第5話「壊れた機体」
「リィンカーが
AF母艦の格納庫内に、ユートの声が響いた。
今のユートはパイロットスーツではなく、ラフな格好にカーキ色のフライトジャケットを羽織った姿である。
全人類統一連合軍との一戦を終え、グァリス共和国軍の艦隊は前線基地であるクォ・ラーメ基地に停泊していた。
小惑星を要塞化したこの基地では、先の戦で損傷した艦艇やAFの修繕が急がれていた。そこは戦闘を終えた兵士たちに代わり、整備士たちの戦場である。
第三独立混成大隊の艦も例外ではなく、パイロット以外のクルーらは皆何かと忙しそうにしていた。
そんな中、格納庫に収容されたリィンカーの目の前で二人の男が話していた。ユートと整備長である。
ユートは彼へ尋ねた。
「何故リィンカーを修理できないんだ?」
「何故って、お前さんなあ――」
そう言って大きなため息を吐くのは、ダン・ガムカムという男だ。ダン整備長はぼさぼさの頭を乱暴に掻きながらリィンカーを見上げた。
ローランドとの戦闘で中破してしまったリィンカーは、現在ハンガーに固定されてはいるものの修理はされていなかった。
「修理しようにも、パーツがねえのさ。リィンカーの部品なんぞ、この艦はおろか、基地の隅々を探したってありゃしねえよ」
「他の機体から何とか流用できないのか?」
「無理に決まってんだろ。骨董品に合う規格なんてもんは、ここにはねえ。右腕丸ごと持ってかれてる上に、左腕もガタガタだ。削れた装甲を鉄板で塞いだ左脚とは違って、適当に他の腕くっつけときゃいいって訳にゃいかねえのよ」
「骨董品、か……」
ユートは顎に手をやり思案顔だ。
現在のAFの主流は第二世代のものだ。ユーディスやハーディンなどといった第三世代のAFが登場してきたとは言え、それが戦場の主役になるのはもうしばらく先のことだろう。
そして第二世代にせよ、第三世代にせよ、ここ数年で登場した機体にはある特徴があった。
それは機体のパーツや武装にある程度の互換性があるということである。
その為以前に比べれば、傭兵たちが様々なAFを持ち込んでいたとしても、現場で異なるAFを修理することが容易になった。
だが、リィンカーのような第一世代の機体には、他の機体との互換性は皆無であった。そして現代において、乗り手のいない第一世代のAFパーツを常備している施設は少ないのが事実だ。
「しかし、両腕がないままでは戦えない」
「ねえもんは仕方ねえだろうよ。それに戦闘はいったん終わったんだ。敵さんもしばらくは攻めてこねえだろう」
「だが、いずれまた戦闘になる。その時に機体が壊れたままでは困る」
「困ると言われても、こっちが困る。パーツがねえんだ。直そうったって直しようがねえのよ」
整備長の言葉を聞き、ユートはそっとため息を吐いた。
彼の言うことは理解できる。そして彼ら整備士たちが悪いのではないのも充分に承知しているつもりだ。
だが、機体が無ければパイロットは戦えない。ユートは傭兵だ。AFが壊れているからと言って、艦から戦場をぼんやりと眺めているわけにもいかないのだ。
参ったな、とユートは小さくぼやく。
それを横で聞いていたダンが、「なあ」とユートに声を掛けた。
「お前さんはリィンカーに何かこだわりでもあんのかい?」
「いや、そういうわけじゃない。会社に有ったのがこれだけだから、こいつに乗っているだけだ」
「レンタル品か」
ダン整備長は再びリィンカーを見上げた。
じっと機体を見つめる瞳に何を思っているのか。ダンはしばらく無言でぼろぼろになった骨董品を見ていた。
しばらくの間二人は無言だった。格納庫内で作業員らが大声でやり取りしている声が、やけに大きく聞こえた。
やがてダンが口を開いた。
「お前さんの撃墜スコアなら、軍からアルメーを貸してもらえるとは思うんだが――」
「なにか問題が?」
「いや、そうじゃねえ。そうじゃねえが……、ちょっと思いついたことがある。お前さん、カニングルフ傭兵団と交渉する気はねえか?」
「カニングルフ傭兵団?」
その名を聞いたユートは訝しそうに眉をひそめた。
「何故、そこで傭兵団の名前が出てくるんだ?」
「あそこならAFの一機や二機、余ってるだろ。グァリス軍から機体を借りるより、同じ傭兵から借りた方がいいんじゃねえかって思ったんだよ」
「傭兵同士に横のつながりを求められてもな。俺は向こうとは面識も何もない。素直に貸してくれるとは思えないのだが」
「同じ戦を戦った仲だろうに」
ダンはそう言うが、同じ軍隊に所属したから仲間意識があるかと言われたら、現実はそう単純なものでもない。
そもそも傭兵団を形成している者たちは仲間内の結束こそ強いものの、他の傭兵たちには冷淡であることが多い。彼らが快く機体を貸してくれると思える程、ユートは楽天家ではなかった。
「まあ、無理にとは言わんよ。順当に軍へアルメーを貸してくれるようお願いするのでもいい。お前さんの好きなようにやればいいさ」
「……そうだな。ありがとう。後は自分で何とかしてみるよ」
「ああ」
ユートは整備長へ軽く頭を下げ、格納庫を後にしようと踵を返した。その時、ダンが若者の背中へ声を掛けた。
「なあ、お前さん……ユート・ミツルギだったか」
「ああ、そうだが」
呼び止められ、ユートは振り返った。
整備長は若者に背を向けてリィンカーを見上げたまま、話を続けた。
「何だかんだと言ったが……、俺は割とリィンカーが嫌いじゃねえ。昔はよくこいつをいじっていたもんだ。だから何だと言うわけでもないんだが……。お前さんの会社にはいい腕の整備士がいるんだろうなあ。何てったって、未だに第一世代の機体が戦場に出れるんだからよ。それもただ動くだけじゃねえ、ちゃんと活躍できるようによく整備されている。……夢のようじゃねえか」
彼は今、どんな気持ちでいるのだろう。
背を向けたままの整備長の表情を窺い知ることなどできないし、また、ユートはそれを知りたいとも思わなかった。ダン整備長の肩が震えているのは気のせいだろう。
ユートは掛ける言葉を迷い、俯いた。だがそれもほんの僅かな時間だった。若者はすぐに顔をあげるや、整備長の背中に声を掛けた。
「リィンカーはいい機体ですよ。今もまだ、戦える」
それだけを言い残し、ユートは格納庫を後にした。
後に残されたダンは振り返りもせず、ただ無言でリィンカーを見上げ続けていた。
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