ギーグたちの宴
木瀬川はる
プロローグ・プロポーズ
「あなたが必要なんです」
彼は言った。薄暗い呑み屋の奥の席で、静かに、でもはっきりと。
私は自分の高揚する気持ちを抑えながら、おずおずと言った。
「本当に私でいいのですか?」
真っ直ぐな目で私を見つめ、そして彼は言った。
「あなたがいいんです」
頭の芯がぼうっと熱を帯びるのを感じながら、つとめて冷静さを装い私は微笑む。
彼以外にも私に申し込みをするものは何人もいた。しかし、ここまで私の気持ちを動かすものはいなかった。彼のきりりとした眉。無垢な瞳。黒髪と形の良い額。そしてなによりも、嘘のない物言いは好意が持てる。
私は決断した。彼に命をかけてついてゆく覚悟を。
ゆっくりとうなづく私に、彼はすべての氷河を溶かしてしまいそうな笑顔を向けた。
「これで、パーティが揃いました」
何もない草原を四人の若者がゆく。
一列になって、ひたすらに歩き続ける。一見無目的に歩いているようだが、時折一人が地図をのぞいているのでどこか目的地があるのかもしれない。
先頭を行くのは黒髪の少年である。つんとした短髪には冠のような髪飾りをつけている。青いマントの下は、簡素な布の服である。ただし、腰紐には大きな剣が挿してありそれがなんとも不似合いな感じであった。彼が歩くたびその剣がガチャガチャ鳴る。やはりその小さな体には重荷らしく、額には汗が浮かんでいる。
「あとどのくらいでアセアンの街に着くのかな」
振り返りながら聞くと、すぐ後ろをついてくる長いローブの青年が答える。
「そうですね。一時間くらいでしょうか。疲れましたか?」
静かな落ち着いた声。その口調からは、少年を気遣っているのがわかる。青年が黒く長いローブをばさりと払うと、端正な顔が現れた。少年を見つめる瞳は冷たい湖のような深い藍色をしている。プラチナシルバーの髪は腰にまで届きそうな長さだ。その髪を風がとかしていく。
風は彼のローブをもひるがえし、手に持っている杖があらわになる。杖の頂点には鈍い光を放つ宝石がついていた。
「もし疲れたなら」
青年がそう言いながら杖を上げると、宝石はうっすらと輝きはじめた。
「ううん、大丈夫だよ」
少年はにっこりと笑う。ひまわりのようなその笑顔に、青年はまぶしそうな顔をした。
「おい。道はあってるんだろうな」
青年の後ろから半分怒鳴るような声がした。
「間違えて湿地帯に入ったりしたらまずいぜ。俺に地図を貸してみろよ」
不機嫌に言うのは赤い鎧に身を包んだ戦士だった。ぎょろっとした目玉で魔法使いの青年を睨むと、手を伸ばした。その手を汚いものでも見るように一瞥し、言い返す。
「遠慮します。間違えて湿地帯に入りたくないので」
口調はていねいだが、その瞳はブリザード級に冷たい。戦士の顔が一瞬で沸騰する。
「お前、そんなに俺と喧嘩したいのか?」
魔法使いの首根っこをねじ上げると、ゆがんだような笑顔をつくる。勿論、目は笑っていない。
「二人ともやめなよ」
苦笑いをしながら、少年がとめる。ひとから勇者、と呼ばれているその少年は二人の肩を軽くたたくと、
「仲良くしてよ。ぼくたち仲間なんだから。ねっ」
戦士はうう、と唸り声をもらして手をゆるめたが、相手を憎々しげに睨みつけたまま離さなかった。
そんな二人を見て勇者は
「仲間だよ。ね?」
と少し強い口調になる。戦士はやっと手を離し、悔しそうにそっぽを向いた。
「仲間だよ♪ね?」
軽い声が茶化すように真似をした。
戦士の大きな体の後ろからのぞきこんで笑ってるのは、派手な格好をした遊び人である。えりまきとかげのような襟のついた赤の水玉のシャツに、幅広のパンツ。顔は白塗りされて、真っ赤な口紅が笑顔の形で塗りたくられている。鼻には作り物のボールがついていて、どこからどう見てもピエロ以外のなにものでもない。しかし、滑稽な化粧を無視してよく見ればなかなかきれいな顔をしていることがわかる。
「喧嘩するほど〜仲が良い〜♪なんちゃって〜♪」
けけけけと笑いながら、跳ね回っている。それを戦士が真っ赤になって捕まえようとするが、素早くすり抜けてアカンベエをした。
戦士が大きな剣を抜こうとしたその時、勇者が叫んだ。
「みんな、喧嘩やめっ!」
ほっぺをふくらました。
「すみません」
頭を下げる魔法使いに、ふんっと鼻を鳴らす戦士。どこから出したのか、キャンディを舐めている遊び人。
お世辞にもチームワーク抜群、とはいえないこの四人組がこの世界を救うかもしれない勇者御一行なのだった。
ギーグたちの宴 木瀬川はる @henraharu
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