運命を信じて……。

れなれな(水木レナ)

私の信じた運命

 私は問いたい。

 この世界で、賞とかとったら……王様になれるのか。

 この界隈でかなうものなしと持ち上げられ、実際に勝ち上れるのか。

 私は問いたい。

 受賞が全てなのかと。


 あれはいつ頃だっただろう。

 花の咲く季節だった。

 いや、おととしだった。

 せんべいを片手にマウスをいじっていたときのことだ。

 カクヨム。

 カクヨムだ。

 公募に選出された人がいる……他ならぬカクヨムから。

 一人だけ興味の対象となる人物がいた。

 見つけた……名前だけで惚れた人。

「彼は……いい人間よ」

 予感めいた暗示が心の中でした。




 その名前には人徳を感じた。

 この人の名前の由来を知りたい。

 私もこのように徳のある人物になりたいって思った。

 そのときから、私はAさんの追っかけになる気満々だった。    

  竜を追うものは、いつしか自身も竜と化す。

 って言ったのはニーチェよ、ニーチェ!


 なぜニーチェがここで出てくるかというと、小学生のときから好きだったから。

 大学で借りてきたオレンジの本が手元にあるけれど、返す当てがない。

 なぜなら、その本は英国(UK=ユナイテッドキングダム)にある大学の本だから。

 いろいろあって、退学した時に荷物と一緒にカバンに入っていたのだけれど、単に返しそびれたともいう。

 だれが退学した学校の本を返したいというのか。

 関わりあいたくないに決まってるでしょう。

 あ、これで一本小説書ける……図書館司書に恋したヤンキーが、おすすめされたニーチェを読みはじめるんだけど、暴力事件を起こしたか巻き込まれたかして退学になる。

 で、しばらくして手元にその本だけが残ってるのに気づくんだけれど、学校へは行きたくない。

 なにげなく手にとって見ていると、手紙のようなものが挟まっている。

「……」

 いや。

 いやいや、いや。

 ベタだなあ。

 はずかちい。

 別に私はヤンキーでもなければ、暴力事件になんてあったこともない。

 とっくに縁の切れた場所に足を踏み入れづらいのは、わかるんだけれどなあ。

 なんて……気ままに小説を書いて、カクヨムにアップする、そんな日々を送っていた。

 そのときまでは――。




 Aさん(仮に)とする。

 彼は――もしかしたら、女性だったかもしれないけれども――ネットの向こうの貴人だった。

 誇り高い名前だった。

 厨二なんか、蹴とばすくらいの勢いのある、うつくしいお名前。

 私は一瞬で虜になった。

 彼は(あるいは彼女は)、どんな意図をもってこの文字を選び、自分の名前として発表したのか。

 わずか数文字の、名前だけれど。

 ああ、いい……何かが響いてくる。

 神韻。

 それは女神の呼び声――

 いや、誇張とかでなくね。

 私にはもう一つの人格があります。

 名前はいろいろあるけれども、突如として降りてくるので「女神」と呼んでいます。

 だから、これは女神がしくんだこと。

 恋なんて、知らぬ私だったのだもの――




 そうだ、こうしてちゃダメよ――

 私は決意した。

 せんべいなんかほっぽって、マウスを動かしキーボードを打った。

 この人に近づきたい。

 小説を読みたい。

 どんな人だか? それは女神のお墨付きだった。

 夢の中のように私は自分の姿を俯瞰していた。

 トランス。

 声がする。

「おまえ、こんないい男を逃しちゃだめ。逃す手はないわ――」

 ああ、女神、女神? 私は男なんて興味ないんだけど。

「何言ってるの! この名前を憶えておくの。よーくよーく、見て!」

 そんなね、よくよく見なくたってこんな印象的な名前は忘れないわよ。

「おまえはこの人に運命をささげる……」

 なに言ってるんだか理解できないよ。

「この人が、おまえを変えるの。おまえの運命よ」

 別に変化なんて――

 私はかたくなな猫のように繊細で変化に弱かった。

 その保守的な姿勢がすぎるので、友人から煙たがられるほどだった。

「一年――見てなさい、なにもかもが変わる。おまえも、世界も」

 運命ね。

 運命論を出した時点でバカげている。

 しかし、液晶画面を見つめる私は鼻で笑う気にはなれなかった。

 おりしも、コロナ禍が近づいていた――




 人は問うだろう。

 これは果たして、エッセイなのか?

