討て!狂乱の魔龍
登美川ステファニイ
狂乱の魔龍
今回のジョインターも恐るべき能力を持っていた。
空想を実体化させる能力。その能力を使いディルキスアの翼というゲームのラスボス、魔龍ディルスキアを実体化させてしまったのだ。
ディルキスアの翼はただのレトロゲームではなかった。1991年に発売された一種のクソゲーではあるが、しょっちゅうデータが飛びキャラクターの挙動がおかしくなるという特徴を除けば、洗練されたシナリオと流麗な敵デザインがカルト的な人気を誇ったフロントビューのRPGだ。しかし、データが飛びすぎてクリアしたものはいないと言われている。
このゲームソフトはあまりにもデータが頻繁に飛ぶので不評を買い短期間で生産中止となった。しかしその結果、数少ない現存するゲームソフトには高値がついている。最も高いものではなんと七百万円で取引されたものもあるという。
依頼されたゲーム盗難の犯人捜しは、その希少価値に目を付けた空き巣かと思いきや、それは違ったのだ。
幼いころの憧憬と興奮を忘れられなかった男が、自らの絶望と後悔を捧げ、ジョインターと成り果ててまでその夢をかなえようとしたのだ。
ビルドされ実体化したディルスキアが咆哮する。その口腔からは吠え声とともに瘴気が溢れ、血の絡んだ真白き牙は触れる空間さえ侵食し大気を震わせる。赤黒い鱗に包まれた体。体を覆い隠すほどの大きな二枚の翼。先端に地獄の炎を宿した尻尾。そして燃え盛る憤怒を結晶にしたような赤い瞳は、見たものに完全なる死をもたらす。
かつてブラウン管に映っていたあの姿が、空想そのままに現れてしまったのだ。
「くそっ! 森に追い込んだつもりが、追い込まれたか」
俺は自分の失策を悔いた。しかし悠長に反省している暇はない。
ジョインターの四肢から放たれるジョイント放射が周辺の空間、地形をも変質させていく。間違いなくジョイント強度が上がっている。レベル1ではない。レベル2だ!
初秋の森は漆黒を帯びた死の森へと変じていく。ディルスキアの居城、暗死冷骨の極森林へと生まれ変わっていく。鳥の声は消え、虫の羽音も消え去る。命は死へ、木は骨へ、水は血へと、存在のチャンネルが転化していく。どれほどの深い絶望が、このようなおぞましいビルドを成し得ると言うのか!
「いかん! 早くリプレイスせねば街まで飲み込まれてしまう!」
ディルスキアの口中に炎が揺らめく。次の瞬間、圧縮された炎の束が矢のように放たれた。炎熱のブレス!
トンボを切って横に逃げる。先ほどまで立っていた空間を食いつくすように炎が広がる。地面は高熱で赤くガラス化していた。俺が身に着けている戦闘用リプレイスギアでも、とても耐えられそうにない。直撃は死だ。
ブレスが矢継ぎ早に放たれる。かわしながら前に進むが、腕や背が焼けたように熱い。かすっただけでも危険だ。
「やめろ! 例え世界を滅ぼしたとしても、お前に幸福は訪れん! 自らの破滅を招くだけだぞ!」
「うるさい! みんなみんなみんなみんな消えてしまえ! 俺と一緒に、何もかもなくなってしまえ」
ジョインターと化した男の叫びに呼応するように、ディルスキアも叫ぶ。人の声と魔龍の声が混じり、一体となる。魔龍とジョインターの境界が薄れていく。時間がない。
「俺からすべてを奪った会社の奴らに、復讐してやるんだよ! 家族も、愛も、友情も! 家もペットも車も何もかも! 全部! 全部だ! 灰にして踏みにじって! この世に影さえも残しはしない!」
男の全身からジョイント放射が始まる。顔を隠していたパーカーのフードとマスクが吹き飛び、男の顔が露わになる。
その顔には複数の穴が開いていた。右頬、左目、額。穴の向こうにはジョイント空間がのぞき、虚無と破滅が広がっていた。
この男はギャンブルで身を滅ぼし、会社を首になり恋人とも別れたと聞く。だがそれがどうしたというのだ。やり直せるのが人間ではないのか。全てを道ずれに滅びようなどと、そんなものは独りよがりで短絡的な破滅願望に過ぎない。
「もはや処置無し! ならば、その性根を
俺は右腰のエクステンドバッシャーを手に取り頭上に掲げる。
「ジーンエクステンド!」
バッシャーを起動しベルトに接続する。バッシャーが新たな遺伝子を作成し、俺の遺伝子を伸展させ置き換え、新たな力を生む。
俺の全身がジョイント放射に包まれ、そして、新しい存在へと生まれ変わる。
「ジーンレックス!」
絶滅した恐竜の遺伝子。これなら魔龍を相手にするのに相応しい。
「うぅおおお! お前も邪魔するのなら殺してやるぞぉ!」
男の突き出した腕にディルスキアの動きが重なり、凶悪な鉤爪が俺に襲い掛かる。
「ぬぅん! レックスクラッシュ!」
右前腕のピストン機構が作動し、俺のパンチとともにディルスキアの腕を真上に跳ね上げる。続けて左腕。レックスクラッシュで男を打つ。
だがディルスキアの翼が男を守り阻む。頑健な翼には傷一つつかない。そして、一人と一匹は一つの存在になろうとしていた。
「吹き飛べぇ!」
炎熱のブレスが至近より放たれる。
「くっ、避けきれん!」
俺は回避を諦め、胸のアイスダイヤモンドから凍結衝撃波を照射する。
炎熱と絶対零度のエネルギーがぶつかり、互いに消滅しあい爆発を生んだ。
辺りは粉塵と水蒸気に包まれ視界がなくなっていた。だがディルスキアの放つ邪悪な瘴気は感じ取れた。
今が好機だ!
「一気に仕留める!」
四肢と胸のアイスダイヤモンドの輝きが高まり、ディルスキアへレーザーのように放たれる。ディルスキアまでの空間が急激に冷え、気体が液体化し、体積が極限まで減じて縮んでいく。その圧縮されるに力に乗せて、キックを放つ。
「食らえ!
ディルスキアが炎熱のブレスを放つが、アイスダイヤモンドの作る結界が侵入を防ぐ。両翼が男を守るために重ねられる。だが、超低温がディルスキアの翼さえもガラスのように凍てつかせていく。
閃光。
キックはディルスキアの翼を砕き、男の体を打った。リプレイスエネルギーが男のジョイントを破壊し本来の姿へ置き換えていく。ジョイント放射が止まった。
ディルスキアは姿を消し、変容していた周囲の地形も元に戻っていく。男は仰向けに倒れ、虚ろな目で空を見上げていた。
「俺は……ディルスキアに……なりたかった……」
そう呟いた男の目には涙が浮かんでいた。
哀れな男だ。絶望に身をゆだね、人の道を踏み外してしまった。いや、踏み外させられたのだ。憎むべきは財団Q。早く壊滅させねば、また犠牲者が生まれてしまう。
「お前は人だ。魔龍にはなれん。性根を入れ替えて、ゲームに頼らず真っ当な人間として生まれ変わるのだな」
パトカーの音が聞こえる。この男は放っておいてもいいだろう。警察が逮捕し、後の処理はやってくれるはずだ。
危機は去った。だが俺の闘いは終わらない。財団Qを滅ぼすまで、俺は戦い続ける。
討て!狂乱の魔龍 登美川ステファニイ @ulbak
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