第11話

夫と山川さんは大学の同級生だ。二人とも法学部で1年生のときから司法試験の勉強会に入って一緒に勉強していた。しかし、司法試験は合格までに何年もかかる人もいて、夫は4年生になって方向転換し、市役所に就職することにした。山川さんは学生のときから非行少年の立ち直りを支援するボランティア活動をしていた。夫が市役所に志望を変えたと知って、一時は少年院の教官になることも考えたらしいが、結局は初志を貫いて勉強を続け、3回目の受験で司法試験に合格したという。その後は弁護士となり、あまりお金にならないのに刑事事件の弁護ばかりしているらしい。


夫に親しい友人はなく、唯一、山川さんとは長く付き合いを続けていた。年に2~3回はウチに来て、食事をして夜遅くまで話し合っていた。話合いというと穏やかだが、実際は議論、いや口論といってもいいだろう。話題は政治、外交、経済、教育と幅広く、犯罪や非行の話になることもあった。犯罪・非行となると夫は山川さんにたいてい言い負かされていた。しばしば話題になっていた死刑制度は、山川さんは廃止論者、夫は存置派。夫は「あいつの言うことは分かるが、やっぱり殺人者は許せない」などと後でわたしに言うことがあった。時に山川さんはぷんぷん怒って帰宅し、夫は興奮が冷めないので、もう絶交するのかしらと思っても、何か月かするとまた連絡を取り合って山川さんはウチに来た。山川さんの下の名は「敦史(あつし)」で、互いに「タケシ」「アツシ」と呼び合うので、「アツシ・タケシ」って漫才コンビみたいね、とからかいの言葉を投げかけてみたが、二人ともにこりともしなかった。

夫の葬儀に山川さんは駆けつけてくれ、火葬場の骨拾いも希望され、一緒に行った。骨壺に納められたところで山川さんはオイオイと泣きだした。それを見ていたこちらはかえって冷静な気持ちになったことを思い出す。


「ところでタケシのケースは殺人ではなくて傷害致死になるのですよ。」

「分かっています。検察庁で聞きました。殺意があるかないか、っていうことですよね。でも殺意まではなかったとしても、人の命が失われているのは同じじゃないですか。それでいて傷害致死だと殺人よりも刑が軽くなるのですか?」

「法定刑が違いますからね。でもケースバイケースです。殺人で執行猶予になるケースもあれば、傷害致死で長期間受刑するケースもあります。タケシ君の命を奪った犯人には、個人的には刑務所で長く務めてもらいたいですよ。でもどうでしょうかねえ。」

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マスク禍 ウーホーオーラン @828ta8428

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