第8話「模擬戦」

 クォ・ラーメ基地の近くに、グァリス軍がよく演習を行う宙域がある。

 そこに、カニングルフ傭兵団の艦があった。その艦から二機のAFが発艦する。メデッサⅡである。


「へえ。操作性は悪くないな」


 メデッサのコックピット内で、ユートは呟いた。お気に入りのスタァレィズの曲を聞きながら、鼻歌でも歌いそうな陽気さで操縦桿を握っている。

 そこへ傭兵団の艦から通信が入った。アルマだ。



「小僧、準備はいいかい? ……お前は何でAFの中で音楽を流してるんだ?」

「その方が落ち着くんだよ。準備ならいつでもいいぜ」

「ああ、そうかい。こちらから信号弾を打ち上げる。それが戦闘開始の合図だ。いいな?」

「了解」


 通信が切れると、ユートは合図が送られるのを待った。

 その表情には先程まであったお気楽さは微塵もない。すでに気持ちの切り替えが済んでいた。



 そして、AF母艦から信号弾が打ちあがった。

 瞬間、スラスターを吹かせて急加速する二機のメデッサⅡ。

 先に攻撃したのはユートである。


 模擬戦用のペイント弾を装填したライフルを三発、立て続けに連射する。敵の回避行動をある程度予測した射撃だ。

 しかし、相手はそれを難なく避けてみせた。それだけでなく、反撃のライフルを返礼してくるのだった。


「やるなッ!」


 ユートはそれをひらりと避け、再びライフルの引き金を引く。

 演習場はたちまち激しい銃撃の応酬となった。


 はじめは優勢に立ち回っていたユートであったが、すぐに互角の戦いになり、かと思えば徐々に押されはじめていた。



 ユートは銃を用いる時、基本的に二、三発連発して撃つ。それは一撃で敵を墜とせると思っていないからだ。

 元々ユートは射撃が大の苦手だった。

 現在はそれなりの戦場を経験し、射撃の腕も昔に比べてずいぶんと上達した方だが、それでも未だに射撃に対して格闘戦程自信を持てずにいるのだ。


 元来敵の行動予測は得意であったから、相手の回避を読んだ連続射撃でこれまでの修羅場を乗り越えてきた。



 だが、目の前の敵は違う。

 先の行動を予測するユートの「先見」を用いた正確な射撃。だが、その攻撃の悉くが当たらないのだ。

 そのくせ敵の反撃は素早く正確で、いつものように最小限の動きで回避することが難しい。

 今のところ一発も被弾はしていないが、果たしていつまで敵の攻撃を避け続けられるのかわからなかった。



 立て続けにライフルを発砲するユート。

 一発目、二発目を造作もない様子で回避する相手パイロット。そして直撃するかと思われた三発目は、漂っていた隕石に当たって遮られた。


「まさか、それも計算していたのか?」


 ユートの目が驚きで見開かれる。

 その瞬間、コックピットに振動が走る。と、同時にモニターに赤い警告がポップアップした。左脚に一発被弾したらしい。


「ちっ」


 ユートは苛立たし気に舌打ちする。

 慌ててその場を離れると、先程までいた場所をペイント弾が通過していく。


「さすがはエースパイロットだな。まるで隙がない!」



 何とか隙を見出したいのだが、回避に忙しくて反撃する暇すらないのが現状だ。

 同じ性能の機体に乗っているというのに、ここまで差が出るのかと驚愕するユートである。


 ユートとてBランクとはいっても、撃墜数でいったらAランク相当の実力を持つのだ。それなりに戦える自信は持っていた。

 慢心していたつもりはないのだが、とユートは独り言ちる。



 機体を高速で駆り、宇宙空間を漂うデブリや小惑星を利用しながら敵の射撃を躱していく。

 そして何とか一、二発の反撃を見舞う。だが、やはりと言おうか、そんな苦しい攻撃は当たらない。

 それどころか逆に反撃され、右側の腰部へと相手のペイント弾が命中する。再び警告がポップアップした。


「くっ!」


 先程から苦戦を強いられている。

 どうにか逆転できないかと機会を窺うが難しい。

 何とか接近戦に持ち込みたいのだが、相手の射撃が正確すぎて近寄る隙が微塵も見つからないのだ。

 ジリ貧である。


 だが、それでも諦めるユートではない。

 相手の動きに食らいつこうと躍起になって機体を駆る。

 それでもこちらの攻撃はかすりもせず、それなのに敵の射撃が一発、二発と命中する。

 何とか致命打を避けているが、それでもユートの乗るメデッサⅡはペイントでところどころが汚れている。



「それでもッ!」


 最後まで足掻くようにトリガーを引くユートだが――

 敵の銃口がユートのメデッサを捉える。

 ユートは咄嗟に回避行動を取った。が、次の瞬間にはユートのモニター画面に赤い警告のポップアップが現れた。コックピットへの被弾を報せるものであった。


「――あ」


 気の抜けたユートの声。

 その時、AF母艦から信号弾があがる。



「両者、そこまで。勝敗は決した。二人とも旗艦しろ」

「了解。ユート・ミツルギ、帰投する」


 アルマからの通信に、ユートはそう答えてから通信を切った。そしてゆっくりとため息を吐いて、シートに深く身体を預けた。



 完敗だな、とユートは唇を小さく歪める。

 これではAFを貸してもらうことなどできないだろう。

 それが少し残念ではあるが、自分がまだまだ未熟だと確認できたのは幸いだろうか。これが模擬戦ではなく戦場だったら命はなかった。


 できることなら敵対したくない相手だな、とユートは思った。


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