第7話「交渉のテーブル」

 カニングルフ傭兵団団長と交渉のテーブルに着くことができたら――と、ニコラスは言った。

 そして事実、ユートは団長と話をする機会を得ることができた。果たしてあの男と傭兵団の間に過去どのような繋がりがあったのかはわからないが、この状況を作ってくれたことは素直にありがたかった。



 会談場所はカニングルフ傭兵団の旗艦、その艦長室である。

 その部屋にいるのは三人の人影だ。


 ひとりはユートである。

 革張りのソファに腰掛け、どこか余裕のある表情でいる。


 彼と相対するのはこの艦を仕切るカニングルフ傭兵団団長アルマ・デイだ。

 右目に眼帯をした妙齢の女性である。彼女のジャケットの左腕部分が不自然に揺れていた。

 アルマは隻眼隻腕の傭兵であった。

 今はもうAFに乗れないが、かつては凄腕のパイロットとして活躍していた。今は一個大隊規模の傭兵団を指揮する艦長として辣腕を振るっている。


 そして彼女の横に控えるのは、背が低く、禿頭で小太りの男である。

 自分から名乗らず、アルマも紹介しなかった。ユートが名を尋ねれば、「わたくしは名乗るほどの者じゃあないですよ」と額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながらへらへら笑って誤魔化した。

 どうやら名を明かす気はないらしいと、ユートはそれ以上の詮索を諦めた。

 さて、とアルマが口を開いた。



「AFを借りたいんだって?」

「ああ。機体が余っていたら、一機融通して欲しい」

「へえ。しかし、どうして私らに頼んだ? 機体が欲しけりゃ軍に言えばいい」

「もちろん、そうしてもよかったんだがな。ある人からあんたらに掛け合ってみたらどうかと言われたんで、物は試しとこうして話をしている」


 あっけらかんと言うユートに、アルマは唇の端を吊り上げた。

 気に入らないな、と彼女が呟く。

 それだけで部屋の気温が僅かに下がったような錯覚を覚えさせた。



「物は試し、などというお気楽な考えで私らから機体をせびるとは、いい度胸してるじゃないかい」

「そいつはありがとう」

「褒めたつもりはないんだがね」

「度胸があるってのは誉め言葉だろう?」


 そう言ってユートはにやりと笑う。

 アルマはつまらなそうに小さく鼻を鳴らした。



「その余裕はどこから来るんだろうね」

「さあな。強いて言えば心じゃないのか?」

「はっ。可愛げのない小僧だよ」

「成人した男に小僧はないだろう」


 ユートは思わず苦笑いをこぼした。

 彼の態度は実に自然体である。虚勢を張るでもなければ、下手に出て媚びるわけでもない。

 ちょっと知り合いを尋ねてふらりと立ち寄った、くらいの気楽さがある。


 果たしてこいつは大物か、はたまたただの馬鹿か。

 アルマは油断なく若者を見つめていた。



「お前の戦績であれば、軍は格安でアルメーを貸し出すだろう。わざわざ私らを頼る必要性はないが」

「カニングルフ傭兵団の所有するAFはメデッサⅡと聞いている。乗れる機会があるなら一度乗ってみたい……というのもある」

「性能で言えばアルメーの方が優れているぞ」

「カタログスペックではな。だが、俺は性能がどうこう言うつもりはないよ。戦うならリィンカーで充分なんだ。それにアルメーは前に乗ったことあるからな」


 事もなげに言うユートだが、聞いている方は呆れ顔だ。

 機体の性能はどうでもいいと言う兵士はあまりいない。性能がよければそれだけ敵を多く撃墜できるだろうし、何より自分の生存率もあがる。


 第三世代のAFが登場しつつある昨今、骨董品リィンカーで戦場に出る馬鹿はいない。

 ……目の前の男を除いて。



 アルマは煙草を取り出してライターで火をつけた。喫煙でもしないとやってられん、といった様子だ。

 彼女は言った。


「今まで乗ったことのない機体がいい、などという馬鹿げた理由でAFを借りに来たのはお前がはじめてだよ」

「あ、そう。それで、貸してくれるのか、くれないのか?」


 ユートはどっちでもよさそうに尋ねた。

 本当にAFを借りに来た男の態度だろうか、とアルマは頭痛がする思いだった。


 アルマは即答しなかった。

 しばらく考えるように口を閉ざした。だが、実際は答える言葉は決まっている。ただ、焦らして反応を見てやろうと思っただけだった。

 そして、その沈黙の間、ユートは真っ直ぐにアルマの左目をじっと見つめ返していた。



「貸してやってもいい。だが、一つだけ条件がある」

「その条件とは?」

「模擬戦だ。カニングルフウチのトップエースと戦え。その結果で決める」

「へえ」


 アルマが突き付けた条件を聞くや、ユートの表情に獰猛な笑みが浮かぶ。


「いいね、面白い。トップエースと模擬戦か。楽しめそうじゃないの」


 ユートは実にご機嫌そうであった。

 それを見たアルマは呆れたように呟いた。


「お前、戦闘狂の類か?」


 ため息とともにこぼれた小さな声は、どうやらユートには聞こえなかったらしかった。







 ユートが退室した後、アルマは傍らに立つ禿頭の男に声を掛けた。


「お前はあの若者をどう見る?」

「いやあ、なかなか面白そうな青年ですなあ。剛毅なのか、あるいは馬鹿なのか、まったくわからないですねえ」


 そう言って彼はハンカチで汗を拭う。


「リィンカーであの撃墜スコアを叩き出したのだ。腕はいいのだろうか……」

「ただの戦闘狂でしょうか?」

「さて、な」


 アルマは面白くなさそうな表情で、煙草を灰皿に押し付ける。


「おい。お前があいつの相手をしろ」

「はあ。わたくしが、ですか?」

「ああ。少しあの若者と遊んでやれ」

「はあ……」


 どうにも風采のあがらない男は、ため息ともつかぬ曖昧な返事をするのだった。


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