第2話「傭兵の少憩」
補給のために一時帰艦したユートは、パイロットの待機所でコーヒーを飲んでいた。スパウト付きのパウチで飲むコーヒーは、ひどく不味かった。だが、それでも飲まないと落ち着かないのだ。
宇宙はコーヒーが不味いのが難点だな、とユートは不満そうに独り言ちた。
待機所には他にも数名のパイロットがいた。同じ部隊の人間ではあるが、顔馴染みの者はいない。
グァリス軍の第三独立混成大隊は常設の部隊ではない。
強大な全人類統一連合軍との戦が差し迫った際に、その必要性に迫られて編成されたものだ。ユートはその時に傭兵派遣会社の斡旋でここへ来た。それがつい先月のことだ。
それまでは別の戦場にいた。そちらが一段落した為に、ちょうど新しい戦いの場を求めていたのだ。
大半の傭兵がそうであるように、ユートもその例に漏れず、傭兵派遣会社に会員登録している。傭兵ライセンスはBランク。中堅である。
もっとも、ユートの撃墜スコアはAランクへ昇格するのに充分なものがある。それでも未だにBランクに甘んじているのは、ただ単にAランク昇格条件の一つである、傭兵としての活動期間が五年以上という項目を満たしていない為であった。
今までそれなりに戦場を駆けてきたユート・ミツルギという男は、まだ二十一歳という若者であった。
ユートは不味いコーヒーを口にしながら、待機所の窓ガラスから格納庫の様子を見下ろした。
そこでは彼のリィンカーをはじめ、傭兵たちのAFが補給や故障個所の応急処置を受けていた。
アサルトファイター。
全長十五メートル程の巨大な汎用人型機動兵器である。
グァリス軍の主力量産型AFはアルメーであるが、この艦でそれに乗っている奴はいない。
傭兵集団である第三独立混成大隊では生産された時代も地域も異なる様々なAFが集まっていた。
それでもリィンカーに乗っているのはユートだけである。
ユーディスなどといった第三世代と呼ばれる最新AFが登場してきた現代で、第一世代のリィンカーは時代遅れなのだ。骨董品と呼ぶ人間がいるのも無理はない。
いい機体なんだが、と補給中の自機を見ながらユートは思う。
そんな彼に一人の男が近寄った。大柄で筋肉質な男だ。
彼はユートに話しかけた。
「あんた、リィンカーのパイロットだろう?」
「そう言うあんたは何者だい?」
ユートは挨拶もなしに話しかけてきた男へ非友好的な一瞥をくれてやった。
男は「これは失敬、失敬」と、その厳つい顔に似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「俺の名はニコラス・ブレントル。第一アサルトファイター中隊隊長だ」
「……ユート・ミツルギ。第二中隊だ」
不愛想な返事であったが、ニコラスは大して気にした様子もなく話を続ける。
「ずいぶんと派手に働いたな。戦場であんたの戦いぶりを少しばかり拝見させてもらったよ。よくもまあリィンカーであれだけの活躍ができるもんだ」
「戦場でよそ見とは余裕のあることで」
「どのような戦況でも周囲を冷静に見渡せるのも、戦場では必要なスキルだ。隊長ともなれば、特にな」
「名ばかりの隊長職だろうに」
皮肉交じりのユートの言葉に、ニコラスは声を立てて明るく笑い飛ばす。
「まったくだ。傭兵連中は言うことを聞かずに好き勝手動くからな。まあ、俺からしたらその方が楽でいいんだが」
「ずいぶんといい加減だな」
「他の連中も
「違いない」
ユートは小さく笑い、肩をすくめてみせた。
もちろん、全ての傭兵が独立独歩の精神で生きているわけではない。
傭兵団を形成しているような者たちや、同じ傭兵派遣会社に登録している者同士で連携している者たちもいる。そして、どちらかと言えばそのような者たちの方が多かった。
