零奈は今日も幸せに暮らしています!

神通百力

零奈

 私は居間の縁側に座り、ぼんやりと庭を眺めていた。こうしているだけでも、私はとても幸せだ。何気ない日常が私の心を満たしてくれる。

 けれど私なんかが幸せになってもいいのだろうか? 私にそんな資格があるのだろうか? いや、私なんかにそんな資格があるはずがない。何せ私は大勢の人を殺したのだ。その中には十歳にも満たないであろう子供もいた。

 自分の犯した罪を考えると胸が痛むし、償いたいという思いはある。しかし、何か良いことをしたところで罪を償うことはできない。そんなのはただの自己満足でしかない。死んだ人はもう二度と帰ってこないのだ。

零奈れいな、叔母さんが和菓子を持ってきてくれたよ」

 突然、オヤジの声が聞こえた。振り向くと、オヤジと叔母さんが居間に座っていた。いつの間に居間に入ってきていたのだろうか? 全く気付かなかった。

「こんにちは零奈ちゃん」

「こんにちは叔母さん」

 私は叔母さんにあいさつをした後、縁側から立ち上がり、オヤジの隣に座った。テーブルの上にはようかんが置いてあった。すでに小皿に分けられていて、お茶も用意されていた。

 私はようかんをパクリと食べた。甘味が凝縮されていて深い味わいだった。叔母さんが持ってきてくれただけあってとっても美味しい。あっという間に食べ終えた。

「まだあるから遠慮せずに食べてね」

 叔母さんはにこやかに微笑んでようかんを小皿に入れてくれた。私は叔母さんに軽く頭を下げ、ようかんを口の中に入れる。ゆっくりとようかんを噛み、お茶を飲んだ。

「零奈、口にようかんがついているよ」

 オヤジは私の口元に手を伸ばし、ようかんの欠片を取ってくれる。オヤジはそのままパクリと食べた。

「あ、ありがとう……オヤジ」

 私は照れくさくて俯いてしまう。未だにオヤジと呼ぶことに慣れない。私とオヤジは本当の親子ではない。ある一件で行くところがなくなった私を養子として引き取ってくれたのだ。こんな私にもオヤジは愛情を注いでくれる。本当の娘のように可愛がってくれる。

 ようかんを食べ終え、私は台所に小皿を持っていく。オヤジと叔母さんの分の小皿も持ってきて洗いものをする。オヤジと叔母さんは居間でテレビを観ていた。

 洗いもののついでに夕食の準備をする。家事全般は私が担当しているのだ。養子として迎え入れてもらっている身としてはこのくらい当然のことだ。

 オヤジが好きな生姜焼きと健康面のことを考えてポテトサラダを作ることにした。フライパンに油を注いで肉を焼いていると、庭を走る足音が聞こえた。

「零奈お姉ちゃん、遊ぼう!」

 近所の子供たちだった。私は返答に困ってしまった。夕食を作っている最中なのだ。それに子供を見るとあの時のことが脳裏に思い浮かぶ。私が手にかけた子供の怯えた表情は今も目に焼き付いている。命令だったとはいえ、私は罪のない子供を殺してしまった。

「あとは私がやっておくから、遊んでらっしゃい、零奈ちゃん」

「……すみません、叔母さん」

 私は叔母さんのご厚意に甘えることにし、近所の子供たちとともに近くの公園に向かった。


 ☆☆


 公園といっても遊具は一切置かれておらず、砂場があるだけだった。

 子供たちは持参したスコップを使って砂をすくい、一ケ所に集めていく。私もスコップを借りて砂をすくった。

 ある程度一ケ所に集めたところで、砂をすくう作業を止めた。スコップの裏面で砂を押し固め、少しずつ山を構築していく。その最中、背後に気配を感じ、振り返った。

「久しぶりだな、零号」

 そこにいたのは博士と同胞たちだった。なんで博士たちがここにいる? 何をしに来たんだ? 

 私は警戒しながら、子供たちを後ろに下がらせる。

「あれからさらに改良を加えて私の殺人マシーンは飛躍的にパワーアップした。そこでだ、零号。戦闘データを図るために、協力してもらいたい。あの時のようにこの町の住人を抹殺するから、サポートしてくれ」

「また大勢の人を殺すつもりか。そんなことはさせないぞ」

「何を言っている? お前だって殺したじゃないか。私の命ずるままにな。今更いい子ぶったところで罪は消えない。お前が人殺しだという事実は変わらない」

 そんなことは言われなくても分かっている。

 博士は数年前に軍事用兵器として私たちを作った。海外に高く売りつけ、儲けようと考えたのだ。戦闘データを図るために、この町の住人を抹殺するように命じた。私は命じられるままに多くの人を殺した。老若男女問わずだ。

 そんな私の前に立ちはだかったのがオヤジだった。オヤジは人間離れした強さで私はまったく歯が立たなかった。私はあっさりと敗北し、博士に見捨てられ、行くところがなくなってしまった。こんな私をオヤジは抱きしめてくれ、養子にしてくれた。

