第12話「軟派な傭兵?」
艦長室でメデッサⅡの事を報告し終えたユートは、レナと一緒に艦内の廊下を歩いていた。
艦長への報告は、あっさり過ぎる程簡単に終わった。ユートがカニングルフ傭兵団からメデッサⅡを借り受けた事を告げると、艦長はただ一言「あっそう」とだけ言って追い払ったのだった。
果たしてこれでいいのだろうかと疑問に思わないでもなかったが、面倒がないのはいい事だと、ユートは前向きに考える事にした。
「なあ、艦長はいつもあんな風なのか?」
ユートは少し前を歩くレナ・アップルビーに問うた。
レナはちらりとユートの方を振り向き、またすぐに視線を元に戻した。そして前を向いたまま答えた。
「ええ。いつもあんな風ですよ」
「だいぶ酒が入っているようだったが?」
「あの人は作戦行動中でもお酒を飲んでいるような人ですからね」
「それは拙いだろう。あんなのが艦のトップでいいのか?」
「いいわけがないでしょう」
レナは呆れたようにため息を吐き、立ち止まった。
それに倣ってユートも立ち止まる。
背の低いレナはユートを見上げて言った。
「……あなたは気付いていたかわかりませんが、この艦って他の方々からは吹き溜まり部隊って言われているんですよ」
「吹き溜まり部隊?」
「そうです。ワケアリの問題児と傭兵で構成された部隊。それがこの第三独立混成大隊というわけです」
「ふうん」
訳ありの三独大隊――と呼ばれているそうだ。
ここが問題児を集めた部隊だというのはユートも噂で聞いていた。
グァリス共和国の軍人でありながら問題のある人間と、余所者である傭兵の寄り合い所帯だ。
グァリス軍には他にも傭兵部隊はあるが、
実戦経験が少なかったり、過去に何かしらの問題を起こしていたり、性格に難があったり――後はそう、ロートル機乗りだったり。
ユートはリィンカー乗りという理由でこの部隊への配属が決まった。
「それで、あんたもここにいるってことは訳ありなのか?」
ユートが少女を見下ろして聞く。
レナはちょこんと小首を傾げた。その拍子に彼女の髪がさらりと揺れた。
彼女のしぐさに仄かな色気を感じて、ユートは思わず視線を逸らした。
青年のその様子を不思議そうに見つめながらレナは口を開いた。
「ユート・ミツルギさんはどう思いますか? あたし、問題児に見えます?」
「……いや。どちらかと言えば初陣だからここに配属された、とか?」
「……」
ユートの答えに、レナは無言だった。目を細めて青年の顔をじっと見つめている。
何となく彼女の顔を見る事ができず、ユートは視線を合わせずに話を続けた。
「艦長は、まあ、わかるんだ。作戦中に飲酒なんて、常識的じゃない。でも、あんたやダン整備長はまともに見える。ここにいる理由が思いつかない」
「見かけじゃ人の事なんてわかりませんよ。あたしも、それからダン・ガムカム整備長も、何か問題があるからここに飛ばされたんです。あなただって他人にはわからない闇の一つや二つ、持っているでしょう?」
「……」
どきりと心臓が跳ねた気がして、ユートはびっくりしたように少女の顔を見た。
あどけない容姿に似合わない、やけに大人びた表情がそこにあった。
いったい何が彼女にそんな顔をさせたのか。
ユートはひやりとしたものを背中に感じながら、辛うじて口から言葉をこぼした。
「……まさか年下の女の子からそんな事を諭されるなんてな」
「あら? ユート・ミツルギさんって何歳なんですか?」
「二十一だよ」
「じゃあ、あたしの方が年上ですね」
「えっ!」
今度こそユートは驚きで言葉を失った。
どう見ても十代の少女にしか見えない彼女が自分より年上だという事実を、ユートはなかなか呑み込めないでいた。
青年の驚きに満ちた表情を見たレナは、重々しくため息を吐いた。
おそらくユートの反応は珍しくないのだろう。こいつもか、みたいな反応だった。
「……十代にしか見えないんだが?」
「小さくて悪かったですね。こう見えて二十三です」
「……マジか」
受けた衝撃の大きさから、ユートはそう口にするだけで精一杯らしかった。
レナは呆れたような表情を浮かべ、言った。
「報告は終えたので、あたしはもう行きますね」
そう言って背中を向けて歩き出すレナに、ユートは咄嗟に声を掛けた。
「ま、待ってくれ!」
「はい?」
レナは立ち止まり、振り向いた。
その表情はあどけない少女のそれである。
ユートはレナの顔を見て声を喉に詰まらせた。
彼女を呼び止めたはいいが、ユートはその先の言葉を持っていなかった。何故自分がレナを引き止めたのか、その理由すらわからなかった。
呼び止めたくせに無言のままのユートに、レナは怪訝そうに眉をひそめた。
「何ですか? 用がないならもう行きますけど?」
「あ、いや……」
ユートは考えるよりも先に言葉を紡いだ。
「もしよかったら、この後一緒に食事に行かないか?」
「……それ、もしかしなくてもナンパですか?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どんなつもりで女性を食事に誘うんです?」
「……」
レナの言葉に、ユートは返す言葉を思いつかなかった。
はあ、と彼女がため息を吐いた。
「お生憎様、あたし、傭兵って嫌いなんですよ」
それだけ言うと、レナは立ち去って行ってしまった。
何で彼女を呼び止めたのだろう、と青年は自問する。
でも、答えは出なかった。
ユートはただ茫然と遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見送るしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます