第4話「宿命との邂逅」
浅葱色の機体と純白の機体が交差する。その刹那、ビームセイバー同士がぶつかり合い、火花を散らす。
一旦距離を取り、もう一度スラスターを吹かせて突撃する。二合、三合と剣を交え、その度に激しい閃光が宇宙に奔る。
『ほう。これは……。博物館に飾っておくような骨董品が何故戦場にいるのかと訝しんでみれば、なかなかどうして、やるじゃないか』
純白のAFに乗る敵パイロットが感心したように唸る。
彼が乗る機体は、ユーディスの性能をも軽々と超えてみせる、全人類統一連合軍の中でも最新鋭のAFだ。
全統連だけでなく、他のどんな軍事組織でもこれに比肩しうる機体は存在しないと自負しうるだけのスペックを持つ。
それだけに、第一世代のリィンカーでこれだけ健闘されるのは、新型のパイロットにとって想像の埒外であった。
『面白いな。これ程の腕を持ったパイロットがいようとは。まったく戦場とは化物どもの巣窟だな』
そう言って敵パイロットは唇に笑みを浮かべてみせた。
どこか余裕を感じさせるのは、おのれの操縦技術への絶対的な自信か、あるいは機体性能への信頼によるものなのか。
彼は機体を加速させて、再びリィンカーへと向かっていった。
「ちっ。そう簡単に銃は撃たせてくれないか!」
対するユートは歯を食いしばりながらも、何とか敵に食らいついていた。
リィンカーが最新型と格闘戦を行えば、その性能差からどうしてもジリ貧になりやすい。
だが、距離を取って戦おうにも、それを許してくれる敵ではない。
リィンカーよりも素早い動きで接近する敵に、ユートはどうしても近接戦闘を余儀なくされていた。
接近する敵にバルカンで牽制するも、相手はそれを物ともせずに突っ込んでくる。
敵AFの斬撃を、リィンカーは何とかビームセイバーで受け止めた。
しかし、それでも敵は持ち前の膂力を活かして押し切ろうとする。鍔迫り合いのまま、敵がスラスターを全開で吹かした。
ユートも対抗してスラスターを吹かせるが、相手と拮抗するにはあまりに出力差が開きすぎていた。
リィンカーは純白のAFに圧されて後退し、大型のデブリに背面を強かに打ち付けられて停止した。
「ぐぅ!」
デブリに激突した衝撃でコックピット内が揺れる。少しでも気を抜けば意識が持っていかれただろう。
一瞬視界が霞む中で、ユートは咄嗟に頭部バルカンのトリガーを引く。
至近距離から放たれたリィンカーのバルカン砲が、敵AFを激しく撃ち付けた。それでも敵の分厚い装甲を歪めただけで、貫通させることは叶わなかった。
しかし、どれだけAFが頑丈だろうが、それに乗っているのは人間だ。
至近距離から銃撃を受けて装甲がダメージを受ければ、普通のパイロットは恐怖を覚えるはずである。
だが、敵はそんなことなどお構いなしと言わんばかりに、更にスラスターを焚いてリィンカーを圧し潰す勢いで迫った。
「何て胆力だ! 少しは怯めよ!」
ユートの表情が歪む。
このままでは押し負ける。
そう感じたユートは咄嗟にリィンカーの右足で敵の胴体を蹴りつけた。その時の反動を利用し、リィンカーは敵AFから距離を取った。
その際に敵の反撃を受け、ビームセイバーは右腕ごと敵に吹き飛ばされてしまった。
「ちぃっ! 厄介なっ!」
忌々し気に盛大な舌打ちをしつつ、ユートは次の攻撃を警戒する。そこへ鳴り響く警告音。
純白の機体が再び接近して来ていた。
ユートは咄嗟にシールドを投げつけた。
『そのようなおざなりな攻撃など効かんよ』
白いAFは飛んでくるシールドを難なく避けてみせた。
しかし、それはユートも予想済みである。敵の回避した先に回り込んだユートは、左手で持ったビームセイバーで敵に斬りかかった。
「
『何だとっ!』
不意を突いた起死回生の一撃である。
しかし、敵も一筋縄で行くような柔な相手ではない。
白いAFは胸部バルカンで対応しつつ、機体を逸らして回避運動を取る。バルカン砲による銃撃がリィンカーの左腕へ雨のように降り注ぎ、その軌道を僅かに逸らせた。
逆転を狙うユートの反撃は、しかし、敵AFの頭部を削っただけに終わった。
だが、メインカメラを破損させられた敵パイロットは、視界に大きな制限を掛けられた。
サブカメラやレーダーは活きているが、それでも今まで通りの戦いができるかと言われれば、否と答えるしかない。
