文学の函

スカイレイク

エナドリ考

 エナドリは人生を彩る花である。私はそう信じている。いつからそんな考えになったのかはとんと記憶にない。だがきっとそれなりに今より前の何時かだったことだけは確かだ。

 アレを飲み干すとカフェインが脳内に駆け巡る。私はエナドリがアルコールより優れていると信じて疑わない。きっとアレを考えついた人間はおよそ倫理観というものが壊れていたのだろう。でなければあんな体にムチを打つような商品を開発できるはずがない。

 そんな製品にとらわれた私は一体何に成り果てたのだろう? そんな益体もないことを考えるほどスマホの中には処理するべきメール以上にスパムがたまっていた。

 あるいは元からメール対応などしたくなかったのかもしれない。昔の人が郵便で対応していた頃は大層おおらかな時代だったのだろうと思う。少なくとも文章を送って当日中の対応を迫られるのはバイク便に頼んだ時くらいだっただろう。

 いや、いい加減目の前にある退職届を上長に突きつけて有休を消化して旅に出るのもいいだろう。引き継ぎなど知ったことか、連中は俺に教育などしなかった、ならば俺が後進に指導をする必要などないだろう。空気だけで適切な対応を要請する奴らに退職をしたくらいで驚くだろうか?

 人は歯車ではない、歯車なら一つでもかければそこから動力の伝わりが途切れる、人間が一人かけたところで法人は求人を出して代わりの品を補充するだけだ。ならば社員とはなんだろうか? 燃料か、あるいはティッシュペーパー、もしかしたらペンのインク程度の認識なのかもしれない。分かることは俺がいなくても社会はちゃんと回っていくと言うことだ。

 なぜたまの休日にエナドリを飲んでいるのだろうか? 日々出かける前に一本飲んでいたため休日でさえ飲むことが習慣づけされてしまった、ルーティンだから、きっとそれ以上の意味など存在しないのだろう。

 口の中に入っていく液体が途切れた。どうやら一本飲み終わったらしい。冷蔵庫に入っている箱の半分ほどになる大量のエナドリを眺めながらもう一本飲んで脳内を覚醒してからうんざりするような気怠げな週末を消費するべきだろうか?

 労働などというものは人間のやるべき事ではないのだ。神様とやらがいるならこの世は随分とブラックな実装をしたものだ、日曜日しか仕事を休まないあたり神自身もその環境に慣れている被害者だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら時計に目をやるともうすでに十一時を回っていた。これならさっさと布団を被って寝てしまう方が楽だと分かっているのにブーストされた思考回路がそれを許してはくれなかった。

 最終的に私は図書館で時間を潰すことにした。連中が支払ってくれる金額で余暇を楽しむような余裕はない。このあたりを節約しなくては生活が立ちゆかなくなってしまうだろう。

 現代の蟹工船等という言葉も浮かんだが、実際に読んだことがないのでブラックな職場で酷い目に遭う話程度の知識しか存在していない。しかしながら過去から現在に至るまで労働に関する法律ほど無視が当たり前になっている法も無いものだと考えている。

 私は図書館に行っていつも通り好みの本を数冊借りて帰宅した。積んでいるとついつい放置してしまうが返却期限といういうタイムリミットがあれば割となんとかナルモノだ。図書館で司書の方ととりとめのない会話をしてから家に着く頃にはすっかりエナドリで得たエナジーはどこかへ出て行ってしまっていたようだ。

 私はエナドリで摂取した残りのカフェインでなんとか本を読む気力を出すことに成功した。本は適当に借りたのだがブラック企業が舞台の小説だった。人間はどこまでいっても労働からは逃れられないのかとうんざりしながらまだ日も高いのに襲いかかってきた眠気を覚ますためにエナドリを一本開けた。

 それを飲み干してから本を読むと数ページめくったところで主人公が私が先ほど飲んだエナドリと全く同じものを飲み干す場面があり、私は退職届を無言でシュレッダーにかけたのだった。どうやら人間というのは何をしようが自分が変わらない限りどこでも同じようなものなのだろう。ゴミ箱に缶を投げるとカチャンと小さな音を立てて銀色の缶がまた一つ我が家のリサイクルボックスへの投入するために放り込まれたのだった。

 そこでふと、あの空き缶はアルミだったがリサイクルでまともなものに作り直されるのだろうかと考えて結局アルミはアルミ以上の価値は無いのだと人間との共通点を見つけて私はどうしようもない人間なのだと考えながら日が落ちていくまで読書にふけるのだった。

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文学の函 スカイレイク @Clarkdale

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