第11話「傭兵の感傷」
ダン整備長と別れ格納庫を後にしたユートは、どこへ行こうというあてもなくただ艦内の廊下を歩いていた。
すれ違う人たちを横目に、ただ黙々と歩いている。そして徐々に人の往来が少ないエリアまで来ていた。
自分はどこへ向かっているのだろう。
そんな疑問を頭の隅に置いたまま、ひたすら足を動かしていた。
――相変わらずシケた顔してんな。
懐かしい声が聞こえた気がして、ユートははっと振り返った。しかし、そこには誰もいない。
「……幻聴、か?」
幻にしてはやけにはっきりした声に聞こえた気がした。だが、そんなはずはないのだ。何故ならその声の主はとうの昔に死んでいるのだから。
かつては口うるさく面倒に思えていた彼の嫌味や皮肉も、今となってはそれも悪くなかったと感じている自分に戸惑っていた。
昔話をしていたせいか、どうも感傷的になっているらしい。
ユートは自虐的に苦笑をこぼして俯いた。
自分の心などとうに冷え切っていたと思っていた。
それが思い出話ひとつでここまで感傷的になっているという事に、ユート自身驚いていた。
後ろから視線を感じる。それも気のせいだ。先程振り返った時に誰もいない事は確認している。
それなのに、やけに懐かしい視線を感じるのだ。
「……俺を、恨んでいるのか? 俺だけ死に損なって、生き恥をさらし続けている俺を」
答えはない。当然だ。死人に問うているのだから。
あの日から負い目を感じながら戦っていた。自分ひとりが生き残った事を悔やみながら、AFに乗り続けていた。
特に生きたいとは思わなかった。だが、自分から捨てられる程軽い命ではなかった。自死するには、あまりにも仲間たちの想いがのしかっかっていた。
だから戦場にいた。
不純な動機なのは百も承知だ。
だが、その道でしか生きることを知らなかった。
――不器用な奴だよ、お前は。
また、声がした。
厳しくも、自分を導いてくれた隊長の声が。
「俺は、赦されたいのだろうか……」
もしそうなら、自分はなんて自分勝手なのだろうか。
ユートは弱弱しく頭を振った。
「……ここは寒いな」
そう呟いて肩をぶるりと震わせた。
その時だった。
「寒いんですか?」
唐突に掛けられた言葉に、ユートははっと顔を上げて振り返った。
そこにいたのは一人の少女だった。
どうしてここに子どもが? と、いうのがユートの抱いた感想だった。
青年の目には、彼女の見た目は十五歳前後のように見えた。
背は小さく、童顔だった。赤茶けた髪をツインテールに結っているのも、容姿の子どもっぽさを補強しているように思えた。
しかし、彼女が着ているのは軍服である。であるなら、彼女は少なくとも成人している事になる。
軍によって年齢制限はまちまちだが、グァリス軍は
しかし目の前の少女はどう見ても子どもなんだが、とユートは困惑した表情で彼女を見下ろしていた。
軍服を着た女性はぱっちりと大きな瞳を瞬かせて青年を見つめた。
「あの、どこか体調でも悪いんですか?」
「え?」
「だって、さっき寒いって言ってましたし。それに顔色もどこか優れませんよ」
「あ、いや……」
ユートは咄嗟に言葉が出なくて、ばつが悪そうに視線を逸らした。
青年の様子を見て少女は不思議そうに首を傾げる。
「ユート・ミツルギさんもこれから艦長室ですか?」
「……艦長室?」
「違うんですか? でも、この先は艦長室以外だと特にパイロットの方が出入りする場所なんて――」
「ああ、いや。俺は適当に歩いていただけだよ。傭兵が来ちゃいけないって言うなら引き返すさ」
「そうなんですか?」
少女は小首を傾げたままユートをじっと見つめている。
その視線がなんだか気まずくて、青年はきまり悪そうに身じろぎした。
「ユート・ミツルギさんって、会ってみると思ったより普通の人ですね」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味ですけど」
「そもそも、どうしてあんたが俺の名前を知ってるんだ?」
その言葉に、少女はどこか呆れたような表情をした。
「どうしてって、それはあたしがこの艦のオペレーターだからですよ、リィンカーのパイロットさん」
彼女の言葉を聞き、ユートはそう言えば聞いたことがある声だと思った、と一人納得気に頷いた。
「そのオペレーターさんは今から艦長室へ?」
「ええ。どこかの傭兵さんが他の艦からメデッサⅡを借りたらしくて。その上にその人は報告らしい報告をしていないみたいなので、これからあたしがそれを艦長に報告しに行くところです」
恨めしそうにジト目で睨む彼女に、ユートはうっと声を詰まらせた。
そして言い訳するように口を開いた。
「いや、ダン整備長にはちゃんと話をしたんだが……」
「ええ。そのダン・ガムカム整備長から報告を受けました」
「……そうか」
これは自分に非があるな、とユートは重たい息を吐いた。
「……俺も一緒に行くよ。メデッサⅡを借りたのは俺だからな」
「そうですか。そうして頂けると助かります」
そう言う少女の顔は、またあどけなさの残る表情に戻った。「それじゃあ、行きましょうか」と言って彼女はさっさと歩き出した。
彼女の一歩後ろを歩きながら、ユートは彼女の事を見つめる。
「そう言えば、あんたの名前を聞いてもいいか?」
「レナ・アップルビーです。でも、そんなの聞いても仕方ないでしょう? あなたは傭兵なんですから、この戦いが終わったらもう会うこともないでしょうから」
「……まあ、確かにそうだな」
ユートはそう答えながらも、レナの言葉の端にどこか冷たいものを感じて首を捻った。だが、そんな違和感もすぐに頭の隅から追い出す。
結局、自分はただの傭兵――軍にとって替えの利く消耗品に過ぎない。
彼女の言う通り、この戦いが終わったらまた別の戦場へ向かうのだろう。あるいは力及ばず宇宙の塵になるか。
所詮俺は気ままな渡り鳥さ、とユートはふっと唇を僅かに吊り上げるのだった。
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