第9話 勧誘うううう♡♡♡♡

 報酬騒動の後、気づけば俺は不知火の萌芽ギルドのゲスト用の一室に居た。まるで底なし沼にズブズブ沈み、何もかも諦めた思考に陥っていた。小鳥のさえずりでハッと気づき、重い腰をベッドに沈みこませた。


「はぁぁぁぁ……」


 なぜ。なぜこうなってしまったのか……。客観的に見るに、確かに帝国の言わんとしている事も分からんでもない。


 モンスターによって地形が破壊された。帝国にとって不利益だから掃討して報復して解決した。目には目を歯には歯をだ。たらればの話だが、これで納得するんだからまだ良いのだろう……。


 だが今回の不利益は明らかに故意。調子に乗った俺がバカスカやったもんだから溜まったもんじゃないと。モンスターじゃなく個人がやったと。


「ふー……」


 そしてそいつが超活躍して超貢献したと。でも領土を破壊したし責任があるだろうと。でも個人に請求するには余りにも酷な事だなぁ。そうだ! もっともらしい報酬を与えもっともらしい口実で補填させる! それで解決しよう! 


 どうせそんなところだろう……。


 知らんけど。


「俺の頑張りって……」


 何だったんだろう……。


 今思えばやり玉にあげられ、まるで生きた心地がしなかった。公開処刑もいいとこである。


 まぁ帝国を守れたし、頑張ったかいがあったと喜ぶべきだ。うん、そう思おう。


「俺は頑張った! なんやかんやで実質損得勘定なしの働き! 損なんて無い! 俺は半分優しさでできている! だから損なんて! 損なんて……」


 やっぱゴールド欲しいわ! 何をしようもゴールドが無ければ先が立たない。


どこかの誰かが言っていた。「人間は食べ物が無くても「感動」を食べるだけで生きていける」と。


 感動で腹が膨れるならそもそもゴールドなんて無いわオタンコナス! 現実を見ろ現実を! 


 おっと、話が変な方向にいってしまった……。まぁとにかく、要はゴールドが欲しいのである。そして真っ当な商売として一つ、俺には策がある。つかこれしかない。


 ッコンコン


「ん?」


 ドアがノックされた。無事公開処刑された情けない男にいったい誰が何用なのか。


「すまない。ネット・リーガルの部屋で間違いないか?」

「ああはい。今開けます」


 ドア越しのくぐもった声。どこかで聞いたことのある声質だ。


 そう思いながらドアを開けた。


「……相変わらずデカいなぁ」

「あ、ども」


 開口一番俺への感想を貰ったが、この人は見知った人だ。スタンピードの参加をバッツさんに言った時の隣に居た人だ。


「俺はドグ。バッツさんの部下だ。今回の報酬は残念だったな。頑張ったのにな」

「いやーどうも。まぁ借金背負うよりマシですよ。プラマイゼロって事で」

「思ったより根詰めてなくて良かったよ。俺なら泣きわめいてる」

「あはは……」


 心配してくれるというより、どこか楽し気な印象だ。


「ところでご用は?」

「休んでるところ悪いが、バッツさんがあんたを呼んでいてな。俺はその使いってわけ」

「バッツさんが?」


 いったい何の用だろうか。後で挨拶に行こうかなと思っていたからちょうどいいっちゃちょうどいい。


 でも何でドグさんは可哀そうな眼で俺を見てるんだろうか……。


「骨は拾ってやるよ」

「……」


 物騒すぎて不安しかないわ!


 そんな俺の思いも露知らず、ドグさんの後について行く。ゲスト室の区画を通り抜け開けた場所に出た。見回すと基礎トレーニングからスキルを使ったトレーニングが行われていた。ここは話に聞いた修練場だと直ぐに分かった。


 またもや何故だろう、彼らが俺に向ける眼はドグさんと同じ可哀そうな眼だ。


 ドグさんの歩みは止まらない。石畳の階段を下るとまた開けた場所に出た。ここも修練所らしく、地面に砂が敷き詰めている。

 辺りを見回さなくても分かる野次馬。騎士団の隊長っぽい人から他ギルドの人たちに見知った人。四人組とリンスーさんにクインさんだ。


「お……」


 マックス君に手を振られたので振り返す。何やらご機嫌な様子だ。良い事でもあったのだろうか。


 そして俺を見据えて腕を組んでいる人物、バッツさん。隣に槍を地面に突き刺していて出迎えてくれた。


 少し離れた所で立ち止まると、彼は特徴的な大きな声でこう叫んだ。


「ネットォッ!! 俺とヤろうぜぇぇええ!!!」

「え゛え゛ええええええええ!!」


 何言ってんだこの人!? 