 オヤジだけでなく、この町の人たちはみんな優しかった。この町には返しきれないほどの恩がある。必ずみんなを守る。例え体が破壊されようとも。

「零号よ、お前は人を殺すことしかできない。お前の力は人を殺すためにあるんだからな」

「……確かにあの時はそうだった。けど、今は違う。今は人を守るための力だ。それと私の名前は零奈だ」

 今の名前はオヤジが付けてくれた。番号でしか呼ばれたことがなかった私が初めて得た大切な名前だ。

「誰に名前を貰ったかは知らないが、お前は零号だ。私がそう名付けたんだからな。まあ、そんなことはどうでもいいな。お前たち、零号諸共抹殺しろ」

 博士は後ろに下がった。それと同時に同胞が前に出てきた。

 子供たちは私にしがみついてきた。怯えている。絶対に守ってみせる。

「命を奪ってきたお前に守り切れるかな?」

 同胞――壱号は両手を前に出した。両掌に穴が開き、高密度のエネルギーが圧縮されているのが見えた。私は壱号の足を払いのける。高密度のエネルギーがレーザー光線となって上空に放たれた。

 数年前には備わっていなかった武器だ。これがパワーアップして得た武器という訳か。しかし、いくら強力でも当たらなければ意味がない。それにエネルギーを溜めている間は無防備だ。対策するには十分すぎるほどの時間だ。

「ならこれならどうだ?」

 壱号はまた両手を前に出した。だが、今度は弐号も参号も両手を前に出してきた。

 私は両手を前に出す。人差し指の第一関節を割り、中から銃口を出した。壱号たちの両掌の穴に向けて銃弾を放つ。銃弾は穴を塞ぎ、行き場を失ったエネルギーは膨張し、壱号たちの腕を吹き飛ばした。煙が漂い、壱号たちの姿が見えなくなった。

 私は今のうちに子供たちに全速力で逃げるように伝える。子供たちは頷き、全速力で走りだした。

 徐々に煙が薄れていく。身構えていると、煙の中に青白いものが見えた。次の瞬間、レーザー光線が私の両足を貫いた。踏ん張りがきかず、地面に倒れ込んでしまった。

 顔を上げると、壱号たちの口の中に銃口が見えた。腕だけでなく、口にもレーザー光線は備わっていたのか。しかし、私の両足を貫いたのは壱号と弐号のレーザー光線であり、なぜか参号だけはレーザー光線を放たなかった。

「これで終わりだ、零号」

 壱号は口を開け、高密度のエネルギーを溜め始めた。私は銃口に狙いを定めて銃弾を放とうとしたが、腕を吹き飛ばされてしまった。参号のレーザー光線だった。私の腕を吹き飛ばすために、タイミングを見計らい、あえて放たなかったんだ。溜めるのに時間がかかるから。

 もう銃弾を放つ時間もなかった。立ち上がって逃げることもできない。

 壱号はレーザー光線を放ってきた。一直線に向かってくる。たくさんの命を奪った私には相応しい最後かもしれない。ただ願わくばもう少しオヤジと一緒に過ごしたかった。

 レーザー光線が目前まで迫った時、私の体がふわりと持ち上がった。レーザー光線は地面に直撃した。

「遅くなってごめんよ、零奈」

 私を抱えていたのはオヤジだった。オヤジの背後に子供たちの姿が見えた。どうやら子供たちがオヤジに知らせたらしい。オヤジは私を地面に座らせ、壱号たちに向き直った。

「……お前は確か、零号を負かした奴だな」

 博士は数年前のことを思い出しているのか、あごに手を当てていた。

「零号の抹殺は後回しだ。その男を先に殺せ」

『了解』

 壱号たちは博士の言葉に頷き、オヤジに向かって走り出した。

 弐号と参号は両側から回し蹴りを放ったが、オヤジはいとも簡単に受け止めた。そのままオヤジは体を回転させ、高密度のエネルギーを溜めている壱号に向かって投げた。弐号と参号は壱号に激突し、レーザー光線は上空に放たれる。

 オヤジは立ち上がろうとした壱号たちの足を払いのけ、首を手で抑えつけた。壱号たちはその場から動くことができず、オヤジを睨みつけていた。

「役立たずどもめ」

 博士は懐から拳銃を取り出し、銃口をオヤジに向けた。オヤジは一瞬にして博士との距離を詰め、あっさりと拳銃を奪い取ると、二つに折って破壊した。

「くそ、覚えてろよ」

 博士は捨て台詞を吐き、公園から立ち去った。壱号たちは博士の後を追うように公園から立ち去る。

「オヤジ、助けてくれてありがとう」

「可愛い娘を助けるのは当然のことだよ」

 オヤジは私を優しく抱きしめてくれる。とても温かい手だった。


 ☆☆


 家に帰ると、叔母さんは傷の手当てをしてくれた。殺人マシーンだから痛みはないけど、とても嬉しかった。

 叔母さんに手当てしてもらっている間、オヤジは居間の縁側に座り、庭を眺めていた。

 私はオヤジの隣に座り、一緒に庭を眺めた。

「……オヤジ、好きだよ」

「私もだよ、零奈」

 私はオヤジにもたれかかり、目を閉じた。

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