使い

夏伐

天使

 人は12歳の誕生日に、ある手術を受ける。

 頭に受信機を埋め込むのだ。

 すると『天の声』が聞こえるようになる。


 おかげで人はよりよい方へ向かって生きることができるようになった。

 自分より弱い存在を導く者も出てきた。


 そういう者たちは、いつしか姿を似せた白い像が作られたり姿絵を描かれることもあった。

 より良い方向に世界を導く、声に従い動くことで得られたものでほとんどの者が幸福になった。


 だが新たな問題が現れた。


 手術に適応しないものもいたのだ。

 そもそも手術できるほどの体力がなかったり、麻酔が体に合わなかったり。

 大いなる存在の声に導かれた人々はその問題をクリアすべく新たな補助装置を開発した。


 そうして開発されたのが頭に浮かぶ円環だ。


 手術できない人にも補助装置を使う事で、声が聞こえるようになった。

 そうしていくうちにほとんどの人類が幸せになっていった。

 だが、幸せの形は様々。


 人を虐げるのが楽しな人間もいる。好きな人と別れることを声に言われ続け精神を病んでしまった人もいた。


 そのうち、声に従うことを『洗脳』であるとした一派が誕生した。


 その人々は声が聞こえる人々とは違う社会を形成し始めた。

 だが技術の進歩は遅い。


 声の聞こえる人々は大いなる存在の意思に従い、彼らに助言を与えた。


 それも悪魔のささやきとして、声の聞こえる人々と聞こえない人々の住む場所に巨大な壁が築かれた。


 本人らが望まないなら、とそれぞれが交流することもなくなって数百年が経った。




 壁の上で白い楽器を吹く少女がいた。


 彼女の背には大きな羽がある。そして頭には淡く光る輪っか。


「天使さまーーー!」


 下の方からの声に彼女は目を向ける。


 そこには翼もなく輪っかもない、人間の男の子が彼女に向かって大きく手を振っていた。

 彼女も優しく微笑み小さく手を振る。


 声の聞こえる人々はいつしか天使と呼ばれ、時折、声の聞こえない人々に助言を与えることがあった。


 だが昔の諍いを再び起こさない為に、最小限に。

 そして壁を取り壊すことはなかった。


 彼女たちは時には天使、時には悪魔と呼ばれ、人々に敬われたり恐れられたりする存在になった。


 だが、声の聞こえる彼女たちは知っている。例え彼らが忘れてしまっても、元は同じ『人』であったことを。


 彼女は毎日同じ時間、同じ場所で音楽を奏でる。時には歌う。

 雨の日も晴れの日も。


 そして人間の子供も彼女に会いに来る。


 彼らは『天使』と呼んで敬うが、彼女は彼らを『同種』として扱った。彼女には今も自らを幸せに導く声が聞こえている。


 だから決して実ることはない彼女の思いも、全ては声が教えてくれる彼女の幸せ。

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使い 夏伐 @brs83875an

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