 しかし、これはエッセイという器を借りた超! 個人的文書にすぎない。

 現実にあったことだから、現実にあったこととして書くが、関係者を特定したりはしないでほしい。

 いや、できないように書くつもりだ。

 これは私心なき随想日記なのだ。


 ……そして私は彼の熱心なファンになって、最近になってようやく覚えた近況ノートでのあいさつを重ねるようになっていた。

 作品は新作からさくさくヨムした。

「わあ、今期はこんなに読めるんだ! うれしいなあ……」

 ざわっとした。

 なんだかわからない、だが目に見えない波動のようなものを感じたのだ。

 女神、今、なにが起こっているの?

 問えば、女神は黙っている。

 背景色を黒に、文字は特大、そして縦書きに設定した画面が凍ったように見えた。

 殷殷と胸の鼓動が耳をさわがせ続ける。

 彼の小説のおしまいについている、応援ボタンの隣にある応援コメント欄が、不気味に静まり返っていた。

 これを……見ればいいの? 見て、いいの?

 クリックしてひらくと、長文での書きこみコメントが横に何スクロール分もあった。

 とっさに理解できなかった。

 なんという傍若無人。

 普通の人が見たら、十中八九そうするであろうことを思わずしてしまう。

 なにが書いてあるのか、確かめた。

「アタシは受賞歴アルカラ言わせてモラウけど、このキャラはこうじゃないデショ! 感情移入できない。なにこのキャラ好きになれない!(中略)あと誤字がアリマス。こんど**賞に挑戦されてみては? あ、アタシ**受賞したんですよー、知ってると思うけど」

 延々、ディスってる。

 散々、マウントとって、こき下ろしてる。

 まさか!

 私は物語をさかのぼって応援コメント欄を次々見た。

 なんてこった!

 同じことだった。

 もう、……いい。

 もうたくさん。

 御託をやめろ!!!

 おためごかしというんだ、それは。

 恩着せがましく、また厚かましい。

 こんな恥を書き散らかして、**賞の受賞者と読者に申し訳ないと思わないのだろうか。

 まっとうな人じゃない――努力する人は他者の努力を踏みにじったりなんかしない――この人は、ちゃんと努力をして学んできた人じゃないんだ。

 私は指先を震わせてクリックした。

 S――彼女の名前を。


 プロフィールが目に入る。

 受賞歴がずずいとひけらかしてあった。

 他にあいさつはない。

 本人としては名刺代わりか、印籠のつもりなのだろう。

 しかし、これでは人柄はわからない。

 彼女とは書いたが、女性という確証はなかった。

 オネエの可能性もあったしね。


 受賞作をヨム気にはならなかった。

 この人、なんなんだろう。

 なんの権限があってあんな恥知らずなことをしてくれたんだ?

 おかげで作者――Aさん、あくまで低姿勢になるしかないじゃないか。

 タイトルとった人ですって顔して、誤字です脱字です、この表現間違ってます? そういうことは作者と親しい人がツイッターのDMとかでこっそり教えてあげればいいんだよ。

 なにを頭ごなしに編集者ごっこ?

 Aさん、コメント拒否できないんだから、これは卑怯というものよ。

 これは言葉の暴力――圧倒的な。

 そう、暴力だった。


 私は思い出した。

 いじめに遭っていた友人を救えなかった過去を。

 護っているつもりで、影で苦しんできたことを察してあげられなかった。

 盗まれた靴をこっそり取りもどしておいてあげればいい? 辞書を貸してあげればいい? 一緒にご飯を食べていればいい? そんなもの!