「驚くのも無理はないッ!! 何故なら一目見た時からッ! 俺はお前とヤリたかったんだああああああッッ!!!」

「え゛え゛ええええええええ!!」


 マジで何言ってんだこの人!? まだ日が昇っているこんな時間に何いきなり下をぶち込んでんだ!? 


「俺はずっと我慢していたッ! お前とヤリたいッ! どちらがおとことして優れているかッ! イキリ立った熱情をグッと堪えていたんだッ!」


 しかもみんなが見ているこの状況でおっぱじめようと!? くんずほぐれつ絡み合えと!? 誰が喜ぶんだよ!


「さぁ漢と漢の勝負ッッ!! 受けてくれるか! ネット!!」

「俺ホモじゃなくてノーマルなんですみません」


 手を前に出しながら即答した。そして静まり返り静寂する空間。例えどんな空気に成ろうが俺はかまわない。ただでさえガチホモの疑いを掛けられているし当然だろう。


「……ネット」

「はい」

「お前……何言ってるんだ……?」

「……え?」

「え?」


 あ互いの頭上に?が浮かぶ。


「何を勘違いしているか分からんが、俺は力比べをしたいだけだ」

「力比べ……」

「そうだ。お前の怪力と底の見えないセンスッ! 俺は挑んでみたいんだッ!」


 そうだったのか。とんだ早とちりをしてしまったようだ。危ない危ない、危うくバッツさんの事を熱血ガチホモ野郎と思うところだった。


「でもごめんなさい。力比べとかそういうの、俺自身あまり向いていないと思うんでやめときます」


 そりゃそうだろう。ギルドの末端に席を置いてるとか冒険者ならいざ知らず、俺はただのしがない一般ピーポーなんだ。少しマッサージが上手いだけのただの男なのだ。バッツさんには悪いけど、今回は引いてもらおう。


「……はぁ。その困った様な申し訳なさそうな顔をされると、俺も無理強いはできないな」

「すみません」

「しかたないか。一方的な挑戦として受けた謝礼も考えたがぁ……」

「……!」ピクッ

「残念だ。今日までの宿泊だが、ゆっくり――」


 ッビリィィ!!


 布が破かれる音が響いた。


 無論俺の服だ。


「バッツさん……」

「ッッ~~ッァハッ!!」

「抑えきれない情熱をあなたから感じました。その力比べ、お受けしましょう!!」

「そうこなくちゃなぁぁぁああ!!!」


 鼓舞するように俺の筋肉が張る。


 バッツさんが槍を構える。


(ッ!? ネットの奴、なんてプレッシャーを放つんだ! 滲み出るオーラを見ていると鳥肌が立つ……! この首筋を撫でるプレッシャーはギルド長以来だぜ!!)


 姿勢を低くしたバッツさんから本気が伺える。この人、マジで来る気だ。それこそ腕一本を切り落とす気概が感じる。さっきのうるさい表情から一変して真剣そのものだ。


「絶対謝礼で釣られたよな」

「そうだね」


 外野の男連中が何か言ってるが気にしない。目を少しでも外せば襲ってくるからだ。


「……」

「……」


 ジリジリと、しかし確実に詰めていく距離。二人で円を描くような立ち回りで詰めていく。


 長い長い沈黙。もはや言葉は不要。お互いが少しでも隙を見せると命取り。張った糸の様な心の緊張感が俺とバッツさんを包んでいる。


 そして訪れるトリガー。張り詰めた拮抗を紐解く些細な音。それは――


 ポチャンッ


 雫の音だった。


「――」


 次の瞬間には肉薄した。雷光の煌めきな一瞬の交差。


「うわあああああああああ♡♡♡♡♡♡♡♡」


 悲鳴があがった。



「ッハ!? はぁ、はぁ、俺は……いったい……」


 場所は医務室。気絶していたバッツさんが飛び上がる様に覚醒した。


「お。お目覚めですねバッツさん」

「ドグ……」


 腕を組んでいたドグさんがバッツさんを気にかけた。そう思っているとドグさんの隣にいる俺と目が合った。

 目を瞑りながら乾いた笑みを浮かべるバッツさん。


「そうか。俺は負けたのか」


 悔しがらず、むしろ誇らしげな面持ちで俺を見た。


「俺が倒れてからどれくらい経った?」

「数十分ってところスかねー」

「そんなに経ってないか……。ネット。どうだった、俺は」


 俺が知るバッツさんのイメージ。それは気合いが全力で主張している風のイメージが周知のイメージだと思う。だけどクールで落ち着いた雰囲気の今のバッツさんからは普段のイメージは無い。