だが、二人が言うように、他者から干渉されることを嫌う傭兵が一定数いるのも事実だ。そしてここ三独大隊にはそちら側の人間ばかりで構成されていた。
会話が途切れた二人は、無言で格納庫を見下ろしていた。
しばらくの沈黙の後、ニコラスがふいに口を開いた。
「ところで、ミツルギ。あのリィンカーは自分の物か?」
「いや、会社の物だよ」
傭兵のAF乗りには二種類の人間がいる。
自分でAFを所有している者と、その時の必要に応じて傭兵派遣会社や現場の軍から機体をレンタルする者だ。ユートは後者だった。
ユートの言葉を聞いたニコラスは、微かに表情を曇らせた。
「レンタル?」
「ああ。自分で機体を買うとなれば、購入費だけでなく維持費も馬鹿にならないからな」
金銭的な問題で機体をレンタルで済ます傭兵は多い。しかし、その多くは新人のDランクか、実入りの少ないCランクの傭兵である。
一定の収入が期待できるBランク以上の者たちは個人でAFを所有するのが一般的だった。
「俺たち傭兵にとって、戦場で頼りになるのは自分が乗るAFだけだ。それをレンタルで済ますのは、とても一流の傭兵とは呼べんよ」
「どうせ機体をいじるのは現場の整備士だよ。整備がしっかり受けられるなら、個人機だろうがレンタルだろうが発揮できるパフォーマンスは変わらない」
「しかし、毎度同じ機体が借りられるというわけでもあるまい。機体によって操作性は変わる。特に新型と旧型でその差は顕著に現れる。乗り慣れた機体の方が戦いやすいだろうに」
「どんな機体でも乗りこなせるのが一流ってもんでしょうよ」
そう言ってユートはにやりと笑う。
ニコラスはどこか呆れ顔だ。
「それで
「まあ、俺も会社にリィンカーしか残っていないとは思ってもみなかったが。主流の機体は他の連中が軒並み持っていったよ」
「だから機体をレンタルで済ますのはリスクが高いのさ」
「あんたはリスクと言うが、別にリィンカーは悪い機体というわけじゃないさ。現に俺はこれで充分に戦えている」
「まあ、それはそうかもしれんが……」
実際に戦場で活躍するユートの姿を見ているだけに、ニコラスも強く反論できない。
小さく唸る大柄な男を横目に見つつ、ユートは「ところで」と声を掛けた。
「ブレントルは何の機体に乗っているんだ? レンタルを嫌っているんなら、当然あんたは自分の物を所有しているんだろう?」
「ああ。俺のは
月虹、とユートは感慨深そうに呟いた。
その機体名を聞いて纏う雰囲気が変わった若者を見て、ニコラスは小さく笑った。
「郷愁にかられたか? あんた、
「わかるのか?」
「さすがにな。容姿もそうだが、何より名前の響きが皇国人のものだからな」
「そうか」
窓ガラスから見下ろす限り、月虹の機体は見えない。格納庫の奥まった場所にあるのだろう。
ユートにとって月虹は縁の深い機体だ。
久しぶりに聞いたその名前に、若者の脳裏に懐かしくも苦い想い出が蘇った。ユートは感傷に浸りそうになるのを払い除けるように軽く
小さく息を吐くと、ユートは浮かんだ疑問を投げかけた。
「しかし、何故月虹なんだ? あんたは皇国に所縁があるようにも見えないし、何よりあの機体はもう老兵だろうに」
それを聞くと、ニコラスは苦笑した。
「月虹とて骨董品乗りに老兵とは言われたくないだろうよ。まあ、
「なら、どうしてわざわざこいつを選んだんだ? 他にも
「無論、惚れたからさ。どうせ命を預けるなら、自分が惚れた奴がいい」
その方が死んでも後悔が残らんからな、とニコラスは笑う。
「……ああ、そうだな。わかるよ、その気持ち」
男たちは顔を見合わせると、二人同時に笑い合った。
ちょうどその時、整備士からリィンカーの補給が終わったという報告が来た。
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