 よく思い出せ! 一週間で彼女の素の足にできた生傷はいくつあった? わざわざ、アイロンで火傷しちゃったのといいわけしたのはなぜだった? あれは――

 私は胸の前に手を押しつけて神の名を呼んだ。

 女神!

「救いなさい、彼を。おまえにしかできない!」

 震えた。

 どうして、私が……?

 タイトルもちに、なにができるのよ。

 私になにをどうすればいいというの!?

 女神は頭上から冷然と見下ろしていた。

 たとえようのない、軽蔑と、怒りと、哀しみを感じた――

 長い物には巻かれろ? タイトルもちでないと人と口をきけない? 友人が痛めつけられていても? 情けない! 情けない!

 タイトルもちがくだらないとは言わないけれど、このSという人がやっていることは言語道断だ。

 見過ごしてはいけない。

 それだけじゃない。

 私は、私自身にだけは、見下されたくはない。

 女神に軽蔑されたくない! 哀しいのはもう嫌だ!

「お行きなさい。さあ……」

 なんで! なんでこんな、悪辣なやつに目をつけられちゃったのかなぁ! Aさん!!!

 私は彼女の近況ノートに特攻していった。




 私も一度は反省してた。

 いきなり自己紹介もなくノートにこられたら、戸惑うわよね? 

 私は大人だから、間違ったことをしたら謝らなくちゃって思ったの。

 はっきり言って迷いはあったし、正直胸がドキドキしてた。

 おまけにAさんが「とにかく彼女に詫びて!」って言うから、いけないことをしてしまったのだと思って。

 どうしてもシニカルになってしまう自分の文章を記録媒体に書いては消し、書いてはAさんに見せて、添削してもらった。

「お詫びというのは」

 まず謝って、ごちゃごちゃ言わない。

 それから相手がどうするかを決めるから。

 ということだった。

 そぎ落としにそぎ落とした文章を彼女のノートにコピペした。

 返信は……なんだかわからない、昔話をされた。

 あれー?

 この人の文章ってこんなに隙だらけなの?

 **賞の受賞者って、こんな感じ?

 という印象だった。




 お詫びはしたんだよな? これ、どういうことだろう。

 まず、特攻したお詫びをしました。

 Sさんは「そんなこと言われたら、なんにも書けない」って愚痴ったけれども、そんなことしか書けないんですか、あなたは。

 よくタイトル保持者という顔をして、おためごかしのアドバイスを置いていって、それで? なんだっけ?(フムフム?)いくらでも書けることはあるでしょうよ。

 あなたは、想像力が欠如してませんか。

 あなたはカクヨム界に、こんな常識をふりかざす人間がいるとは思わなかった?

 そうですか……残念です! 私ならとっくにブロックしてますよ。

 いわれのない暴力を受けると、相対したとき人はとっさに身構えますが、Aさんにそういった兆候は見受けられなかった……あれは、あなたなどどうなとすることができる、対処法をわきまえた大人の態度です。

 彼は苦労人。

 ですがはっきり言いますが、迷惑行為は迷惑なんです。

 迷惑だから、迷惑行為と言うのです。

 こちらが対応するのに疲れますから。

 小説書くだけでも体力、気力をもってかれてるのに、毎朝あの所業を見た作者の気持ち! 人の心がないんですか? あなたは。


 で、まあ。

 最後まで読まないのよね、そういう人。

 Aさんの作品全部に茶々を入れてって、傍から見てるだけで閉口してるっていうのに、「コンテスト作品ですので」って言って、後になってコメントを削除していく。

 だから、他の人には事情が後からわからない。

 証拠隠滅だけはしっかりしていく。




 いやー、それはどうなのかと思ったし、後から消すつもりだからあんなにくさしていくのねって。

 前のこともあったし、むしかえすことになりそうだから黙ってた。

 それがいけなかったのかな。

 Aさんはコンテストに落ちました。

 彼女のせいとは言わないし、誰もそんなことは思わないでしょう。

(証拠は隠滅されていますしね)

 どうかすると、私のせいかもって、本心から思った。

 けど、Sさんが「Aさんの読者に怒られた! ぴえん!」って言ったくらいじゃそんなことにはならないと思うの。

 どうもおかしい。

 様子が変。

 女神に頼ればよかったのかもしれないけれど、私は自分の全身で感じていた。

 これは、何かが起こっている。

 ――事件だ!

