第9話「模擬戦の後で」

 帰艦後、ユートは再び艦長室にいた。


 今度はユートとアルマのふたりきりで、小太りの男の姿は見えなかった。

 二人が椅子に座ると、まずアルマが口を開いた。



「どうだった? 模擬戦をやってみた感想は」

「強いな、あのパイロット。誰が乗っていたかはわからないが、さすがはカニングルフ傭兵団のトップエースだ。完敗だよ」

「へえ。素直に認めるじゃないか」

「事実だからな」


 ユートは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。

 そんな彼の顔をアルマは意外そうな表情で見ていた。


 自分の敗北を素直に認める傭兵は少ない。

 戦争屋として自分の戦闘力を商売にしている傭兵という職業柄、おのれの戦績を声高に叫ぶ者は多いが、その逆はかなり珍しいのだ。

 どこの軍も、負ける傭兵を雇いたいとは思わないからだ。



 アルマは密かに唇の端を吊り上げた。

 彼女は弱い人間を嫌うが、自分の負けを素直に認める事ができる人間は好きだ。

 身の程を知る事のできる傭兵はよく生き延びる。



「メデッサⅡもいい機体だな。結構気に入ったよ」


 どこか暢気にも聞こえる声でユートが言った。

 それを聞き、アルマは嘆息した。


「リィンカーに比べたら、どれもいい機体ということになるだろうよ」

「そんなことはないさ。リィンカーあれもいいよ。癖がなくて乗りやすい。武装が少なく、装甲も薄いが、それはパイロットの腕でどうとでもカバーできるしな」

「いや、普通はそうはならんのだがな……」


 今の時代、現役でリィンカーを乗りこなす傭兵はそういない。

 相変わらず変わっている男だ、とアルマは思う。


「しかし、最近までリィンカーを乗っていたというのに、よく咄嗟にメデッサの操縦ができるな。骨董品とあれでは、操作性がまるで違うだろう?」

「細かな操作は違うが、根本は変わらないさ。同じAFなんだから。ただ操縦桿を握って状況に応じた武器で戦うだけだ」


「簡単に言ってくれるな。普通はそう単純なものではないんだよ。特に第一世代と第二世代ではコックピット内の装置の配置が全く異なる。それに重力下や水中、宇宙の全てに対応するように試行錯誤されたリィンカーと違い、メデッサⅡは完全に宇宙戦特化の仕様になっている。宇宙での戦闘において、リィンカーよりも操縦した時の感覚が違うだろう」



 呆れを多分に含んだ彼女の言葉に、しかし、ユートは得心がいかない様子で首を傾げている。


「確かに操縦した感覚は違うが、それでも普通に戦えるよ。どんな機体も乗りこなせてこそ、一流だろう?」

「……ああ、そうかよ」


 言葉を尽くすことは諦めて、アルマは煙草を咥えた。

 どんな機体をも瞬時に乗りこなせる能力。それは確かに一流の才能かもしれないな、とアルマは思った。

 少なくとも、それは普通の人間にはない才能だ。



「まあ、それっぽい事を言っても、試合に負けては締まらないんだがな」


 そう言ってユートは笑った。どこか苦いものが混じった笑いだ。


「あいつはウチのトップエースだからな。そう簡単に負けはしないさ」

「それでも、もう少し善戦できると思ったんだけどな」

「充分善戦していたと思うが?」

「こちらの攻撃を一発も当てられなかったのにか?」


 ユートは自嘲気味に言う。

 機体を自在に操縦できたとしても、手も足も出ずに完敗しては意味がない。模擬戦で勝てない相手に、戦場で勝てるはずがないのだから。


 それでも、とアルマは模擬戦が終わった後にエースパイロットの男と話した事を思い出す。



『ご苦労だったな。圧勝じゃないか』

『いやあ、そんなこともないですよ。あの青年、なかなか手強い相手でした』

『だが、勝ったのはお前だ。見ろよ、ユート・ミツルギの機体はペイント弾で汚れ、元の色がわからない程だ』

『いえいえ、あれで油断ならないですよ。わたくしもかなり本気を出したんですがね。勝負がつくのに結構時間がかかりました。それに最後は右脚に一発貰ってしまいましたしねえ』



 あの汗っかきの男はそう言って額をハンカチで拭いながら言ったのだ。

 アルマが傭兵団の団長になってから、あの男が模擬戦で本気になったことなど一度もなかった。

 だから、彼の言葉に少なからず驚いていた。


 もし彼の言葉に噓偽りが一切ないとすれば、ユートの実力はかなり期待できるとアルマは睨んでいる。

 傭兵団のトップエースである男は、見た目がどうにも頼りなく、また言動も控えめである。

 全くもって強そうには見えないのだが、しかし、一度AFに乗ると、彼は他の傭兵の追随を許さない強さを見せるのだ。


 彼が本気を出した。そして本気になった彼に一発を命中させたのだ。

 青年の実力を認めてもいいかもしれないと、アルマは考えはじめていた。



「今回の戦に限り、メデッサⅡの貸与を認めてやる」

「え?」

「何だ、不満か?」

「いや、そんな事はないさ。……だが、いいのか? 俺は模擬戦で負けたんだぜ? それも完膚なきまでに叩きのめされた。認められるような戦いはしていないはずだが……」


 戸惑いを隠せない青年に、アルマは笑って答えた。


「お前に思い当たるところがなくとも、私には見るところがあったのさ。私が貸してやると言ったのだ。素直に受け取れ」

「……まあ、そう言うのならありがたく受け取るが」


 ユートはどこか釈然としない表情で頷いた。

 若者の顔を見て満足そうに目を細めながら、アルマは紫煙を燻らせる。

 ところで、とユートが口を開いた。



「俺の相手をしたエースパイロットって誰なんだ?」

「気になるか?」

「当然だろう。あれだけ強いなら、かなり名の知れた人物のはずだ」

「赤蛇さ」


 その二つ名を聞き、ユートは驚きで目を丸くした。


 赤蛇。


 傭兵だけでなく、軍人にもその名を轟かせる凄腕のSランク傭兵である。味方に勝利を、敵に敗北を与える常勝の赤き星。

 道理で強いはずだ、とユートは感嘆の息を漏らした。



「ありがとう。メデッサを貸してくれた事もだが、赤蛇と模擬戦する機会を与えてくれた事が何よりもうれしいよ」


 ユートは頭を下げると、感謝の言葉を残して退室した。

 若者の背中を見送った後、アルマは煙草を灰皿に投げ捨てて笑みを浮かべた。


「不思議な若者だ」


 そう言って彼女はもう一本の煙草を取り出すのだった。


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