第3話「混戦の中で」
補給を終えるや、ユートはすぐに再出撃した。
リィンカーの左脚には応急処置としてアルメーの装甲板が取り付けられている。急造感が強いが、戦闘に悪影響がなければいいとユートは割り切っている。
戦場では相変わらず自軍は劣勢を強いられているらしい。
ユートは機体を敵機へ向けて加速させ、ライフルを構えた。
レーダーに映る敵影は十機。中隊規模だ。
いずれも全人類統一連合軍の量産機レッターである。
最新のユーディスと比べれば劣るが、それでも第二世代の後期型である。その性能は高い水準で纏まっており、長年に渡って全統連の主力機として広範囲にも及ぶ戦線を支えてきた名機だ。
敵が射程圏内に入るや、ユートは引き金を引いた。
連続で放たれるライフルの光線が敵を一機撃墜し、もう一機を中破まで追い込んだ。
グァリス軍のアルメー相手に戦っていたレッターは、横槍を入れられて動揺した。
『ぐぅっ! 新手は――リィンカーだと! 骨董品じゃないか!』
『油断するなよ! 敵はあれだけではない。アルメーの動きにも注意するんだ!』
見せた動揺も一瞬、敵はすぐさま態勢を整えるや反撃を開始した。
ユートは四方から殺到する攻撃を次々に躱していく。その横で味方のアルメーが一機撃墜された。
「ちっ。しっかりしろよ、正規兵!」
舌打ち一つ、ユートはライフルを放つ。真っ直ぐに伸びた一条の光線が敵のコックピットを射抜いた。
警告音が鳴り、敵機の急速接近をユートに報せる。
メインカメラを動かしてその方向を見れば、敵のレッターがビームセイバーを片手に高速で肉薄してきていた。
リィンカーは左手でビームセイバーを抜き放ち、敵の斬撃を受け止めた。しかし、膂力は相手の方が上だった。鍔迫り合いをするには機体性能の差があまりに開いていた。
ユートは機体を回転させてレッターをいなすと、返す刃で逆袈裟に斬り捨てた。
それを見た敵の一兵卒が呻く。
『何なんだ、あいつは!』
『各員! 敵のリィンカーに気を付けろ! あれを骨董品と侮るな! 死にたくなければな!』
『了解!』
敵は統率の取れた動きでリィンカーへと集中砲火を仕掛ける。グァリス軍のアルメーを歯牙にも掛けない、思い切りのいい動きだ。
「はっ! 嫌いじゃないぜ、その潔さ」
数的に圧倒的不利な状況の中でも、ユートはそれを笑い飛ばすだけの余裕がある。
元々一人で多数を相手に戦うことの多かった男だ。この程度のことでいちいち動揺していたら、命などいくつあっても足りないだろう。
ユートはビームセイバーを納刀し、回避運動の中に射撃を織り交ぜながら応戦する。ユート自身は格闘戦を苦手としているわけではないが、近接戦闘では機体の性能差が如実に現れることから、どうしても射撃を中心とした戦いになる。
リィンカーの装備はビームライフルとビームセイバーくらいのもので、後は有効打になりにくい頭部バルカンのみである。
それでも、ユートは武装の少なさなど問題ないとばかりに戦場を駆る。
『攻撃が当たらない! 超能力者でも乗っているのかよ、あのリィンカーはッ!』
集中砲火に晒されながら一発も被弾することなく動き回るリィンカーに、敵は徐々に焦れはじめた。
その上、自由に動けるアルメーがこれ幸いとばかりに攻撃するものだから、練度の高いレッター隊といえども長くは持たなかった。
一機、また一機と次々に墜とされ、残り二機となった敵中隊は撤退していった。
それを見送り、ユートは一息吐いた。
そこへ味方アルメー機から通信が入り、ユートはそれに応じた。
「そこのリィンカーのパイロット。ご助力、感謝する」
「それが仕事だからな」
「ふっ。仕事中に音楽鑑賞か?」
無線越しに聞こえてくる軽快な音楽に、アルメー隊の隊長は思わず苦笑を漏らした。
ユートは肩をすくめただけで無言だった。
愛想の欠片もないな、と隊長は小さく笑う。と、すぐに真面目な表情に戻るや、ユートに指示を出す。
「我々はこのまま正面の敵へ当たる。君にはこのまま第七機動艦隊の救援へ向かってほしい」
