焼き芋

増田朋美

焼き芋

暑い日が減少して秋らしい日がやっとやってきた。そうなると、秋といえば、読書の秋だったり、芸術の秋だったり、スポーツの秋だったり、いろんなものが秋に登場してくるのだが、同時に、食欲の秋でもある。

その食欲の秋なのに、何故か、ここではこんなことが起きていた。

「ねえ、どうしても食べんのか。なんでこうなっちまうんだかな。もう食欲の秋なのに、まるで食べてくれないじゃないか。どうして何も食べないの?」

と、杉ちゃんにいわれて、布団に寝たままの水穂さんは、

「食べたくないんだよ。」

と一言だけ言った。

「もう、どうしたらいいのかな。何か食べたいものでもないのか。この季節に、何も食べる気がしないなんて、おかしいんじゃないの?なんでそんなに、食べる気がしないんだろう。」

杉ちゃんにそういわれるほど、何も食べないのであった。

「本当にさ。なんにも食べないじゃ、動けなくなっちまうよ。とにかくね、食べなくちゃ。それは人間をやっている以上、食べることはしなくちゃいけないことでもあるんだよ。」

杉ちゃんがよく言い聞かせているつもりだったが、果たして聞いているのか、不詳なところもあった。

「こんにちは。今日は、涼しいわねえ。こんな日は、食欲が出て、いいんじゃない?あ、ちょうどお昼を食べていたところだったかしら。お邪魔して、悪かったかなあ?」

そんな事を言いながら、入ってきたのは、浜島咲であった。

「ああ。はまじさんか。いいよ、入ってこいや。」

と、杉ちゃんが言うと、浜島咲は、いわなくてもわかってるわよと言いながら、四畳半にやってきた。

「ああ、またご飯を食べないで怒られているのかしら。右城君、なにか食べないと、本当にだめになっちゃうわよ。食事くらい、ちゃんとしてちょうだい。」

と、咲は、水穂さんの座った。

「で、今日はどうしたの?はまじさんはまた着物のことでなにか相談か?」

と、杉ちゃんが言うと、

「いいえ、今日は、おすそわけ。お弟子さんが、右城君の大好きなものを持ってきたから、右城君にあげる。」

と言って、咲はカバンの中から、さつまいもを二本取り出した。

「右城君の大好物でしょう。ほら、早く食べて。あたしは喜んで食べてもらうのが好きなの。」

「はあそうだねえ。じゃあ、オーブンで焼いて焼き芋にして食べるか。」

と、杉ちゃんが芋を咲から受けとった。それと同時に、只今戻りました、と言って、ブッチャーこと、須藤聰が製鉄所に戻ってきた。

「杉ちゃん、買い物行ってきました。水穂さんは、ご飯を食べてくれましたか?」

「ああおかえり。この通り、何も食べてくれなかった。はまじさんが、さつまいもを持ってきてくれたから、今焼き芋として食べようと思ってさ。」

と、杉ちゃんが、製鉄所に入ってきたブッチャーに言った。

「はあ、何も食べなかったですか。それでは、困りますな。」

とブッチャーは、布団に寝たままの水穂さんをじっと見て、困った顔をした。

「全く、水穂さんはどうして食べようとしないんですかね。実は俺、今日、ショッピングモールの近くを歩いていた時、すごい人がきができていたんで、何事かと思ったんですけどね、まさか、俺たちの身近で、こんなところに、事件が起きてしまうとは思いませんでした。俺、見ちゃったんですよ。ショッピングモールの近くのマンションで誰かが屋根から落ちたって、それは大騒ぎでした。」

と、ブッチャーが変な事を言い始めた。咲もそんなことがあったのと聞くと、ブッチャーは無言で頷いた。

「屋根から落ちたの?」

と、咲が聞くと、

「そうなんですよ。まあ、俺は詳しい事はわからないですけどね。何か報道関係らしい人にぶつかりそうになって、俺、そういうのは関わりたくないので、逃げてきました。」

と、ブッチャーは、やれやれと言った。

「まあ確かに、報道関係は、嫌よねえ。なんでも、変なふうに報道しちゃうからね。」

咲は、ブッチャーに言った。ちょうどその時、咲のスマートフォンがなる。地域のニュースアプリがなったのだった。こんなアプリ、入れていてもしょうがないと思うのだけど、スマートフォンに内蔵されているわけだから、消すわけにも行かなくて、そのままにしてあるのだが。咲は急いでそれを見ると、アプリの記事には、

