鉄馬とわたし

@Fushikian

無邪気な時は過ぎ去って……

「キン、キン、キン……」

 金属が冷えていく際に発する音が心地いい。わたしはたったいま、オートバイで走ってきたところである。ガレージの前にとめてオートバイを眺めている。汚れているところはないか足回り付近とチェーンの周りを点検する。まだ洗車するほどではない。洗車は好きである。月一か二か月に一回は洗っている。部屋の掃除もままならないのに、なぜかバイクの洗車はできている。

 物置からアウトドア用の椅子をだした。腰かけてからまた車体に目を移す。エンジンの造形をひとり愛でる。水冷エンジンだが外観には空冷用のフィンが入っている。それが無機質ではない印象を与える。タンクを頂点にしたフロントフォークからリアショックまでのライン、丸みを帯びた優美なボディライン。わが愛馬は丸目一灯のヘッドライトの、いわばオールドルックをしている。多くのひとが思い浮かべるだろうオ-トバイらしい外観をしているのだが、中身は現代の技術の集合体である。電子制御はてんこ盛りで入っている。新技術がエンジンの鼓動だけではない、今の時代のマシーンの息吹を伝えてくる。だからいいのである。

 中古市場では80年代につくられた名機といわれるバイクが高騰している。それらに全く魅力を覚えないわけではないが、求めようとは思わない。個体差も大きいことによるが。わたしは無邪気な時代につくられたものよりも、複雑怪奇だが、多様性も内包する現代に生まれたマシーンに乗りたい。災厄だって乗り越えた人々がつくっている。今、わがもとに来てくれたこの鉄馬を永く乗りたいと考えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄馬とわたし @Fushikian

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る