第10話「追想の悔」
モンモシー級AF母艦二番艦バングゥの格納庫に、一機のAFが運び込まれてきた。
ユートがカニングルフ傭兵団から借りたメデッサⅡである。
深紫色の機体は他のAFと比べても小柄で、それでいて分厚い装甲で覆われた重厚感のある見た目をしている。
それを見つめるダン整備長は「ほう」と息を漏らした。
機体を見上げる彼の横に、ユートが近寄った。
「ダン整備長」
「おう。ユート・ミツルギか。よくメデッサⅡを貸してもらえたな」
「まあな。模擬戦で負けたんだが、何故か貸してくれたよ」
「へえ。まあ、よかったじゃねえか。予備機って話だが、なかなか状態がいい。さすがはカニングルフ傭兵団ってとこだな。こいつなら軍のアルメーと遜色ない働きができるだろうよ」
そう言ってダンは呵々と笑う。
連日仕事で睡眠不足なのか、目の下にはくっきりと濃い隈ができていたが、本人の機嫌はよさそうである。
ユートは持ってきた栄養ドリンクを整備長に手渡した。
ダンはありがたくそれを頂戴した。
「おう。ありがとよ。気が利くな」
「いいさ。こうして整備してくれる人間がいてくれるからこそ、俺たちパイロットは戦える。感謝しているのはこちらの方だよ」
「うれしいねえ。今時そう言ってくれるパイロットは珍しいよ」
ダンは栄養ドリンクをぐっと飲み干した。
「いやあ、ありがたい。これでまだ頑張れるってなもんよ」
「休憩室の冷蔵庫に冷えているのがある。たくさん用意したから、後で他の整備士たちにもわけておいてくれ」
「おう。悪いな」
「これくらいお安い御用さ。……ところで、そこにある月虹の調子はどうだ?」
そう言ってユートが指差した場所には月虹が立っている。ニコラス・ブレントルの愛機である。
それを見たダンは「ああ、あれか」とつぶやいた。
「特に問題らしい問題もねえよ。普段からよく整備されているんだろう。先の戦闘でも被弾してねえし、大きく手を入れる箇所もねえ。まあ、お前さんのリィンカーのように一度ぼろぼろになっちまえば、ここでは
「そうか」
「せめて月虹改二だったら、アルメーとも互換性があるんだがなあ。何たってこんな
「一目惚れしたんだとさ」
「操作性なら改二の方が上だろう?」
「別に操作性だけの問題ではないんだろうさ。それに、
そう話すユートの瞳には機体を慈しむような柔らかさが宿っているようだった。
青年の言葉に、ダンは何かを言いかけてすぐに口をつぐんだ。
少し考えたように視線を彷徨わせた後、結局整備長は青年に言葉を掛けた。
「お前さん、皇国人だろう?」
「ああ、そうだ」
「やはり、お前さん方にとって月虹とは特別なもんなのかい?」
「……」
ユートはすぐには答えなかった。
ただ無言で月虹を見上げていた。
長年大陽皇国の主力量産機として多くの皇国軍人たちに愛されてきた機体だ。
現在でも月虹改や月虹改二といった後継機が生み出され、皇国軍の戦力を担っている。
今こそ各国の戦場を渡り歩き、様々なAFを操る事ができるユートだが、やはり皇国人として月虹にはそれなりに思い入れがあった。
しばしの沈黙の後、青年は静かに口を開いた。
「他の人間がどう思っているかは知らない。が、俺にとっては間違いなく特別な機体だよ。なんせはじめて乗ったAFだからな。……六年前の話さ」
「へえ。皇国で六年前って言うと、内乱の時かい?」
「ああ」
青年は瞼を閉じた。
六年前。大陽皇国で大きな内乱があった。
後世にそう呼ばれるようになったこの内乱の発端は、大陽皇国政府が全人類統一連合の要求を呑み、不平等な条約を結んでその傘下に入ると決めた事であった。
大陽皇国人としての矜持を胸に、全統連の不当な要求に屈した軟弱な政府を糺すという志を持った者たちが集まって結成されたのが世直組である。
だが、結局内乱は鎮圧され、世直組のほとんどは討ち死した。
皇国は全統連に加盟した。
それまでは他国を侵略せず他国の戦争に加勢しないという中立の立場を取っていた皇国であったが、全統連加盟後、彼らの命じられるままに他国の戦争に介入する事となった。
他国と戦争をしない。その為に世直組は立ち上がったのに。
もうあれから六年も立つのか、とユートは苦い過去を暗い気持ちで振り返る。
「じゃあ、初陣は大変だったんじゃねえのかい?」
「え?」
物思いに耽っていたユートは、ダン整備長の声にはっと我に返った。
「内乱の話さ。世直組は小勢でありながら、手練れの集団と聞いてるよ。皇国政府もかなり手を焼いたというじゃないか。それを相手に戦ったんだろう?」
「ああ――」
ダンの言葉に、ユートは苦笑をこぼした。
どうやら彼が勘違いをしているらしいと、ユートは遅れて気付いた。
「違うよ。俺は政府軍の狗なんかじゃない」
「え、まさか、お前さん……」
「俺は世直組。内乱後もこうして生き恥をさらしている、戦場の亡霊さ」
そう言って昏い瞳で月虹を見上げるユートの唇には、自嘲じみた笑みが浮かんでいた。
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