「第四機動艦隊はいいのか? 少し前に救援要請をしていたんだろう?」
「そっちはすでにやられたよ。今、第四艦隊を墜とした連中が第七艦隊を攻撃しているんだ。第三・第五水雷戦隊もそちらの救援に向かっている。君も加勢してくれないか?」
「わかった。やってみよう」
そう言うや、ユートは機体を翻し、第七艦隊が展開している領域へと向けて飛んだ。
本当に愛想のない奴だな、と隊長は独り言ちる。
リィンカーの姿が急速に遠ざかっているのを見て、アルメー隊は自分たちの向かうべき戦場へ向けて加速した。
単身、第七艦隊の救援へと急ぐユート。
しかし、敵の攻勢が強くて思うように前に進めないでいる。敵は第四艦隊を墜とした勢いに乗り、士気が高かった。
第七機動艦隊は旗艦こそ一線級の高速戦艦だが、他は旧式艦ばかりである。打撃力も防御力も貧弱な部隊は、敵の猛攻を受けて悲鳴をあげていた。
そこへ救援が間に合った味方の水雷戦隊が敵の横っ面へと攻撃を仕掛ける。
上手く敵の側面を突くことに成功したが、やはり火力が足りない。軽巡洋艦や駆逐艦の主砲では、敵戦艦の装甲を突破できない。
また、敵の対応も早かった。
温存していたらしい敵AFが次々に出撃してくる。
周辺の戦域は、たちまち大混戦となった。
遅れて到着したユートは挨拶代わりにライフルを乱射し、敵レッターを二機撃墜した。
すぐさま殺到する敵のAFを見て、それでもユートは唇に不敵な笑みを浮かべていた。
「本当に働き甲斐のあることで。まったく退屈させてくれないんだからなぁ!」
敵が放ったミサイル群が迫ってくる。ユートはシールドを構えながら、リィンカーの頭部バルカンでそれらを落としていく。
全てのミサイルを叩き落とすや、三機のレッターがビームセイバーを手に最接近してくるのが見えた。
ユートは牽制で射撃するが、敵はビームを掻い潜って肉薄してきた。
「さすがだな」
ユートは小さく呟きながらも、武器をビームセイバーに持ち替えて敵を迎え撃つ構えを取った。
一機目のレッターの初撃をひらりと躱し、二機目に対して頭部バルカンを見舞う。有効打になりえないとは言え、至近距離で銃弾が雨のように機体を襲えば並みのパイロットは怯む。
そして事実、敵は驚いたように機体を引いた。
後退した味方を避けようと、三機目のレッターが無理な進路変更を余儀なくされた。
その機を逃さず、リィンカーは三機目のレッターを一刀のもと両断する。
『このぉ!』
激高した敵がビームセイバーを振り回す。だが、そのような稚拙な剣に当たってやる程ユートも甘くはない。
リィンカーの剣が閃いた。と、思った時にはレッターの両腕は斬り飛ばされていた。
そしてすでにユートは追撃の姿勢に入っている。
『うわあああぁぁぁぁぁ!』
レッターのパイロットはモニターに映るビームセイバーが迫ってくるのを恐怖の表情で見ていることしかできなかった。
そして、呆気なくコックピットを両断されたレッターは爆破し
『えぇい! 何だ、あれは! 敵はリィンカーの皮を被った化物か!』
残された一機のレッターのパイロットは盛大に毒づいた。
彼は一瞬、リィンカーと真正面からぶつかるか、それとも一時撤退するか逡巡した。
その隙が、仇になった。
「戦場で足を止める余裕があるとでも?」
ユートは冷笑を浮かべ、敵に向かって加速する。
それを見た敵は青ざめた。
『しまっ……』
「これで仕舞い――、ッ!」
リィンカーが動きを止めた敵にとどめを刺そうとビームセイバーを振り上げた、その時である。
両者の間を分けるように、真上から一筋のビームが降ってきた。
「ちっ!」
ユートは盛大に舌打ちするや、機体に急制動をかけた。そして上を見上げ、横槍を入れた敵を睨みつけた。
そこにいたのは見慣れない機体だ。純白のAF。おそらくあれが第四機動艦隊を襲った新型とやらなのだろう。
新たな敵に、ユートは気合を入れるように操縦桿を強く握りしめた。
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