニコラスは、苦笑交じりに小さく呟いたのだった。



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AF戦綺譚 ~孤狼、戦場に咆ゆる~ 瑞木ケイ @k-mizuki

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