第6話「傭兵とAF事情」

 これからどうしたものだろうかと、ユートはクォ・ラーメ基地の中を歩きながら考えていた。


 ダン整備長と別れた後、艦を降りたユートはその足でカニングルフ傭兵団の元へと向かった。

 だが、結果は散々であった。

 傭兵団の艦の傍まで近寄ると、ちょうど良いところに団員を見つけたために話しかけてみた。だが、団員はこちらの話など一切聞く耳持たないという態度で、ユートは門前払いを食らってしまったのだった。

 取り付く島もないとはこのことだろう。ユートは仕方なく引き下がらざるを得なかった。


 最初から簡単に進む話ではないとは覚悟していたユートも、まさか会話のテーブルにすら着かせてもらえないとは思ってもみなかった。

 これは諦めた方が賢明だろうと、ユートは正規軍と交渉するために自分の艦に戻っているところであった。



 慌ただしく行き来する軍人を横目に、ユートはゆったりとした足取りで廊下を歩いている。

 そこへ声を掛ける男の声があった。

 ユートは立ち止まると振り返った。そこにいたのは見知った人物――ニコラス・ブレントルである。


「よう、ミツルギ。こんなところを散歩かい?」

「いいや。ちょっとカニングルフ傭兵団に用があったんだが……」

「カニングルフ? だったら逆方向だぜ?」

「ああ、知ってる。門前払いを食らったんだ」


 そう言うユートの表情には苦いものが混じる。

 はじめから上手くいかないだろうとは思っていても、会話の場すら与えられないのが気に障るらしい。



「あんた、いったい誰に会おうとしてたんだ?」

「団長。あるいは、それなりに権限を持った奴だな」

「ほう。そりゃあ、またどうして?」

「AFを貸してもらえないかと思ってな」

「なんだって?」


 ユートの言葉を聞いたニコラスは驚いたように目を丸くした。


「AFを? あんた、リィンカーはどうしたんだ?」

「壊れたよ。パーツがないから修理せないんだとさ」

「なるほど、それは大変だ。……待てよ。ってことは、俺も月虹を壊せば修理できないってことか」


 気を付けねばな、とニコラスは小さく呟いた。



 リィンカー程古くはないが、月虹も他機体との間でパーツの互換性がない。

 それはただ単に古い機体というだけではなく、他国とのAF開発競争で独自路線を貫いた大陽皇国の開発方針にも原因がある。それも現在では大陽皇国が全人類統一連合に加盟した為、その方針は転換されたのだが。


 月虹を生産していたクマガヤ重工業は、全統連加盟後に皇国から要請を受けて新型AFの生産を開始した。その際に、月虹をはじめとする他の機体と互換性がない旧来の機体の製造を取りやめている。

 ニコラスの言う通り、この基地で月虹を修理するのも相当に無理があるだろう。



「いやはや、ロートル機乗りには世知辛い世の中だな」

「自分の意思で乗ってるんだ。あまり文句は言えない」

「違いねえや」


 そう言ってニコラスは快活に笑い飛ばした。


「しかし、だからと言って機体が壊れたままでは困るだろう?」

「ああ。とりあえず、軍に言ってアルメーを貸してもらえないか聞いてみようと思う」

「ま、それが妥当か……」



 戦闘でAFを大破させた傭兵に対して貸し付ける為に、どこの軍事施設でもAFを余剰に配備しているものである。

 そしてここクォ・ラーメ基地も例外ではなく、グァリス共和国軍の主力量産機アルメーが用意されている。



 アルメーは第二世代の中でも後期型のAFである。

 暗緑色の機体は全長十八メートルとやや大型だが、バックパックには二基のメインスラスターと四基のサブスラスターが搭載されている為に機動力は高い。

 任務に応じた装備を換装することにより、どのような戦況でも戦えるように設計されている。


 状況を選ばない汎用性とパイロットを選ばない操作性の高さから、グァリス軍だけでなく傭兵からも人気を集めている機体だ。



「まあ、あんた相手なら軍も快く貸してくれるんじゃないか? 何てったって第七機動艦隊を救ったんだ」

「それは俺がやったことじゃない」

「だが、ミツルギの働きも大きいだろう? 撃墜数の多さがそれを物語っている」

「だが、ローランドを逃がした」

「ローランド?」


 誰だよ、とニコラスは不思議そうに首を傾げる。



「新型AFのパイロットだ。純白の機体の――」

「ああ。あいつか」


 ユートの説明に合点がいったのか、ニコラスは大きく頷いた。


「俺は実際に戦っていないから詳しくはわからんが、ただ異様に強いというのは聞いている。第四艦隊を墜としたのも、その白い奴なのだろう? 手練れじゃないか。それをリィンカーで追い払ったっていうんだから、あんたもすごいよ」

「あ、そう」


 ユートは肩をすくめ、淡白に答える。この若者はどうも自分の手柄には興味が薄いらしい。

 傭兵なのに珍しい男だ、とニコラスは胸中で呟く。この男なら、もしかしたらあの人物と話が合うかもしれない。

 そう思ったニコラスは、ユートへこんな提案をした。



「なあ、あんた。カニングルフ傭兵団団長と交渉のテーブルに着くことができるとしたら――どうする?」

「何?」

「俺はちょいと昔にあの傭兵団の世話になったことがあってね。知り合いがいるんだ。もしよければそいつに掛け合ってみてもいいが、どうする?」


 そう言ってニコラスはにっと笑う。

 ユートは唇の端に苦笑を浮かべた。


「……あんた、いったい何者だよ」

「ただの傭兵……いや、今はしがない第三独立混成大隊の第一AF中隊隊長だ」


 冗談めかして言うニコラスに、ユートは思わず噴き出した。



「それで、どうするよ?」

「ああ、頼んだよ。しがない中隊長さん」

「おう、任された」


 そう言ってニコラスはにやりと笑った。


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