 俺に向けられた問。それはきっと、バッツさんの自力についてだろう。俺は素直にこう言った。


「正直、わかりません」

「……」

「俺自身、俺の強さがわからないんで、その、明確に人の評価ができないです」

「……まったく」


 謙遜しやがって、と、バッツさんはハニカミながら俺に言った。


 別に謙遜してないんだけどなぁと頬を掻きながら思った。何はともあれバッツさんが無事で良かった。バッツさんがガチすぎて俺も本気で行ったから心配した。


「それにしても大丈夫で良かったですよ! ピンクの悲鳴が上がったと思ったら、痙攣して倒れていたんですから!」

「痙攣? ……やけに体が軽いと思ったら痙攣していたのか俺は!」


 何故体が軽いのかと視線で訴えてきた。


「俺のスキルですね。スキル名は――」

「いや、言わなくていい」


 手をかざして静止させてきた。


「強力なスキルの様だから言わなくていい。お前を使って悪さする輩も居るからな。ネット、お前は良い奴だから気をつけろよ」

「……はい」


 良い奴と言われて少し恥ずかしくなった。だから頬をポリポリと搔いている。

 正直かいかぶりだと思う。俺はバッツさん程に人ができていないからだ。良い人なのはバッツさんだ。漢気あるし。


「ネット」

「?」


 注目する。


「お前、不知火の萌芽に入れ。つか来いッ!」

「俺がですか!?」


 帝国の三大ギルドの一つ、不知火の萌芽。その隊長から直々のオファーが来た。


 バンッ!


「!?」


 突然医務室の扉が勢いよく開いた。


「おいバッツ!! なにいけしゃあしゃあと抜け駆けしてんだよ!!」

「約束事はちゃんと守っていただけないと」

「……」


 ズカズカと入ってきたのは他ギルドの面々と騎士団長だ。


 俺と背丈が同じくらいでガタイのいい人、メガネをかけた凛々しい人。それにのほほんとしたたれ目の人だ。


「うるせーぞドライ! こっちは起きたばかりなんだ! 静かにしろ!!」

「お前に言われたくねーよ!! クク! 少し見ないうちに弱くなってんじゃないのか? ザッッッコッ!!」

「なんだとクソゴリラァ!! アソコはちいせぇのに威勢だけはキングコングだなぁ!!」

「ア゛ア゛!! テメェよくも言いやがったなチン○ス野郎がああ!!」


 突然の激しい罵倒の嵐。安らかなさっきまでのバッツさんが飛び起き、大柄な男、ドライさんにメンチきっている。しかも双方ともかなりうるさい。耳栓欲しい。


 そう思っていると――


「「ブッ飛ばす!!」」


 と言ってポカポカと殴り合いながら医務室を出ていった。


「あ、あの。止めなくていいんですか……?」

「いつもの事だしイケるっしょ」

「そうですね」


 ドグさんとメガネの人が当然の様に言った。


「おっと、自己紹介が遅れましたね」


 俺の怪訝な視線を受けたメガネの人が目を合わせてきた。


「私はホッセ。天使之大羽エンジェルウィングの者です。」

「天使之大羽……?」

「そしてバッツと殴り合ってるアホは金獅子きんじしのドライ」

「金獅子……」


 二人の素性はわかったけど、ドライさんに辛辣すぎないかと心配してしまう。


「私はキナハです。騎士団隊長の一人です~。よろしくお願いしますね~」

「あ、ども」


 キナハさんが握手を求めてきたので軽く応じる。


 握手を解くとホッセさんが再び話してきた。


「聡明なネットさんならもう察しがついているでしょう。率直に言うと」


 俺は唾をゴクリと飲み込んだ。


「帝国が誇る三大ギルドと――」


 ドゴオオオンン!!


「鉄壁の騎士だ――」


 ゴオオオンンン!!


「我々は、ネット・リーガル。あなたをスカウトしに――」


 バゴオオオオオ!!


「……」


 外から聞こえる激しい騒動。言葉を遮られ続けたホッセさんは、メガネを整えて額に青筋を立てて、


「いい加減うるさいですねぇ……。少しお灸を据えてきますッ!」


 と言って医務室を後にした。


「あー気にしないでね~。三人揃うといつもあんな感じだから~」

「そ、そスか……」


 とりあえず、俺は身の振り方を慎重に考えなければ……。


「「「くたばれええええ!!!」」」


 ドガアアアアアアンンン!!!

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今日も俺は「んほ♡」らせる 亮亮 @Manju0501

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