「今日午前11時頃、富士市横割の住宅街で、女性が死亡しているのを通行人が発見した。女性は、自宅である一戸建ての住宅の屋根の上から落ちたと見られる。周りに作業の痕跡などはなく、警察は女性が、自殺したものと見て、原因を調べている。」

と、書いてあった。もうこういうふうに、報道してしまうのかと咲は、ちょっと早すぎるのではないかと思った。

「死亡したのは、この一戸建て住宅の住人、三木裕子さんと見られ、警察は三木さんがなにか悩んでいることがあったか、人間関係などを調べている、か。何かすぐに報道されちゃうのはいやねえ。なんでも調べて報道すればいいってもんでもないわよね。」

と、咲はやれやれといった。

「俺もそう思いますよ。なんでこういうふうにむやみに報道しちゃうんだろ。」

ブッチャーもそういうことを言っている。

「まあまあ、そういう細かいことは、気にしないでさ。ほら、焼き芋ができたよ。食べよう。」

と、杉ちゃんが焼き芋を持って、咲とブッチャーの前に戻ってきた。焼き芋はしっかり焼けていた。とても電気オーブンで焼いた芋とはおもえなかった。この焼き芋の匂いには、水穂さんもやっと食欲を出してくれたらしく、布団から起きようとしてくれた。よし、これで食べられるな、と、杉ちゃんは焼き芋をちぎって、水穂さんに食べさせた。咲もブッチャーも、焼き芋を食べる。甘くてさつまいもらしい焼き芋。本当にうまそうな焼き芋だった。

その翌日。咲は、いつもどおりお琴教室でフルートを吹く仕事をし終えて、家に帰ろうと、バス停へ向かって歩いていたその時。ある一軒の家の前を通りかかった時、周りに黄色いテープが張ってある家があった。ああ、これが昨日報道された、あの家か、と、咲は思った。もしかしたら、報道関係がまだウロウロしているかもしれないなと思ったが、案の定、雑誌記者と思われるような風貌をした女性が、自分の方へ近づいてきた。

「あの失礼ですが、先日ここのお宅で亡くなられた、三木裕子さんのことについて、なにかご存知の事はありませんか?」

と、女性にいわれて咲は、

「いや、私は、何も知りません。」

とだけ答えた。

「そうですか。本当に、周りの方は誰も、三木さんの事をご存知なかったんですね。」

女性記者は思わずそういうことを言う。

「と、申されますと、なにかあったのでしょうか?」

咲も女性の話になにか感づいて、思わずそう言ってしまった。

「ええ、私、あの事件の事を調べているんですが、ここの家の近所の人にも、三木裕子さんの事を聞いてみたんですけど、皆さん同じことを言うんです。みんな、何も知らないって。私、その事を記事にしてみることにしました。誰にも知られないで、一人で亡くなったということは、普通のことじゃないですから。」

と、女性記者は、咲にそういう事を言った。

「今の時代は、何も関わりが無いと、どんどん消されていってしまう時代なんですね。それに、関わろうとしないと、誰も知らないまま、こうして、死を選ぶことになってしまう。」

「それは、どういうことでしょうか?亡くなった、三木裕子さんは、近所付き合いとか、そういう事は何もなかったんでしょうか?」

と、咲は彼女に聞いてみると、

「ええ、そういうことだと思います。三木裕子さんは、ここに一人で住んでいたそうですが、近所付き合いらしきものもなく、近所の人たちは、彼女がそこで一人で暮らしていたという事もほとんど知らなかったようです。人が住んでいる事は、明かりがついていたから知っていたようですが、それが三木裕子さんということも知らなかったし、女性であったことも知らなかったとか。」

と、女性記者は咲に話した。なにか話したくて仕方ないという感じだった。

「それでは、今になって、三木裕子さんの存在を知ったということですか?でも、一般的に生きている人であれば、なにか生きていた痕跡とかそういうものが会ったはずなのでは?どこかに勤めていたとか、そういう事はなかったんですか?」

と、咲は急いで女性記者に聞く。

「ええ、そういう事は、私も色々取材してみました。彼女がこの近くの企業などで働いていた形跡は一つもありませんでした。つまるところ、彼女は働いていなかったということになります。」

女性記者は、急いで答えた。

「そうなんですか?それでは、生活はどうやっていたんでしょう?だって生活していくには働かなければならないのは誰だって知っていますよね?」

と、咲は当たり前の事を言ったが、

「ええ。そうだけど、もしかしたら、公的な援助を受けていたのかもしれない。生活保護とかそういうものをね。私、これから、市役所へ行って、彼女が何かそういうものを受けていたかどうか、調べてみるつもりなんです。」

