アリーは波間で

浅瀬

一、



 

「はろー」と波間から顔を出したアリーに、白い波しぶきがざばっ、とかぶさる。


「あぶねーから!」


 サーフボードでS字を切って波の上部に戻りながら、仲崎は怒鳴った。

 ごめんねー、と反省していない声音で言いながらアリーは水中にもぐる。


 アリーは人魚だった。

 時々こうして、サーフィンをしている仲崎にいたずらをしかけに来る。


 サーファーの進行方向に割り込むな、と何度言われてもアリーは、仲崎と目が合うのが嬉しくて、怒られるのが楽しくて、やってしまう。


 仲崎の波に乗る姿は堂々として美しい。

 白波を引き連れてくるようにすべる彼を初めて見たとき、アリーは仲崎が人間になれた人魚なのではないかと疑ったくらいだ。


 それくらい波を従えているように見える。


「仲崎、もう帰るの?」


 ある程度波に乗ってから、パドリングして戻っていく仲崎に、アリーは聞いた。

 不満げな声だ。


「帰るよ。ゴミ拾いしてからな」


「アリーもやるよ」


「いらね。陸に上がれるのかよ」


 そっけない仲崎に、アリーは顎をつんと出してみせた。

「今日はできるよ」

「あ?」


 仲崎が眉間を顰めてアリーを見る。

 また目が合った。

 飛び跳ねそうに嬉しくなりながら、アリーはにやにや水面から足を出してみせた。


 二人は浜辺のゴミを拾っていく。

 途中ですれ違うサーファー達も何人か加わり、ゴミ拾いしながら仲崎は雑談している。

 アリーは少し退屈だった。


 やっと両親の許しを得て、半日だけ人間になれたというのに。


 仲崎はサーフィンと浜と仲間のことばかりだ。


 人魚は人間と結婚する時だけ、人間になれるらしい。


 だから最初の頃は、アリーは人間になりたくて結婚相手を探していた。


 ところが仲崎に出会ってしまった。


 強烈な磁石に引きつけられていると思ってしまった。はじめて出会った瞬間から。


 アリーは仲崎に気に入られたくてちょっかいを出す。しかしその全ては裏目に出ていた。

 アリーにサーフィンのルールなど分からない。

 だから必死に見ながら覚えようとしている。

 そしてそれがまた仲崎の邪魔になっていて、彼をイライラさせている。



 別れ際、「ごめんね」とアリーは仲崎に謝った。


 浜のすぐ近くに家がある仲崎は、ボードを抱えてそのまま戻っていく。

 振り返りながら聞いた。

「何が?」


「アリー、邪魔ばかりして、ごめん」


 ほんとにな、と仲崎が笑った。

 日焼けした顔に白い歯が光って、アリーは心臓がとろけるかと思った。


「じゃーな」


「うん。またね」


 砂浜のはずれにさしかかっていた。

 石の階段をのぼれば、仲崎の家がある住宅街に続く細い路地だ。


 階段をあがっていく仲崎をアリーは見送る。


 人間でいられるのは半日だけ。

 ……本当はデートしたかったな。


 鼻がつんとしてきて、アリーは奥歯を噛んだ。


 泣くのはなしだ。泣くくらいなら勇気ださなきゃ。


「仲崎!」


 アリーは叫んだ。仲崎が振り返る。


 ばっ、と両腕をあげて、ぶんぶんアリーは両手を振った。

 唇をかみしめて泣くのをこらえながら、ぶんぶん振った。


 階段を半分までのぼっていた仲崎は、少し考えてから一段、降りてきた。


「お前」


 なにか言いかけて、途中で面倒になったらしい。走って階段を降りてくる。


 アリーはぷ、と吹き出していた。

 海から上がっても、仲崎は几帳面にルールを守るらしい。


 海で両手を振るのは、助けを求めるサイン。


 ……ごめん、ほんとうは知ってるんだ。


 仲崎はまたアリーのいたずらだと思っているだろう。きっとアリーが何を伝えても、仲崎は真剣には取ってくれないかもしれない。それでもアリーは思う。


 ……ずっと一緒にいられたらいいなぁ。



       


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アリーは波間で 浅瀬 @umiwominiiku

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