 なんとかしなくては。


「Aさん、あの作品が落ちるなんてこと、どう考えてもおかしいから、私に読ませて?」

 Aさん、OKしてくれて。

 作品のURLを送ってくれた。

 初めて知ったけれども、カクヨムって下書きの状態で他者と画面を共有できるのね。

 で、ヨムした。

 ――よいわ。泣いちゃう。

 彼の作品って、汗とそこから生まれる知恵を感じるの。

 圧倒的に光ってる。

 けど、でも、若干読み落としがあったかもね? 誤字とか。

 でもでも、どこの世界で誤字で落とす編集部があるの? って……読者選考だから、編集部は見てない。

 つまり、読者を選ぶってこと??? いや、そんなことはない。

 読者に届いて評価される時点でなにごとか起こったんだ。

 でなかったら、まるごと落選なんてある?

 そんなはずはない。

 これは間違いなく、傑物よ! 世に出るべき。

 いいえ、出してみせる!

 私は血眼になって画面をスクロールし続けた。

 何度も、何十回も。何百回も。

「**さんは、わたしの作品を信じてくれますよね。それが私の心を落ち着かせてくれる」

 ってAさんは言ってくれたけれど、あたりまえなのよ!

 あなたは運命の人。

 この苦境を乗り越えるには、愛が必要よ。

 厳しく見て、作品に精度と強度をつけてもらう。

 そうしたら、あんな上から目線の人にけなされたりはしない。

 させない! 護ってみせる――今度こそ!


 やはり……ギリギリと歯がみする。

 いいのだ。

 すごくいい。


 文章力といい、キャラクターの表現といい、段落のとりかたから、場面転換。

 ヒーローが、ヒロインがイキイキとして、物語の中で息をしている。

 そしてなにより、泣かせてくれるのだ。

 主人公の孤独と、仲間と手をとり合った瞬間の歓喜。

 もうこれ、もう……最高だ!

 だけど、これほどの作品にとってつけたような褒め言葉を言う気がしなかった。

 この世には褒められることを嫌う人がいる。

 なぜなら褒めるというのは、ずっとずっと上から目線になるからだ。

 Aさんがどうだかは知らない。

 が、彼は今成長期にある――多作なのだ。

 これをとめてはいけない。

 一度落選したこの作品を、次の賞に出されるというのならば、私が彼のもう一つの頭脳になろう。

 創作においては、根本的に意識を変えねばならない。

 私は心を鬼にした。


「誤字があります。あと、序文を削った方がいいです。削って悪くなる文章はないから、プロローグから第一章にかけてざっくりいきましょう。もっとシャープにできます」


 それはいつかの彼女よりも、さらに苛烈だった――




 後日、彼の作品は厳しい戦線を勝ち抜き、選考を通過した。

「ありがとう。Sさんよりも、やりやすかった」

 って、Aさんが言うんだけれど、あっきれた! 彼ってば、本心から、Sさんが善意でアドバイスしてくれてるんだと思ってたらしい。

 あんなの、マウンティングでしょ! んもー、お人好しなんだから。

 これだから、放っておけないんだ。


 彼とのタッグは今も続いている。

 成績はどんどん上がっている。

 受賞するまで、私がついているからね!

 あなたは、私の運命なのだから―― 





                       -了-

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運命を信じて……。 れなれな(水木レナ) @rena-rena

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