と、女性記者は答えた。

「そうなんですか。何か私も、同行してみていいですか?何も他人に知られないで逝った女性のことがちょっと興味がある。」

咲も、好奇心でそう言ってしまった。自分も結婚していないし、仕事はしているけれど、恋人が居るわけでもない。ましてや、生きがいなんてものもない。そんな自分が、なんだか三木裕子さんの二の舞いになるような気がして、彼女の事を聞いてみたいと思ったのだ。

「いいですよ。私の取材に協力してくれたんだし。一緒に行きましょ。私も、どうせ会社の中では、何も相手にされていない、だめな人間なのよ。」

と言うことであれば、彼女も、きっと孤独感を感じているのだろう。それで、三木裕子さんの事を調べているのだ。

「私、小林愛実。あなたは?」

と、彼女に聞かれて、咲は浜島咲と自分の名前を名乗った。

「じゃあ、愛実さんの取材、私も手伝わせてもらうわね。」

咲は愛実さんと一緒に、市役所へ向かった。そして、市民課に行って、三木裕子という人が、生活保護とか、そういうものを受けていなかったかと聞いてみる。そうすると、三木裕子さんは、たしかに障害年金の申請に一度ここを訪れたことがあると答えたが、具体的なものは受けていないといわれた。それを、申請したのは本人かと愛実さんが聞くと、三木裕子さんと社会保険事務所の人が、一緒にやってきたという。しかし、市民課で調べてみたところ、三木裕子さんは、莫大な財産があり、障害年金には該当しないと言って、彼女を返したと言った。その社会保険事務所はどこにあるかと愛実さんが聞くと、市民課の人は、わからないと答えた。

「それでは私、富士市の社会保険事務所を虱潰しに当たってみるわ。もしよければ、社会保険事務所の人に話が聞けるかもしれない。私は、一人でも取材を続けるけど、あなたも一緒に来る?」

と、愛実さんが咲に聞くと、咲は深々と取材をすることに、ちょっと不安な気持ちになったけれど、

「私にできることは、伝えることなのよ。失敗でも成功でも、みんなに伝えること。それが私、一番大事なことだと思っているから、どんなに孤独でもやり遂げるわ。」

と愛実さんは強く言った。

「すごいわね。そんな強い生き方、私にはできないわ。他人のことを芋づるみたいに掘り出していって、辛いこともあるでしょう?」

と、咲が言うと、

「でも私にできることはこれしかないから。」

と、愛実さんは言った。

「私だって、誰も頼れる人はいないわよ。家族にはこの仕事するんだって言ったら、すごい反対されて、文章ごときでやっていけるかってバカにされてるし、もう親戚も頼る人もいないし。だから、しっかり書かなきゃと思ってるの。どう?あなたも一緒に来る?」

そうか、そういう孤独だからこそ、仕事をやろうと思えるのかもしれなかった。

「わかったわ。私も、お琴教室以外は暇だし、あなたの取材に同行させてもらおうかな。」

と、咲は、自分のラインを愛実さんに見せて、交換し、すぐに連絡ができるような状態にした。そうやって、直ぐに連絡が取れるのも現代社会であった。でも、それはすぐに切れてしまう事も示していた。

「じゃあ、連絡がとれたら、教えるわね。」

と、愛実さんは、にこやかに笑った。なんだか友達ができて嬉しそうな感じの顔だった。とりあえず、その日は、咲と愛実さんは市役所を出て、それぞれの場所へ帰った。そしてしばらくは、彼女から何も連絡もなかった。咲はいつもどおりお琴教室でフルートを吹く仕事を続けていた。

それから、数日後。咲のスマートフォンがなる。

「浜島さん。私、小林愛実です。あの、三木裕子さんの障害年金申請に同伴した社会保険事務所の名前がわかりました。大渕にある、島本社会保険事務所よ。私、今から行くけれど、行ってみる?」

愛実さんは、報道関係らしく、そういう事を言っている。咲は、興味本位ではあったけれど、いってみることにした。二人で富士駅の前で待ち合わせ、そこからバスに乗って、その社会保険事務所に行く。このバスにもしかして、三木裕子さんが乗っていたのではないか、咲はそんな事を思った。

その社会保険事務所に行くと、社会保険労務士は、確かに三木裕子という女性の障害年金を担当したと答えた。確かに、三木裕子さんには、ご両親が貯金していた莫大な財産があった。でもなぜ、三木裕子さんが、障害年金を受給しようとしたのか、よくわからないと労務士は言った。ただ、三木裕子さんは、働いた事もなく、両親が死亡するまで、親の財産で生きていたという事は聞かされた。三木裕子さんは、親の収入で暮らしているのはどうしても嫌だと言っていたという。それでは行けないとでもいいたげに。