敵のパイロットは感嘆の息を漏らした。
彼自身、ここまで一人の相手に手間取るとは思ってもみなかった。そして彼がリィンカー相手に梃子摺っている間にも全統連も苦戦しているらしかった。
『ふぅん。敵もなかなかにやるものだ』
そう呟きながら、敵パイロットはコンソールパネルを操作し、公開回線でリィンカーのパイロットへと呼びかけた。
「そこのリィンカーのパイロットよ。聞こえるか?」
「……何の用だ?」
怪訝そうに眉をひそめながらも、ユートはそれに答えた。
「旧型の機体でここまで健闘した君に興味が湧いたのでね。ぜひ話をしたいと思ったのだよ。私の名はローランド・ハドックという。よければ君の名を教えてくれないだろうか?」
「……ユート・ミツルギ。傭兵だ」
「ほう。傭兵とはな」
そう言ってローランドと名乗った男は唇の端を僅かに吊りあげた。
「惜しいな。どこの博物館から拝借したかは知らんが、君程の手練れがリィンカーに乗っているとは。もし君がアルメーにでも乗っていれば、この私とて無事ではいられなかっただろうに」
その言葉を聞き、ユートは小さく鼻を鳴らした。
傭兵が自分の意思で乗っている機体だ。そのことを他人からあれこれと文句を言われる筋合いはない。
おのれが選択した機体を後で悔やむような人間なら、とうの昔に戦場で散っている。
リィンカーでも充分に戦えると思ったからこそ、ユートはそれに乗っているのである。
「リィンカーはいい機体だよ。旧型だからと言って、あまりこいつをナメない方がいい」
「そのようだね。まさか私のハーディンがここまで苦戦するとは思わなかったよ」
彼の乗る純白の新型AFの名はハーディンというらしかった。
データベースにはない機体名だ。全統連は最新鋭のユーディスを実戦配備したばかりだというのに、まだ新型の開発に余念がないらしい。
「ところで、戦闘中に音楽を嗜むのは君の流儀かい?」
「……」
「スタァレィズか。いい趣味をしている」
「へえ」
スタァレィズとは音楽グループの名前である。
ユートがAFに乗る際に流している曲で、今もその曲が流れていた。一昔前に活動していたグループで、世間一般にはあまり流行しなかったが、コアなファンは一定数存在している。
どうやらローランドもこの音楽グループのファンらしい。
「ずっと殺伐とした戦場にいると心が荒むもんでね。スタァレィズは最高だよ。宇宙で戦う時は、特にそう思う」
「ああ、その気持ちはよく理解できるとも。どうやら私と君は気が合うらしい。しかし、本当に惜しいな。ここが戦場でなければ、君とは酒の一杯でも飲み交わしたいものなのだが」
「……まったくだ」
ユートが答えると、二人は揃って小さく笑った。
その時、両者のコックピット内に、電子音がそれぞれ鳴った。電子暗号である。それを報せた者はそれぞれ違うが、内容はほとんど同じものであった。
「ほう。全統連は撤退をはじめたか」
ローランドの言う通り、全人類統一連合軍は戦域から徐々に撤退へと移っていった。
この時のユートは知る由もないが、実はこの時、敵の旗艦が敵地へと深入りしたグァリス軍の傭兵部隊によって打撃を受けていた。
更にローランドの駆るハーディンがリィンカーとの戦いで足止めを食らっている間に、第七機動艦隊の救援に駆け付けた部隊が反攻へ転じた為に前線が押し返されつつあったのも大きい。
劣勢だったグァリス軍だったが、気が付けば規模で勝る全統連からの猛攻を耐えてみせた。
「どうやらここまでのようだな」
「俺は墜としていかないのか?」
「墜とそうとして墜ちてくれる君ではあるまい? あまりもたもたしていると、アルメーに囲まれてしまうからね。名残惜しいが、私は戻らねばならないのだよ」
「あ、そう」
「ではな、ユート・ミツルギ。君とはまたいずれ会うこともあるだろう!」
そう言ってローランドは回線を切ると、機体を反転させて高速で飛び去って行った。
遠ざかるハーディンを見送りながら、ユートは誰に言うでもなく呟いた。
「また会うさ。戦場で、な」
そう言うや、ユートは音楽の音量を僅かにあげた。
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