「それで、三木裕子さんは、横割の一軒家に引っ越すまでは、どこに住んでいたかご存知ありませんか?」

と、愛実さんが聞くと、労務士は、静岡市と言った。静岡で、教員をしていた両親と一緒に暮らしていたという。両親が亡くなるまで、静岡市内の精神科にも通っていた。でも、二人がなくなると、三木裕子さんは、富士の横割に一人で越してきたという。多分、ご両親が世間体を考えて、遠く離れた富士に家を借りたに違いなかった。

「それで、障害年金の申請を断られてからの、三木裕子さんの事は、なにかご存知ありますか?」

と愛実さんが聞くと、

「いえ、何も知りません。こちらでは、報酬を受け取って、それ以来全く付き合いはありませんでしたので。」

と、労務士は答えた。

「もう、ようが済んだらお帰りいただけますか?これからまた別のクライエントさんのところに行かなければなりませんので。」

と労務士は、忙しそうに言うのである。二人は、あ、すみませんと言って、労務士の事務所をあとにした。

「なんだか、三木裕子さんという人がかわいそうになってきたわ。ご両親だって、彼女をそうするつもりで、お金を残したり、家を借りたりする気持ちはなかったと思うし。」

と、愛実さんは、手帳になにか書きながら、帰りのバスの中でそういう事を言った。咲は、愛実さんの気持ちに、そのとおりだとは思えない気がした。なんだか知らないけれど、そう思ってしまった。愛実さんは、これから、三木裕子さんの人生について、もう少し詳しく調べて、必ず記事にするといったが、咲は正直、彼女の事を根掘り葉掘り調べるのは、いけないような気がしてしまうのだった。

その日、愛実さんと別れたが、咲は、直ぐに家に帰る気にはなれなかった。咲は、別のバスに乗って、製鉄所に向かう。何か、話したい人がいた。そうしないと、咲は自分の中では溜め込んでおけない性分だったのだ。

咲は、製鉄所の近くで下ろしてもらうと、そのまま建物のある方向へ向かって歩いた。咲は、玄関先から入ると、また、焼き芋の匂いがした。杉ちゃんがまた水穂さんにたべさせて居るのかなと思った。こんにちはと言って、もう勝手に四畳半に入ってしまう。予想通り、杉ちゃんが、水穂さんに焼き芋を食べさせているところだった。

「いいわね、右城君は。そうやって、焼き芋作ってくれる人が居るんだから。」

と、咲は思わず言ってしまう。

「だって、ご両親がいなくなれば、もう自殺をするしか、決着をつけられない人も居るのよ。」

「はあ、あの屋根から落ちたっていう女か。さっきテレビでやってたよ。屋根から落ちて死んで、自分の人生に決着つけるって、メールで漏らしていたらしいな。その相手は、関西の人で、彼女にどうすることもできなかったってな。全く報道関係者ってのは、どうして、こうなんでも掴んじまうんだろう。知らせるだけで、なにか得があるのかって思うけど。」

と、杉ちゃんがいきなりそう言ったので、もうそんなことが知られているのかと咲は思った。先程の小林愛実さんが突き止めた事実も、大きなスクープにならないと思うけど。でもその事を咲は彼女に知らせることはしないようにして置こうと思った。

「何か、メールの人しか、彼女を慰められなかったっていうのが、皮肉だな。まあ、人間は、絶対一人ぼっちではやっていけないということだなあ。」

と、杉ちゃんは、そういうことを言っている。

「少なくとも、彼女はそういう世界では人付き合いが持てたということですね。人間一人では生きていけないでしょうから。彼女が、現実の世界で、それが持てたなら、状況はかわれたと思うんですが。」

と、水穂さんがそういう事を小さい声で言う。

「まあ、そういう事言えるんだったら、焼き芋食べような。お前さんのすることは、焼き芋を食べることだ。ほら、食べろ。」

と、杉ちゃんによく焼けた焼き芋を見せられた水穂さんは、杉ちゃんにはかなわないという顔をして、焼き芋を口にした。やっと涼しくなってくれたと同時にやっと焼き芋も食べてくれたよ、と、杉ちゃんは、あーあとため息を着く。

「右城君は、焼き芋を食べさせてくれるんだから幸せよ。」

咲は、水穂さんにそういったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

焼き芋 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る